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そして一人、マフラーを巻く

 改めて明言しておくが、俺が撮影に協力しないのは、俺が同行してはかえって邪魔になるだろう、という慎ましく温かい配慮によるものだ。単なるワガママでないことを分かっていただきたい。誰に言い訳してるんだろうね俺は。

 と、このように思わず釈明的な脳内ノリツッコミをしてしまう程度には、間宮のパワープレイに気が滅入っていた。


 いつもどおり土門たちと昼休みに飯を食っていたら、「バスケットはお好きですかぁっ⁉」と本家とは似ても似つかぬエネルギッシュさで、どこからか借りてきたであろうバスケットボール片手に間宮は教室に突撃してきた。ゴリの妹っていうか、もうお前がゴリだろって感じだ。


 俺が「しゃーねーな」とか言ってバスケで遊んでいるうちに段々撮影に前向きになって、協力するとでも思ったに違いない、思考回路を何周すればその発想に至るんだ?


 またそれを適当にあしらって元の教室へ追い返したところ、間宮は寄って来た友人数名の前で目元を拭うようなわざとらしい仕草で大げさに泣き真似をかましやがった。「えー、アンリどしたん?」「ユージン君に意地悪された?」と、女子が女子を慰める、男が完全なるでくの坊と化す空間が瞬く間に作り上げられ、劣勢に追い込まれた俺は無様に教室へ逃げ帰る運びとなった。意地悪されてんの俺じゃね? 可哀想なのはユージン君だろうが。


 そして現在、昼休みが残り数分に差し迫り、食事と言うよりは処理という勢いで弁当をかきこんでいる。

 と、そこへ、滅多にない、というか初めての事態が発生。


「ねぇ、ちょっと」

「お……」


 慌てて鮭の切り身を嚥下する。


 荒木が話しかけてきたのだ。


 こいつが男子と話すこと自体が貴重。それが向こうから自発的に話しかけてくるとは。

 これは結構な珍事と言ってもいいだろう。


 おまけにイラついた雰囲気も何となく抑え目に感じられ、わざわざ俺の席の正面に来る辺り機嫌の良さが伺える。


「何その反応、話しかけたらダメなの?」


 うん、そうでもなさそうだ。睨みをきかせるな、怖いから。


「い、いや全然。飲み込む寸前で驚いただけ……んで、何か用?」

「バスケ部の撮影、本当に協力しないの?」

「あー……そのつもり。まぁ、でも大丈夫だろ? アイツなら良い感じに撮れるさ、今日が撮影日だよな? 助手って言っても多分荷物持ちぐらいの仕事だろうから心配ないぞ」

「いや、そういうことじゃなくって……うーん……」


 荒木はピンクの毛先を指に絡め、考えるように斜め上を見る。


「花水はさ、それで良いの? バスケ部で何があったかは知らないけど、これは、その、写真部の活動なわけでしょ?」

「あん? どういう意味だそれ」

「いやだからさ……その、アンリがあそこまで花水も一緒に、って言ってるんだからさ……」

「だから何だって言うんだよ。そもそもそこが分からないんだよ、荷物運びと雑用、付き添いぐらいしかしてない俺が気まずいバスケ部にわざわざついて行って何の役に立つんだよ」

「それは知らないけど……」

「大体、安請け合いする前に相談するなり何か事前にあるべきだろぉ? いきなりやるぞって言われても俺には俺の事情があるしよ、そもそも毎回のことながら撮影プランがザルなんだよ、アイツさっき撮影期間は最大一週間とか言ってたぞ、どんだけ長ぇんだよ、どんだけ密着するつもりだよ」

「あーもういい、もういい! 何で私が間に入ってんの……全然コミュニケーション取れてないじゃん……!」


 急に怒り始めた荒木は不機嫌オーラを最大開放して自分の席に戻って行った。


 なんだったんだ、マジで。

 間宮も荒木も様子がおかしいんじゃねぇか。俺が撮影に協力しないことでどんな不都合があるっていうんだよ、教えてくれよ、それさえ分かったら前向きに検討し始めるつもりもあるからさ。


 と、雑に椅子を引いてドカリと座る荒木を遠目に見ていたところ、ガシッと肩を掴まれた。

 振り返ると神妙な面持ちの土門だった。更にその後ろには篠山が幽霊でもみたような面でこちらを凝視していた。


「何で、あの荒木えまがお前に話しかけんねんっ」

「何の話してたのさ? 最後は怒っていたようだけど」

「そんな顔をするほど大事な事か?」

「「うん」」


 二人の返事が揃った。馬鹿の二重奏か。


「最近のユージンはいちびっとるわ、アンリちゃんとお近づきになったかと思えば、急にダンス部の先輩方と仲良く踊ってみたり……挙句の果てには荒木えまとも和やかに会話!⁉ こいつホンマにやっちゃろけ」

「今のが和やかな会話に見えた? ド突くぞコラ」

「それで? いつの間に荒木さんと仲良くなったのさ? ダンス部の繋がりがあるとはいえ、荒木さんから話しかけるなんて信じられないよ」


 気が付くと周辺の席の男子数名も身を乗り出して俺の返事を持っていた。


 腫れ物と人気者は両立できるものなんだろうか。あの不愛想なちびギャルにこうも求心力があるとは思わなかったぜ。


「で、どういうこっちゃ」


 事細かに説明するわけにもいかず、簡潔に述べることにした。


「荒木も写真部に入ったんだよ」


 篠山を除く鉄拳六重奏が俺目がけて殺到する!

 荒木ブランド、恐るべしだ。

 

×××


 そしてまた放課後。

 当然、部室へ向かう気持ちにはならなかった。


 きっと今頃は体育館でバスケ部員に若干引かれつつ撮影を進めていることだろうし、部室に行っても誰もいないだろう。元々部室でやることと言えば読書か間宮のどうでもいい写真のウンチクに耳を傾けることぐらいだしな。


 昇降口で靴を履き替えて玄関を抜ける。

 空は重たい灰色で身体の芯を冷やす風が絶えず吹いている。

 マフラーを首元にかき寄せ校門を抜けた。


 バスケ部を辞めたばかりの時期はこうして授業が終われば一人で帰宅していたものだったが、本当に不思議なのだがどんなことを考えていたのか思い出せない。


 俺は少し前までどんな気分でこの道を歩いていたっけ?


 考えてみると答えはすぐに見つかった。

 俺は何も考えていなかった。ただ無心に足を動かして家へ向かっていただけだった。何か音楽を聴いていた気もするがその時何が好きだったのか思い出せない。

 ただ漠然とした退屈を感じながら時間を持て余していただけだった。


 それが今やどうだ?


 頭に浮かぶのは無軌道にはしゃぎまくる間宮の姿、それに振り回され呆れ顔と困り顔の中間の表情を浮かべる荒木。その様子を興味深そうに微笑み見つめる篠山も容易に想像ができる。……入江はどうだろうな。アイツは間宮にどんな態度を取るんだろうか。あまり想像ができないな。さすがに女子相手に酷い態度を取ることは無いだろうが、間宮が地雷を踏まないとも限らない。考えただけで恐ろしい。


 次々に映像が思い浮かんでくる。無駄にリアルにイメージできるもんだな、と自分の想像力に呆れる他ない。


「……はぁ」


 入江のことを考えてしまい、ため息が零れる。


 入江はポイントガードだった。

 小さい頃からこの街のミニバスチームで活躍していたらしく、中学も当然バスケ部に入部。身長は一七〇センチ程度までしか伸びなかったものの、ポイントガードに定着したようだ。

 素の運動能力の高さと技術習得の早さにより、地元じゃ負け知らずだったんだろうな。挫折知らずの無双状態。レギュラー争いなんてするまでもなく、俺が一番上手いに決まってる。

 傲慢で横柄な態度は閉鎖的な体育会系の部活にありがちな実力至上主義が生んだ弊害なんだろう。


 だが、そんな優越感に浸れるテリトリーにまさかの敵が侵入してきた。

 そう、言うまでもなく、俺だ。


 俺と入江、互いにとって不幸だったのは俺たちのポジションが被っていたことだ。

 中学三年生の時にバスケ部だった俺にバスケが特別上手いという自覚は無かった。事実、中学のチームメイトには俺よりもずっと上手い奴が何人もいたし、バスケ歴が長い奴らばかりだった。

 しかし、もう一つ不幸だったのは、何となくバスケをやっていた俺が入江よりも上手かったということだ。

 俺は結構飲み込みが早いタイプだったらしい。入部してすぐ、それは明らかになり、先輩の入江を差し置いて試合に出ることもあった。

 面白くないと思うのも当然だ。

 今まで気持ちよくレギュラーでバスケをしてきて、次期キャプテンの話も挙がっていたところに、新入生が割り込んできて、すぐに受け入れろというのは難しいだろう。


 まあでも、よくある話だ。

 後輩に抜かれる先輩なんて構図はどこの組織でもあることだ。そこでちょっとした小競り合いや衝突があることもよくある話。その結果どちらかが組織にいられなくなる、なんてことも、まぁよくある話だろう。


 そう、何も特別じゃない。

 特別じゃないからこそ、俺はバスケを辞めても後悔を感じなかったんだ。


 別に良いさ。

 バスケには夢中になれなかった。きつい練習、嫌いな先輩に耐えてまで続けたいとは思えなかった。


 別に構わない。

 孤独感なんて言うと大げさだが、自分の居場所じゃないという実感には慣れている。転校続きの人生だったし。


 別に気にしてない。

 でも、

 俺のことで、間宮アンリに迷惑がかかるのは?


 ……。


 間宮は無事に撮影を進められているだろうか。荒木は嫌になって写真部を辞めるとか言い出さないだろうか。

 撮影には協力しないと突っぱねたくせに俺はそんなことを考えて帰路に就く。


 かじかんだ両手に吹き込んだ白い息は曇天に広がって溶けていった。

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