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想いのままに

 ポカンとする間宮。


「二年の入江っていうチャラいポイントガードいるだろ? ……レギュラーとか立場的なことで揉めたんだ、いじめってほどじゃねぇけど、目ぇつけられてな……結果的に俺が辞めることになったけど、今でも入江は俺のことを嫌ってるんだよ。……はぁ、そういうわけで俺は今回の撮影にはいかない方がいいって判断したんだ。すまん、その、言い辛くて」


 自分でもちょっと驚くくらいスムーズに言葉が流れ出る。何らかのブレーキが壊れているのかもしれない。


「それとな、俺は写真もカメラも正直よく分からない。この先ハマるかどうかも分からないし、特に詳しくなろうって気もしてない」

「そ、そうなの……?」


 少しシュンとする間宮。


「でもな、この部活は好きだし写真部の活動は続けたいと思う。その証拠に———ほらこれ」


 俺は自分のカバンの奥からSR101を引っ張り出した。


「ちゃんと持ち歩いてるんだぜ」


 間宮は半端に口を開いたままになってしまった。

 あれ、なんかおかしいな。

 というか俺は何を言ってるんだ。何を勝手に熱くなってるんだ。


「———間宮が写真に夢中なのは分かってるし、お前の写真家になりたいって夢もすげぇと思う……その、俺にはそういう夢とか目標とかって全然分からないからさ、その刺激になるっていうか」


 本格的に自分が何を言いたかったのか分からなくなってきた。


「———勘違いしてほしくないのは、俺は別に一緒にやるのが嫌ってわけじゃなくて、ただ、今回の場合は俺がいることがかえって不利になるって考えたからこそ、俺自ら———」


 いよいよ間宮もポカン顔通り越して、ロード画面で固まったみたいに中途半端な顔をしている。

 おかしい、荒木に語った時はこんな風じゃなかったはずなのに。何を焦ってるんだ。

 こうして喋りながら考えてもどう話を決着させれば良いのか、迷子である。


 そうして、いっそ箇条書きのメモでも渡した方が伝わるだろうな、というほど脈絡なく話していると、

 すっと間宮が立ち上がって俺の脇を通り過ぎる。

 しゃがみこんだ間宮はおもむろにスチール製の棚を物色し始めた。


 取り出したのは半透明のファイル。表紙には『学祭展示アンケート』の文字が踊る。それは以前、間宮が必死になって中身を見られまいと抵抗したものだった。


「ユージン君、このアンケートは私の宝物なの」

「お、おう……?」


 今度は俺の方が困惑してしまう。何だ、何で今、間宮がそんなことを言い始めた?


「去年の学祭で、私が展示した作品は全く注目されなかったわ。チヤホヤされたくて写真を撮っているわけではないけれど、それでもやっぱり見向きもされないのは悔しいし、情けない思いがしたわ。だってそれは、誰の心も動かせられなかったってことだから」


 皆に自分の写真で喜んでほしい、冬の公園のベンチで間宮は言っていた。人を満たすことがカメラマンには必要なのだ、と。


「アンケートの総数は一二四票、展示を観終わった後で印象に残った作品に投票してもらったのだけれど、私の作品には一票だけだったわ」


 それはなんとも……、天才・間宮にもそんな苦い経験があるんだな。


「よっぽど客の見る目が無かったんだろうよ」


 場当たり的なフォローを挟むと、間宮は目を細める。

 待ってました、とでも言いたげなイタズラな表情なのは何だ?

 間宮は再び棚を探ると、一枚のパネルを引き出し、俺に向けた。


 それは子供の写真だった。

 三歳くらいだろうか。タンクトップの男の子がクレヨンを手に画用紙と向き合う様子を横から撮影したものだ。額に汗を浮かべ、唇を三角に尖らせる。小さな子供がお絵かきに夢中になっている大変微笑ましい一枚である。


「良い写真じゃん、一発でこの子は絵が好きなんだって分かるね」


 俺が素直な感想を述べてやると、


「やっぱり覚えていないのね、これ見て」


 呆れたように笑う間宮がファイルのページをめくる。

 集計結果がまとめられたプリントと一緒に、スマホくらいのサイズの紙切れがファイリングされている。これがアンケート用紙か。


 間宮がその紙切れを指でなぞり、俺に視線を投げる。読め、ということらしい。

 俺は書かれている内容を馬鹿みたいに読み上げる。


「この子は絵を描くことが大好きなんだ、と一目で分かりました……。タイトルの通り、『夢中』な表情がとても印象に残りまし……」


 まさに今、俺が述べた感想そのままの言葉が並んでいた。更に、文章の後ろには『花水勇仁』の記名まで。

 どうやら俺がこの作品に対して感想を述べるのは、二回目だったらしい。


「ユージン君も大概、勢いで発言するところあるわよね」

「そ、そうだな……」


 なんだかとても恥ずかしい。一度見た写真を忘れ、更に同じような感想まで。

 馬鹿丸出しだし、間宮にも失礼だ。


「でも、私の作品を評価してくれたのはユージン君だけだったわ。それに、今も同じ感想を持ってくれた……それってお世辞とかでまかせじゃないってことでしょう?」

「そう、かな……。まぁ、俺なりに率直な感想を言ったつもりだけど」

「ユージン君、私はね、このたった一枚のアンケートのおかげで頑張ってこれたの、部員が私だけになってもやり続けようって思えたのは、ユージン君のおかげ」

「大げさ、このアンケートが無くても、写真部じゃなくても、お前は写真を撮り続けるだろ?」

「えぇそうね、でもね、自信になったのよ。 学祭の展示は公平を期す為に撮影者の名前は出さずに展示したわ。間宮アンリの名前が無くなった途端に誰も見てくれなくなった、SNSで多少有名になっただけで調子に乗っていたのね。自分の写真には何の力も無い、何も伝わらないんだって打ちのめされたわ。でもそんな時、ユージン君がこれを書いてくれたの……本当に嬉しかったし、救われた気がしたわ」


 間宮が続ける。


「だから、ユージン君が写真部に来るって久保田先生から聞いた時は本当に驚いたわ、私に自信をくれた人が写真部に入るって、そんな素敵なことないでしょ⁉」


 少し声を上ずらせた間宮は胸の前でカメラを握り締めた。


「ありがとう、ユージン君」


 俺がベラベラと喋ったことのお返しのつもりだろうか。間宮がそんなことまで言いやがった。


「これが私の気持ち、ユージン君といると、もっと写真に本気になれると思うの、夢中になれると思うの!」


 間宮の怒涛の勢いに押される俺は頭を掻くしかなかった。

 間宮は出会った時から強引な奴だった。半ば強制的に入部を決められたし、以後も俺は振り回されっぱなし。でも、エキセントリックな行動原理の根っこに俺がいるのは、気分が良い。

 間宮アンリの背中を押したんだ、とするならば、俺がいる意味も少しはあるのかもしれない。この先俺がどんな役に立つのかは、皆目見当つかずだがな。


「改めてお願いするわ、ユージン君、バスケ部の依頼にはあなたが必要不可欠なの、一緒に来てちょうだい!」


 間宮は大きな瞳に真剣さを滲ませ、かしこまった態度で迫る。


 かなわないな、この女には。


 結局、俺たちの間に深刻なすれ違いなど無かったのだろう。

 だってすれ違うだけの深い仲ではなかったのだから。

 俺たちに必要なのは向き合って語り合う時間、あるいはコミュニケ―ションそのもの、そんなあたりだろう。


 俺はこれまで夢中になったことがない。何にも夢中になれないのは不幸なことで、夢中になれない俺は不幸な奴なんだ、と思っていた。

 でも、間宮アンリの近くにいて、間宮アンリを見て、今は思う。


 俺は向き合うことをしなかったんじゃないか、と。


 転校続きの生活のせいにして、そこにいる友達やクラブに対して、どうせここもすぐに去るからと、厭世的な見方しかしていなかったんじゃないか。

 馬鹿かよ、そんな奴、何にも夢中になれなくて当然だろ。

 ハナっから斜に構えているような奴は苦労を乗り越えられないし、その先にある喜びも達成感も知らなくて当たり前だ。

 今、支離滅裂になりながらでも間宮に気持ちを伝えたように、俺には向き合う意思が無かったんだと思う。


 いい加減覚悟を決めよう。やれるところまでやってやる。


「俺は何をすれば良い?」


 恰好悪かろうが、ダサかろうが、気まずかろうが、知った事か。

 俺は写真部員なんだ。

 撮影には、行かなきゃな。


 極上のスマイルを爆発させ、間宮はむんと、大きく胸を反らせ息を吸い込んだ。そして、バスケ部の依頼の真意が語られる。


「依頼は、入江さんとユージン君が仲直りすること! よってユージン君にはワンオンワンで入江さんとガチンコ勝負してもらうわ! ほら、ヤンキー漫画でよくあるじゃない、拳を交えた者同士が認め合い分かり合う展開! 言葉での関係修復が難しいとくればあとはもうタイマンしかないでしょう⁉ 決戦は明日! バッシュとジャージを持って体育館集合!」

「よ、よーっし! や、やってやんよゴラアアアアアアアアアアァァアアっっっ!」


 帰ったらまずバッシュを探そう。

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