今回ばかりは、俺は降りるぜ
「今や名声を博する我々写真部だけれど、まだまだ不十分! より多くの人たちに私たちの活動を知ってもらう必要があるわ。そこで、今回は我が校で最も注目度の高い部活の一つであるバスケ部に被写体となってもらうわ! 目立つバスケ部と飛ぶ鳥を落とす勢いの写真部の最強コラボ……これは勝った!」
何に勝つつもりだ。
俺はいつもの席に腰を落ち着けつつ、いつも通りの突飛な撮影プランに耳を傾ける。
演説を打つ間宮の頭には俺のような凡人には到底理解できないロジックが展開されていることだろう。今更『バスケ部を撮ってどうするんだ』とか『活動を周知させても依頼に繋がるとは限らないだろ』とか真っ当な指摘をしても無駄なことは分かっている。それに野暮というものだ。凡人には天才の覇道を邪魔せずボケッと見ているのが似合いなのである。
しかし、俺は言葉を飲み込んだものの、我慢できなかった者が一名。
「名声博してるかな……他の撮影依頼も無いんでしょ?」
「一部のコアなファンからの支持があるのよ」
「それって凛香さんと奈々子さんだけじゃ……」
「先生達からのウケも良いの! 生物の杉本先生なんてベタ褒めだったんだから、『サモエド犬可愛いですね』って何度も言ってくれたのよ⁉」
「あぁ、杉本って犬三匹飼ってるらしいよ、犬好きで有名だって先輩たちが言ってた」
「それじゃ間宮の作品を評価したってより銀太が可愛かったってだけのことだな……いや、そんなことより……荒木は何でレギュラーみたいな顔で当たり前に部室にいんの?」
あまりにも自然に溶け込んでいたから驚く暇が無かった。ダンスサークルのチビギャルがうらびれた視聴覚室に如何なる用事があるんだろうか。マスクを外してすっかりリラックスモードである。
「は? 私がいたらダメなの? 私も一応部員なんだけど」
「そういう意味じゃなくて、お前めんどくせぇな———え、は? 写真部に入ったの⁉ いつ⁉」
考えもしなかった驚愕の事実に椅子から転げ落ちそうになる。
「この前」
平然と言う荒木は短く答えただけで説明し終えたつもりらしい。うざったそうな視線を向けてくる。
「いや何で? ダンスサークルがあんだろ」
「言ってて気づかない? ダンスサークルはサークル。正式な部活じゃないから私は帰宅部扱いなの。部活に入れって久保田がうるさいからまぁ……流れで」
「ユージン君には言ってなかったかしら、これから写真部は新入部員のえまさんを加え、写真の道を探求していくのよ」
「入部することも、抽象的過ぎる目標も今初めて聞いたぞ」
「そんなことより、バスケ部についてなんだけど———」
「そんなことより⁉」
荒木は入学からずっと部活への加入を拒み続けていたようだ。荒木にとって間宮との出会いは色んな意味で渡りに船だったのかもしれない。
バスケ部を辞めて宙ぶらりんの俺とダンサーギャルの荒木。久保田先生は問題児二人をまんまと部活に押し込むことができて満足していることだろう。まぁ俺は全然問題児じゃねぇけども。本当、何なんだよこの部活は。写真部は問題児の最終処分場かよ。このままだと、良い子にしないと写真部に入れるよ! という躾が出来上がりそうだ。
その元凶であり元締めの部長様は、
「バスケ部はウィンターカップの予選であっさり負けて暇してるみたいだったのよ、そこに目を付けた私は、取材をお願いしたの。カッコよく撮影してあげたら士気も上がるでしょ? そうしたら、バスケ部の方からも是非と積極的な反応をいただけたのよ。だからこれはもう依頼と言っても過言じゃない! 依頼を達成すればバスケ部の注目度と併せて我々写真部の宣伝にもなるって寸法よ! どうかしら、完璧でしょう!」
うわめんどくせっ、しかもダンス同好会の時とほぼ同じ内容じゃねぇの。
「何よ、顔がうるさいわ」
「言葉にしなかっただけでも褒めてほしいくらいだ」
「ユージン君は元部員なんだから今回の撮影にピッタリなはずよ、バスケ部は勝手知ったる庭みたいなもの、アナザース〇イでしょ?」
「どこがアナザース〇イだ。辞めた俺にアテンドさせようって? ふざけるな、そんなもん気まず過ぎるし絶対ギスギスした感じになるぞ」
「えぇっ⁉ じゃ、じゃあ協力してくれないの⁉」
「あぁ、悪いけど今回は遠慮させてもらう。間宮なら一人でも十分良い写真が撮れるだろ。写真活動の勉強に丁度良いし、助手は荒木にやってもらえ」
席に着いたばかりのところだが、今のは次〇大介的なセリフだったな~とか適当な事を考えつつ腰を上げ、間宮が写真パネル作りの見本として作成したシマエナガのパネルボードと両面テープを棚から引っ張り出す。カモフラージュにゴミ袋も持って行くことにした。
「ゴミ捨てに行ってくる」
間宮には作品が傷つけられたことは知られたくない。部室のゴミを捨てに行くついでに一人で展示を直すつもりだ。
だが、そんな俺の優しさが分からない間宮はいつにも増した猪突猛進さで食い下がってくる。
「それはないんじゃない⁉ いえ勿論えまさんには写真のことを勉強してもらうつもりだったけれど、先輩であるユージン君もいなくちゃ困るわ!」
ガタン! と椅子を倒して立ち上がり、俺の制服の袖を引っ張る。
「別に困らねぇだろ。むしろ俺がいない方がスムーズに写真が撮れると思うぞ」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃないっ!」
狭い室内に間宮の悲鳴のような叫びが響き渡る。
あまりの大声に静観していた荒木も少し瞳を大きくさせて俺と間宮を交互に見た。
なんでそんなに……。
「意味分かんねぇ、とにかく、今回俺は無しだ。頑張れよ」
「本当に手伝ってくれないの⁉ ユージン君は部員なのに! 部員が部活に参加しないなんて許されないのよ、コラ、聞いてる⁉ 不良部員!」
「率先してゴミ捨てに行く献身的な部下に酷い言いよう。荒木、間宮を頼むな。じゃ俺はこれで」
「頼むって何よ、まるでわがままな子供みたいに! ふてくされてわがままなのはユージン君の方でしょ⁉」
俺は静かに部室のドアを閉めた。
最後の言葉は刺さった気がする……、まぁつまようじの破片が刺さった程度のものだが。
俺はさっさとゴミを捨て、その足で再び写真が展示されている廊下へ向かった。
廊下は、ほんの十数分前の修羅場の喧騒が嘘みたいに静まり返っていた。奥の体育館から漏れる女バレの掛け声がかすかに響いて、すぐにまた静けさに飲み込まれていく。
眼前には凹んで鑑賞に向かなくなってしまったシマエナガの作品。そっと触れると既に剥がれかけていたせいで簡単に壁から剥がれてしまった。
持ってきた両面テープを替えのパネルに張り付ける。
間宮があの場にいなくて助かった。あいつのことだから、作品が傷つけられたらショックを受ける。いや、それどころか入江をぶっ飛ばすために出撃していくだろうな。
作品を張り終え、曲がっていないか数歩退いて全体を見る。問題は無さそうだ。
はぁ、とため息交じりに短く息を吐く。
何してんだろうなこれ。
何で俺がここまで気を回してやる必要があるんだっけ? ああ、心のどこかで後ろめたい気持ちがあるのは否定できない。作品が傷つけられたのは俺に原因があるんだからな。
間宮の邪魔にはなりたくない。足を引っ張りたくないんだ。
バスケ部で揉めた俺が撮影にノコノコついて行けば、当然、入江に近づくことになる。廊下で遭遇しただけであの騒ぎだ。トラブルは必至。だから今回、俺は同行できない。
別にそれでもかまわないだろ。だってあれだけの写真の腕とセンスを持ってるんだ。間宮に俺は必要ない。
なのに、何で。
何で、間宮はやたらと食い下がって来る?
今回に限った事じゃない。初めて会った時からアイツは強引だった。まぁそういう性格と言えば納得できてしまうのが間宮だが。
ふん、もしかしてそんなに俺と一緒にいたい……とか? 馬鹿馬鹿しいが……無くは無いかもしれん! 意外と可愛いところもあんじゃねぇか。
そんな調子に乗ったことを考えつつ俺は昇降口へ向かう。両面テープは明日、部室に戻せば良い。さっきの今で部室に戻れば何かしらの歓迎が待っているだろうし———
「何してんだ間宮」
否、撤回しよう。
歓迎は向こうの方からやって来た。
間宮が下駄箱の前で両手を広げて待ち構えているではないか。そこはちょうど俺の靴が入っているところだ。セーブポイントの前で待ち構える敵シンボルか。
「バスケ部の撮影に行くわよ!」
覚悟決まったシリアストーンでそんなことを叫ぶ間宮。少し離れたところの柱にもたれた荒木も困ったような顔をしている。
「行かねぇよ、そこどけ」
「気まずいから行きたくないのね、大丈夫、ユージン君が思ってるほど酷い事にはならないと思うわ。だって一年生たちみんな楽しみにしている雰囲気だったし!」
「一部の二年は違うだろ」
「そ、そんなことないわ!」
「声、上ずってんじゃねぇか」
間宮の背後に手を伸ばすが、全力のブロッキングに阻まれ外靴まで届かない。
「これは依頼! 写真部の活動なの! 部員であるユージン君にも参加の義務があるわ!」
「いいからそこどけ! ぐぉっ、肘入れてくんじゃねぇっ、プッシングだぞ!」
「ユージン君が行くって言うまで靴は取らせないし、逃がさないっ!」
「しつっけぇぇっ! いい加減にしろよカメラフリーク! 行かないもんは行かないの! 大体なんでそんなに俺を引っ張ろうとすんだよ! 活動に関係無いだろ!」
「そ、それはっ」
力づくで間宮を下駄箱から引き離し、なんとか靴の奪取に成功する。
が、今日の間宮のしつこさは異常である。
俺の左足に巻き付いて離れようとしない。
「三歳児かお前はっ! 離れろコラ!」
結局昇降口から数メートルまで間宮を引きずった。力尽きた少女を雪山に叩きこんだ、みたいな構図になったのが気がかりだが、これ、俺悪くないよな?
「明日は必ずだからね⁉ 必ず参加してもらうからっ」
雪に埋もれ、哀れな傘地蔵みたいに頭に雪を乗せた間宮が叫んだ。
絶対俺が行かない方が良い。そうに決まってるね、断言できる。分かってくれよ間宮。




