撮影断念?
バードウォッチング初心者は、まず鳥の鳴き声を知っておくことが大切なんだそうだ。シマエナガの鳴き声には特徴があり「ジュリリ」と鳴くらしい。
しかし、ただ知っているというだけでその特徴的な鳴き声は朝から今まで一切聞こえず、昼近くになってもターゲットの気配は感じられない。
俺たちの会話は次第に少なくなり、疲労を意識せざるを得ない状況に陥っていた。
シマエナガと出会えるかは運でしかないから間宮を責めることはできない。今回は撮影プランがガバいとかそういう問題ではないのだ。
片唇を噛む間宮が十数分ぶりに口を開いた。
「残念だけれど、今日はこれで切り上げましょ」
「いいのか?」
「もうお昼になるし、これ以上粘っても無駄になると思うわ。それに良い写真は沢山撮れたから十分よ」
「そう……」
あっけらかんと間宮は言うが悔しいに違いない。こいつがそんなに諦めが良いわけがないんだから。
「じゃあ、帰るか」
撮影終了は俺にとっては福音だが、これで良いのだろうか、という気持ちもある。ここまでやってきたからには俺だってシマエナガとかいう鳥を見てみたい。
しかし俺たちにできることはない。市街周辺でシマエナガを観察できるチャンスは午前中、タイムアップだ。これから冬山にアタックをしかけることは現実的ではないしな。
こればかりは如何ともし難い。
他の野鳥と犬とリスの収穫はあったものの、心にしこりがあるような感覚で俺は公園出口の方を見る。
「誰が帰るなんて言った? せっかく札幌まで来たのに公園で撮影して終わりなわけないでしょう」
間宮は目的が達成されなかった割には顔に落胆の色が無く、何か含みがありそうに目を細める。
「他にシマエナガが現れそうなポイントでもあるのか?」
首を横に振る間宮は勿体ぶって答えを言わない。
「まさかとは思うが……今から動物園? この公園の裏にあるっていう」
「ノー」
「じゃあ何だよ」
予想はできるがな。人並の女子高生程度にはオシャレや流行に興味があるらしい間宮だが、「インスタで見たパンケーキが食べたい」とは言わないだろう。きっと満足するまで市内の散策&スナップショットとかだぞ。
「カメラショップに行くわよ!」
あぁ、そっち。流行りのカフェならばどれほど良かったでしょう。
×××
再び東西線に揺られて札幌駅周辺に戻り、歩くこと十五分、市のランドマークであるテレビ塔もスルーして俺たちはとあるオフィスビルに入った。
今日だけでどれだけ歩かされるのだろうか。雪道と間宮の巨大リュックのダブルパンチでふくらはぎが悲鳴を上げている。バスケを辞めたことによる運動不足は否めない。
昭和の雰囲気漂うエレベーターを経由し、すりガラスの扉を抜ける。
入店してすぐに、飾り棚にずらりと並ぶカメラやレンズが目に飛び込んできた。
「こんにちは。カメラの受け取りに来ました」
シマエナガを撮影できなかった先ほどまでの消耗感はどこへやら、店員へ丁寧な態度を取りつつも、視線は棚に吸い寄せられているようだ。
どうやら間宮はカメラの修理を依頼していたようで、今日がその受け取りの日らしい。
おい、完全に私用じゃねぇか、部活動の内じゃないだろそれは。それがアリなら俺も何か他の目的を決めておくんだったぜ。
今さら言ってもどうしようもないから抗議はしないがな。そもそも正式な活動の一環なら顧問の久保田先生が引率でこの場にいないのがおかしい。やっぱりこの旅は間宮の個人的な興味によるものだ。
間宮が店員と話している間、俺は商品を見て回る。
フィルムカメラやオールドレンズ、周辺アクセサリなどが所狭しと店内を埋め尽くす。
写真やカメラに多少詳しくなったとはいえ、俺の知識はせいぜい素人に毛が生えた程度。艶のある赤銅色の棚に並ぶカメラとレンズの価格に少々引いてしまう。
「この二本、デザインが大きく変わるわけでもなく、焦点距離も同じなのに三倍以上の値段差が……」
メーカーが違う、モデルが違う、と比べてみれば違いがあると分かるが、光学的に性能面でどれだけ違うのかはまるで分からない。
少し前、希少なオールドレンズの写りに関して間宮が高説を披露した時、「そんなに変わるものか? カメラオタクの自己満足では?」と口を滑らせ、酷い目に遭ったことを思い出す。
考えてみればバッシュもピンからキリまである。詳しくない者から見ればスポーツカーもハイブランドの服もカメラレンズもその価値が分からなくて当然だ。オタクに「どれも同じだろ」は禁句である。
それにこの程度では驚かない程度の免疫もついている。普段、間宮が首から下げているフィルムカメラは新車の原付が余裕で買えるくらいの値段と知った時は本当に驚いた。
「二、三万のレンズくらい特別でもないか」
フィルムカメラとオールドレンズの沼、いと恐ろし。
高額には違いないのに安いと感じ始めていた。金銭感覚が馬鹿になる世界だ。
「なになに、何か欲しいものあるの⁉ 師匠が相談に乗ってあげるわよ!」
ウキウキした間宮が横合いから顔を出してきた。
「いんや、膨大な品数と価格に圧倒されてただけ。……ん、もういいのか? 来たばかりだろ」
「ふーん……えぇ、ここでの目的は達したわ」
間宮はこれまた古そうなカメラを掲げて言った。これもかなり高いんだろうな。
「それにここに長居していると購買意欲がバーストしそうだわ……っ、またママに叱られるっ、私の理性が残っているうちに早く脱出を……!」
「ゾンビ映画かよ」
ショーケースの方をチラチラ見つつ、
「ところでユージン君は本当に気になるものは無いの? オールドレンズなんて欲しくても売ってないのだから買える時に買うべきよ」
「あ、あぁ……まぁこういう高いレンズがどういう写り方するんだろうって興味はあるけどな。とりあえず間宮がくれたSR101を使ってみてからじゃないと。形から入り過ぎるのも良くないと思うし」
「うーん、レンズは教養主義的なものでもないのだけれど……まぁユージン君がそう言うのなら仕方ないわね。ちょっと残念、ここじゃなかったかしら……」
独り言を呟きながら間宮は店を出る瞬間まで眉尻を下げてショーケースを見ていた。その表情が母親におもちゃ売り場から強制的に引き離される子供のそれに見えて、俺の口角は自然と上がった。
エレベーターに乗り込みつつ、
「どこかで食ってくか?」
「そうね、サッポロファクトリーが近いからそこでどう?」
「何でも良いよ。お前の方が詳しいだろうし任せる」
「よし、任せなさい。ここから数分ね」
「また歩きかよ……」
「グダグダ言わないの。まだまだ札幌巡りは終わらないんだから」
「終わらないんだ⁉」
「ユージン君にとってもきっと楽しいはずよ!」
サラリととんでもないこと言いやがった。
もしかして間宮はシマエナガが撮れなかった鬱憤を写真・カメラ関係の活動で晴らそうとしているんじゃないだろうか?
それに今日の師匠はどこかテンションが高く、空回りしているような……いや、結構いつも通りだなこれ。




