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バスケ部は熱すぎる

 撮影から二日。『冬の動物たち』の展示が始まった。


 俺が間宮に写真データを渡したのは今朝のホームルーム前。放課後には印刷した写真をパネルに貼り付け展示してしまっているのだからこの手際の良さには感心せざるを得ない。

 昼休みは文字通り休息の時間だろうに、間宮にとっては休むよりも優先される事柄のようだ。


「は~、これをユージンがねぇ、ええやん、知らんけど」


 隣で適当極まる感想を述べる土門。


「だろぉ? 突然リスが出てくるなんて奇跡だぜ」

「でもこう並んでみると、アンリちゃんの方は全然ちゃうな。何がどうとは言われへんけどやっぱり上手いわ~、腕前がかけ離れとる」

「天才と比べんじゃねぇよ、素人にしては良くやった方だろうが」


 七作品の内、リスを写したものが俺の作品だ。間宮はシマエナガをメインにいくつかの野鳥と散歩に来ていたサモエド犬の銀太の写真を作品としていた。


 土門は俺のリスを注意深く見つめる。

 なんともむず痒い気分だ。これが芸術家の苦しみって奴か……⁉ いや大げさか。構図もバッチリ決まってる間宮の作品と並べられると俺のリスは、ただ撮っただけ、という感じがする。正直、恥ずかしい。


「わざわざ札幌まで行って撮ってきたとか言ってたやんな? たった一日でよぉ色んな種類の動物が撮れたな」

「あ、あぁ、間宮は観察眼がエグいから、すぐに見つけるんだ」


 お泊まりしたことは誰にも言っていない。土門なんかに知られたら面白おかしく脚色されて瞬く間に学年中に噂が広まることになるだろう。無論、間宮にも口外しないように釘を刺しておいた。


 と、そこへ。

 展示の前に通りかかった女子二人がシマエナガや銀太を見て、「可愛い~」と口を揃える。俺たちが展示の前にいることで展示に興味を示したようだ。足を止めないまでも他の通行人達も作品に目をやっていく。


「これってシマエナガだよね、流石アンリちゃんだわープロじゃんマジで」

「本当それ、やっぱ美大とかに進むのかな」


 中々に好評をいただいている様子である。


「あれ、このリスのは違う人だよ」

「本当だ、花水……ゆうじん……? 何て読むんだろ」

「あー、ちょっと前に写真部のポスターに載ってた男子じゃない? たしかバスケ部だったって女バスの子が言ってた。はやとって読むらしいけど、あだ名がユージンとかって」

「へぇ、アンリちゃんと比べたらアレだけど、でも結構良い感じだよね? ウチなら絶対ロック画面の壁紙にするわ~」


 チヤホヤされるために撮ったわけではないものの、他人から良い評価をもらえるのは嬉しいものだ。試合でスリーポイントを決めた時とはまた違った種類の満足感がある。


「運動部辞めて文化部に入るのって珍しいよね」

「詳しくは知らないんだけど、なんか一年と二年で揉めたとかって聞いた~」


 やめろ土門、そのにやけ面で見るな。

 女子生徒から見えない位置で俺と彼女たちを交互に指差し、本人がすぐ傍にいるよ、とネタバラシをしようとしているのだろう。

 だが、ここは当然阻止。野菜じゃないんだ、生産者の顔を見たって「あ、そうなんですね……」と気まずい空気になるに決まっている。

 土門にヘッドロックをかけて速やかに廊下を脱出した。


 旧棟の一階、体育館につながる水飲み場のあたりにやってくると、


「ゆ、ユージン」


 ふと、横合いより聞きなじみのある声が飛んできた。

 体育館の方向からやってきたのは、篠山だった。ボールバッグを手に、何やら男子トイレの方を気にする素振りで、


「は、早く、二階に上がった方が良いよ。今日は交流センターで練習なんだ」


 体育館の方から続々とバスケ部員たちがやってくる。皆、一年生だ。


「おうユージン! 写真見たよ、中々上手いじゃん! 今度は頼むな!」

「ダンス同好会の写真もすごかったしな、こんな機会でもなきゃ冬のモチベも上がらんよな! ユージンが久しぶりに戻るの待ってっから!」

「お、おう?」


 かつてのチームメイト達が口々に言って、俺の肩を叩く。

 今度? 皆、何の話をしているんだ?


「さぁ? 俺が分かるわけないやろ」


 解放した土門が肩をすくめる。


「ちょ、悠長に話している場合じゃないって! こういう時はいつも自分が間に立たされるんだ、ユージンも苦労を分かってよね!」

「あん? だからさっきからお前らは何を」

「だからっ、入江さんが」


 篠山が慌てて言いかけた———そこへ、


「シノ、俺が何だって?」


 男子トイレから出てくる複数の男たち。中心にはちょうど篠山が口にした名の男がいた。


 入江(いりえ)海斗(かいと)


 身長は一七〇センチ程度のやせ型でツイストパーマをかけた頭髪をしたバスケ部の二年生である。

 上履きの踵を踏みつぶし肩を揺らしてやってくる。


 サァ……と潮が引くように周りにいた一年のバスケ部員が静かにその場から距離を取る。皆、ある種の危険信号を感じ取ったのかもしれない。俺も似たようなものだ。入江さんを認識した途端胸の辺りがざわつく。


「なぁって」


 入江さんは半笑いで篠山の肩を小突く。


「……あのいや別に」


 気の毒な篠山。思えば篠山はいつもこうして俺と先輩の間に立っていてくれたような気がする。もっとも、俺はとっくに退部したのだからそんなことに気が付いても今更なのだが。


「んじゃ、俺、部室行くわ」

「あ? お、おう……」


 篠山をはじめとしたバスケ部一年は部活を辞めた今でも友達だが、先輩達とは違う。先輩とは退部以来言葉を一度も話していない。辞めた後輩である俺と現役の先輩。今更馴れ馴れしくできるはずもないのだ。

 波風を立てないように俺はそっとその場を離れようとした。


 のだが、


「無視かよ」


 冷たい呟きが俺の足を縫い留めた。

 俺はすぐに社交辞令的なスマイルを作ってわずかに首を捻る。


「お疲れ様です、入江さん」


 辞めてまで対立することはない。相手は先輩だしな。俺から挨拶するのは当然。俺は刺激しないように頭を下げたのだが———、


「なぁシノ~、センターまで行くのだりぃんだけど、チャリの後ろに乗らせて~」

「そ、それはちょっと……移動もランニングって監督に言われてますし」

「大丈夫だって今日は会議あるらしいから遅くなるんだって」


 えぇー無視ですか……。すごいな、自分から挨拶しろと圧をかけておいてここまで大胆にシカトこけるか普通? 腐っても先輩、俺よりも年上なくせして挨拶もできねぇってどういうことだよ。保育園から出直してこいや。


 明らかな嫌がらせに流石にカチンとくる。

 よせば良いと思いながらも俺は思いっきり息を吸い込み、


「お疲れ様です! イ・リ・エさんっ!」


 入江さんの目の前で力いっぱいの声で言ってやった。やや遠くでこちらの様子を窺っていたバスケ部員も目を大きくさせているのが分かった。


「ちっ……」


 迷惑げに顔をしかめる入江さん。

 挨拶をしない人間には回りにも聞こえるような大声量で挨拶をするのが効果的だ。これだけ注目を集めて尚、みみっちい嫌がらせができる人間など存在しないからだ。それに面食らわせた感じがして復讐心も満たせるのだ。


「……何」

「いえ別に! 挨拶しただけです! お久しぶりです、これからセンターで練習っすか⁉」

「だったら何、お前に関係あんの? 話しかけんな、きしょいから」


 入江さんは不愉快そうにこちらを睨む。両隣に並ぶ二年生が揃って困ったような顔になり、目で「すまんな」と告げているような気がする。別にこの人はいつもこんな感じだったから気にしてないっすよ。ムカつくのはムカつくけど。


「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいよ。俺もう部員じゃないんですから」


 俺が言うと入江さんは余裕を取り戻すかのように口の端を歪めてみせる。


「逃げた奴は気楽そうだな」


 うっ……と、場が沈んだ気がしたのは俺の気のせいだろうか、それとも沈んだのは俺の方か。


「ははっ、確かに時間あるし気持ちも楽っすね。俺にバスケは合わなかったみたいっす」


 腹の底が持ち上がるような感覚があった。ここで嫌味を言ったり、派手に罵って何になる? 俺はもうバスケ部員じゃないし、未練も無い。言ってやりたい気持ちはあるが、八つ当たりを食らうのは後に残される一年生達だろ。辞めてまで迷惑をかけるな俺。


 自分に言い聞かせ薄ら笑いをキープしたままでいると、入江さんは一瞬固まってから短く息を吐いた。


「……はっ、写真部に入ったんだって?」


 入江さんは壁にかけてある作品に目をやって言う。


「訳わかんね、バカじゃねぇの?」


 強く食いしばった奥歯がギシリと軋む。

 何様だこいつは、偉そうに。

 腹が立つ男だ。俺よりもずっと背が低くて線も細い。ついこの間まで俺はこんな奴にビビってたのか。こんなくだらない奴に……。


「あっさり辞めるとか、マジで感覚分かんねぇわ。はっ……何だよ写真部って」


 歩き出すと同時に、入江さんはおもむろに左腕を振って展示の写真パネルを叩いた。


「っ……!」


 ゴスッと鈍い音がした。衝撃によって両面テープが取れたのかパネルが剥がれかける。

 展示したばかりのシマエナガが凹んでいた。

 嘲笑を浮かべた入江が去って行く。


「……そっちだろ」


 叩かれたのが俺の写真であったなら。

 だが、アイツが今危害を加えたのはあろうことか間宮のシマエナガの作品。

 お前は間宮の想いも、彼女が何をしてきたかも知らないだろ。知らないくせにどうしてそんなことができる。俺が憎いなら俺を攻撃すれば良いのに、どうしてそうしないんだ。

 こんな奴に馬鹿にされる筋合いはねぇ。


 堪えていた感情は言葉となって口から零れ出た。自分でも驚くほど自然に口にしていた。


「逃げたのはお前だろ入江。お前は俺から逃げた」

「は」


 ぐるり、と首を回して三白眼がこちらに向いた。

 それからはもう怒涛の勢いだった———。


「離せクソッ! 花水っ! テメェ殺すぞコラ! ふざけんじゃねぇ辞めた分際で偉そうなこと言ってんじゃねぇクソ野郎!」


 隣にいた二年生が猛り狂う入江を抑え、それを見て周りにいた一年生も加わる。雪崩に攫われるように入江が大勢に連れられていく。さながら野球の乱闘のようだった。


「あーもう! こうなる気がしていたんだ。ユージン、早く行って! これ以上入江さんを刺激しないで!」


 悲痛な篠山の叫びにハッとする。


「わ、悪い……」


 けたたましい怒号に背を向け、階段の方に足を向ける。

 突沸した俺の感情はあっけなく静まった。拳を握ることもなく身体には虚無感が纏わりついていた。


「何やねん、ド突き合えや~」

「お前は何で付いてくんだよ」

「んーフォロー?」

「何その優しさ……要らねぇ」


 クソ、土門にまで気を遣われるとか、俺は何をしてるんだ。

 土門をシッシッと追い払い、俺はその足で視聴覚室に向かう。

 今はただあの緩いジャンク部屋で落ち着きたい。


『今度は頼むな!』、『久しぶりに戻るの待ってっから!』


 バスケ部員らが言っていた言葉を不思議に思いつつ、一度深呼吸をして部室のドアノブに手をかけた。

 部室に入った途端、間宮はいつも通りの自信に満ち溢れた表情で言った。


「次の撮影はバスケ部よ!」


 さすがに冗談じゃない。

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