真剣勝負!
数字をめくるタイプのアナログな得点板の前に俺と入江、そしてキャプテンが集合した。
部員が扇状に広がってハーフコートの周りを埋めている。気楽な見物という雰囲気は無く、剣道の試合を見るような重たい静けさがある。
「お前らがアップに時間かけ過ぎたせいで、職員会議が終わってしまいそうです」
「俺じゃねぇよ、コイツが遅ぇんだ」
「すみませんね、久しぶりなもんで感覚が掴めなくて」
早速軽めの嫌味を一撃もらう。その間、入江はこちらを見ない。
「ハーフコート使用で制限時間は二分、十四秒以内に攻めること。攻守は毎回交代、リバウンドは無し、同点の場合は三点先取のサドンデス。これを二セット取った方の勝利。これで良いか?」
キャプテンが俺と入江を交互に見る。
「おう」
「うす」
短く返事をすると、キャプテンはこめかみのあたりをポリポリ。
「仲良くしろとまでは言わないからさ、これを機に色々吐き出せよ? これはそういう機会なんだから……うし、じゃあ始めるか! 皆も良いな? これは色んな意味での壮行会だ、明日からまたバスケ部は一から仕切り直しだ!」
はい! と威勢の良い声が体育館に響き渡った。
「どっちが先やる?」
キャプテンがしゅるしゅると指先でボールを回しながら聞いてくる。入江は無言でコートの内側に入った。俺に先攻を譲るつもりらしい。
「俺からで」
何が壮行会ですかキャプテン、一人雰囲気ぶち壊す勢いでガチな奴まぎれてますよ。
俺はラインに立ち、首を回して背後を確認する。
カメラを構える間宮はウキウキ顔。昨日の負傷を感じさせぬ綺麗な顔を笑顔に歪めている。
隣に立つ荒木は黒マスクを標準装備で、バスケ部員にしきりに話しかけられ不機嫌そうだ。
「カッコよく撮ってあげるから安心しなさい」
「絆創膏なら持ってるから」
「少しは応援しろって」
不思議と恐怖はあまり感じない。根拠のない、どうにかなるって気持ちがする。
間宮のプランだからだろうか。
勝負が始まる。
×××
「始め!」
キャプテンの声と同時に、ボールが俺の手に放られる。掌に収まった瞬間、ズンと腹の底が重くなった気がした。
まずはドリブル。腰を軽く落とした入江が距離を詰め過ぎず構えている。
が、フェイクを入れてドライブしようにも、あまり食いつきが良くない。
身長は俺の方がずっと高い。
ならば、と。俺はボールを受け取ったその場から、ほとんど動かずシュート。
突き出した入江の手の上を通り、ボールはゴールに沈んだ。
ピッ! と笛が吹かれる。
周囲の部員達がどよめく。
あっぶねぇ! 入って良かったぁ。ほとんどやぶれかぶれだった。
少し前ならある程度のフェイントで抜くことができたのに。入江は上手くなっている。今のワンプレーで分かった。そして、いきなりスリーを決められたというのに入江の表情は全く動かない。冷静そのものだった。
沸き立つギャラリーとは裏腹に俺は嫌なものを感じずにはいられない。
そして、攻撃権が入江に移る。
攻めが始まった瞬間、予感は現実であると再認識した。
チェンジが少ない。以前はもっとドタバタと忙しなく持ち手を入れ替え、見た目が派手なだけでボロが出やすいドリブルだったのに、今は緩さがあり、落ち着きすら感じられる。
その中でわずかにリズムを変え、素早く切り返す。
反応が遅れた。
一気にボールを運ばれレイアップに入られてしまう。
が、ボールはバックボードの内側の四角、ウインドウから僅かに逸れて跳ね返った。
再び歓声が沸いた。
俺は右手の中指に痛みを感じ、手をぶらぶらさせた。咄嗟に出した手がボールに掠ったのだ。
防いだとは言え、これもギリギリのプレー。再現性はかなり低いだろう。
入江は今回も表情を崩さない。舌打ちの一つでもすると思ったのだが。
続く、俺の攻撃。
ボールを受け取ると同時に入江が詰めてくる。正面でハンズアップ。
俺は頭をねじ込むように下げ、距離を確保する。スリーなんてどちらかと言えば苦手な方だ。都合良く何本も入らない。
俺は強引にドライブを仕掛けたのだが、ボールを弾かれてしまった。
「クッソ」
やり辛い。前より格段にやり辛い。何というべきか。一つ一つが丁寧な感じだ。
これまで身体能力とセンス一つでやってきた入江とは別人。派手好きでビッグプレーをやりたがる直情的なスタイルから一転、地味でブレーキが効いたプレーをしやがる。
明らかな変化に戸惑う間に、得点は動き続ける。
オフェンスもディフェンスも俺は押され気味だ。
真摯な努力と多くの練習量が伺える。数か月前とはまるで違っていた。バスケと向き合った時間と密度が俺とは違っているのだ。
入江の最後の攻撃、俺は緩急のついたクロスオーバーに根性で食らいつき、ミスを誘発。ボールはラインを割った。
ホイッスルが鳴り響いたと同時、歓声が上がった。
五対四。
第一セットは俺の辛勝。
しかし、最初のスリーが偶然入ってくれたおかげである。追加得点のミドルシュートだってマグレで入ったに過ぎない。
勝ちはしたものの、勝った気がしなかった。
「相変わらず動けるね、写真部ってトレーニングとかあるの?」
ギャラリーの中の篠山がそんな賞賛を送ってくるが、俺には冗談で返す余裕はない。
二分、たった二分でかなり息が上がってしまった。
「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」
一分のインターバルがあって助かった。酸欠で死んじゃうって。俺ってこんなに体力無かったっけ?
胸が上下し鼓動が速い。足はまだ動きそうだが心肺機能の方が先に音を上げていた。
一年生達の同情するような視線が突き刺さる。
体力切れだよな、という諦観めいたムードが漂っている気がする。
ちら、と入江を見やる。まだ全然へっちゃらそうじゃないの。汗はかいているが、それでも俺よりは全然マシだろう。
さすがに現役だよなぁ。
俺はフラフラになりながら写真部の二人の近くへ、
荒木がタオルを寄越して、間宮が口を挟む。
「やっぱり器用ねユージン君! 撮りごたえがあるわ!」
「はぁはぁ、そう、か」
構えたカメラの横からにゅっと顔を出す間宮。
「何をやってもサマになると言ってもいいわね、カメラマンよりモデルの方が向いているかもしれないわ。今度色んなシチュエーションで撮ってみても良いかしら」
「え、花水がモデル? なんかあんまりパッとしなさそうだけど」
「あら、重要なのはスタイルよ。CMに出ているアスリート全員がイケメンというわけではないでしょう?」
「まぁ、そうかも?」
「なに俺がイケメンじゃない前提で話してんだコラ、中の上以上は堅いだろ……はぁはぁ、ツッコませんな、息が……」
こっちはまるで緊張感が無い。
俺がこんなにしんどい想いをしてるって言うのに……、特に間宮、この事態はお前の責任でもあるんだぞ? まったく、良い顔でカメラを構えやがって。
あ~しんどいしんどい!
「……ったく」
それでも、足にはまだ十分に力が入る。その場に飛び上がり、ドン、と両足を曲げて着地する。まだ全然やれそうだ。
バッシュを鳴らし、第二セットのコートへ向かう。




