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長い一日の終わり

 あれよあれよという間にタクシーに運ばれる。

 間宮に連れられカフェを出た俺は歯ブラシや着替え等をディスカウントストアで購入し、流れるように間宮の別宅へ向かう。


 どうしてこうなった。

 いや、ありがたい、ありがたいんだけども! 突然のシチェーションに心が追いつかねぇ!


 隣に座り大通りのイルミネーションに感嘆の声を上げる間宮に改めて訊ねる。


「な、なぁ、ちゃんと親御さんに許可取ったんだよな? 後で怒られるのは嫌だぞ」

「何で声上ずっているの? 大丈夫、ちゃんと友達が泊まるって伝えたわ。前に友達を招待したこともあるし、全く問題なしよ。それよりユージン君の方は大丈夫?」

「あぁ、俺は叔父と住んでるんだが、『二、三日帰って来なくてもいいぞ』って返信が来た」

「面白い叔父さんね、問題はすべて解決。ウチはサブスク関係充実しているから映画でも見ましょうよ、ユージン君はどんなのが好き?」

「……頭空っぽで見れるアクションものとか」


 俺と二人きりで泊まることに何の警戒心もないのか。女子会でもするような気楽な調子だ。

 それはそれで遺憾な気もするが……まぁ間宮だしな。

 そう、これは他意の無い純粋な厚意に預かった『ただの泊まり』だ。ゲスな妄想は自重せねばなるまい。


 ———そして俺たちは北区のとあるマンション前に到着した。


 タクシー代は後で割り勘にするとして、先に降車した俺はマンションを見上げた。


「こんなところをプレゼントに……」


 紛うことなきタワーマンション。推定三十階以上。駅からも近くかなり高級そうだ。

 お嬢様とは聞いていたが、これほどとは。

 世界的な写真家がどれくらい儲けているのかは想像もつかないが、高校生の娘にこれだけのものを贈るのだから、きっと一般サラリーマンとは比べ物にならないのだろう。

 支払いを終えた間宮がロビーに向かい、俺は庶民丸出しにキョロキョロしながらついて行く。


「で、アンダーソン作品のポイントは何と言ってもビジュアルね。ポップなパステルカラーがとっても可愛くて———」


 エレベーター内でも間宮は映画について楽しそうに話し、緊張などまるでしていなさそうだった。こうなったら変に意識するのは止めよう。間宮を男友達と思うことにする。

 エレベーターは中層階に到着。ドアが並ぶ静かな廊下を歩き、


「どうぞ、いらっしゃい」


 部屋のドアを開けた間宮が俺を見た。


「お、お邪魔しまーす……」


 動揺が顔に出ていないだろうか。何しろ女子の部屋を訪ねるのは生まれて初めてのことだ。

 冷静を装いつつ靴を脱いで上がらせていただく。

 通されたリビングのシーリングライトが点いた。

 広いな。そして、あまり生活臭が感じられない。

 大型テレビにローテーブル、ソファなど家具はあるものの、モノトーンに統一されたコーディネートと家具に使用感が無いせいで、どことなくモデルルームの寒々しさを思わせる。


「もっと写真とかカメラの趣味に溢れた部屋を想像してたけど、意外と普通だな」

「そういうのは他の部屋にまとめてあるの。……うー、やっぱり生活していないと部屋が寒いわね、すぐに暖房入れるから少し我慢してちょうだい。お風呂も準備しておくから」


 間宮はスリッパをパタパタ鳴らしながら忙しなく動く。

 ひとまず適当なところに荷物を置かせてもらい、俺はソファに腰かける。


「つっかれたぁぁぁ~……」


 沈み込むスプリングに身体を任せる。一日中頑張ってくれた脚が疲労を訴えていた。乳酸が溜まっているに違いない。

 シマエナガは撮れなかったし振り回され続けた一日だった。さながら釣果ゼロの釣り人のような状態。だが、冗長な釣りの最中に珍しい蛇の交尾を見かけたような、奇妙な満足感があるのはなぜだろう。いや例えがキモ過ぎる、普通に穏やかな時間を過ごしてリラックスした、でいいだろ。やっぱり疲れ過ぎだわ俺。

 支離滅裂なことを考え脳細胞が死滅していくのを感じていると、間宮が戻ってきた。


「さ、夕飯食べながら映画よ!」


 言いながら隣に座る。

 こちらはまだまだエネルギー充分なご様子でテレビの動画配信アプリを立ち上げる。

 一応、気を遣ってくれたのか映画の選択権を譲ってくれる。映画に関しては雑食なようで「何でもいいわ」とリモコンを寄越してくる。

 別に俺は映画が観たいわけでもないのだが……。


「とにかく楽に流し見できるやつで」


 小難しい人間ドラマやサスペンスなどは除外し2時間を超える大作映画も無しだ。当然、気まずそうな恋愛映画も候補から外す。そうなるとアクションかホラーかの二択だ。

 やっぱりアクションだな、ホラーもカップルで見る定番な気がするし。B級にもならなそうな地雷臭漂う九十年代の洋画アクションに決定した。


「マスタードかけちゃっていい?」

「あぁ———って付属の小分け袋じゃねぇのか。どっから取り出してきた、そのアメリカンサイズのマスタードボトル」

「パパが向こうの生活長いから家にも大きめサイズが常備されているのよ———あ、ごめん、かけすぎちゃった」


 カフェでテイクアウトしたスナックセットが広げられる。ホットドッグ片手に映画鑑賞開始だ。

 びしゃがけマスタードが鼻に突き抜けるぜ、まったく。

 健康優良高校生男子の俺がドキドキする展開は万に一つもないだろう。


×××


 訂正しよう。億に一つくらいはあった。


 途中までは良かったんだ。

 視聴の為に部屋を暗くしても、寒いからと言って二人で一緒の毛布にくるまっても全然へっちゃらだった。食欲が欲求の大部分を占めていたし、映画の内容も男主人公の肉体と爆発の派手さしか取り柄が無いようなものだったからな。


 だが本編があと少しで終わろうかという頃、

 画面に映るのはシャワールームでの男女の激しいぶつかり合い。飛び散る水滴、滲む汗と迸る情熱。スピーカーは吐息と衣擦れの音を絶えず発している。


 い、息が詰まる!

 九十分の映画でラストを濡れ場に使うとか構成どうなってんの! なんて映画だ!

 残り時間的にあと数分はこの交わりが続くだろう。濡れ場が異様に長過ぎるぞっ!


 俺は間宮の顔色を盗み見るように窺う。視線が泳ぎまくって真っ赤に顔を染めていた。そりゃそうですよね。

 とはいえ、映画はじきに終わるというこのタイミングで視聴を止めるのは、意識しています、と意思を示すようなもの。それはできない。それこそ恥ずかしいことだ。同様の理由で俺たちは飲み物に口を付けることも咳払い一つすることもできないまま、やたらと長いベッドシーンを観続けることに。


 結局、肌色のカットのままエンドロールが流れ始めた。最後の最後まで視聴者を釘付けにする仕掛けは映画戦略としてはアリなのかもしれん。俺たちにとっては大迷惑だが。


 間宮が部屋のリモコンを操作すると、部屋がパッと明るくなった。

 やっと終わった……。映画でここまで疲れたのは初めてだ。


 普通、友達と映画を観た後は感想を言い合ったりするものだが、俺は間を埋める為にノビをして、間宮は無言のまま食器やゴミの片付けをし始める。気まずいことこの上なしだ。


 観念して俺から口を開く。


「先に風呂入れよ、片付けはやっとくから」

「へぁ⁉ ……あ、はい、オサキデス……」


 間宮の肩がビクッと跳ねた。

 何で敬語、カタコト止めろ。

 それから三十分くらい経っただろうか。


「お風呂、どうぞ……。シャンプーとか適当に使っていいし、タオルも置いてあるから」

「うす、じゃあ失礼して」


 もこもこのパジャマ姿の間宮が現れた。ピンクが好きなのか。

 同級生のほかほか寝巻姿にこみ上げるものが無いと言ったら嘘になるのだが、この妙な雰囲気から脱したい。


 バスルームへ向かう俺に間宮は言う。


「ねぇ、何でユージン君と一緒にお泊まりしようとしているのかしら……。よくよく考えればこの状況ってすごく恥ずかしいんじゃ」

「それ今さら言う⁉ 気にしてなさそうだったのにエロシーン見て冷静になるなよ!」

「い、いやー、湯船に浸かっていたらハッとしてね、今の私ってとってもピンチな状況なんじゃないかと思って。その、襲われてもどうしようもない状況と言いますか……、映画みたいにお風呂場にいつユージン君が突入してくるからと気が気じゃなくて全然休まらなかったくらいだし……ママには友達が泊まるって言ったけれど、そういえば男友達だとは言ってなかったな、とか」

「襲わねぇよ! 俺を何だと思ってんだ⁉ 気になるなら部屋に鍵かけて寝ろ!」

「でも、お客さんにリビングで寝てもらうのは忍びないし、リビングには鍵ついてないし……」

「いいよもう! 俺がソファで寝るから!」


 オモテナシの精神で中々引かない間宮をベッドルームに押し込むのにしばらくの時間を要した。

 急に冷静になるな、参るよマジで。

 

×××


 とても良いお湯でした。いや間宮が浸かった湯だからとかそういうんじゃなく。

 風呂から上がると室内はとても静かだった。ダウンライトだけが弱弱しくリビングを照らしている。

 間宮は大人しく眠ったのだろう。

 ようやく一人の時間ができたことにホッとすると、途端にズンと身体が重くなった気がした。

 俺はソファに身を委ねて毛布を被る。


『———ユージン君に写真を好きになってもらいたかったから』


 カフェで言われた言葉がフラッシュバックする。まぶたの裏に決まり悪そうな顔の間宮が張り付いている。

 眠いのに意識は沈みそうもなかった。


 部室にいる時、間宮と一緒にいる時、俺はそんなにつまらなさそうな顔をしているのだろうか。圭ちゃんには『良い顔つき』だと言われたばかりだが。


 俺は別に写真が好きなわけじゃない。カメラにも興味があるわけじゃない。

 でも、新しいことを知るのは好きだし、これでも結構意欲的に部活に取り組んでいるもんだと思っていた。


 間宮は正直に言っていた。今回の撮影旅行は俺の為だったと。

 俺の消極的な態度が彼女のやりたいことを邪魔しているのだとしたら、その責任は当然俺にある。

 崖を登る登山家に下から声をかけてはいけないように夢中な人の頑張りを邪魔してはいけない。


「あークソ……俺は学習能力ゼロか。バスケん時に反省したってのに」


 俺はソファから抜け出した。

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