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冬の動物たち

 周りの木々に目を凝らし、遊歩道をゆっくり進む。鳥たちのさえずりが雪にこもり、どこか遠くから響くようだ。


「あれはアトリ」


 言いながら間宮は枝に立つ鳥の群れにレンズを向けた。


「初めて聞く名前」

「晩秋に日本へやって来る冬鳥よ、秋の季語になるくらいだから結構一般的な子ね」


 見せてくれたカメラの液晶にはアトリが映し出されている。黒とオレンジの冬羽が特徴だと教えてくれた。


「詳しいんだな、俺にはただのスズメにしか見えないが」

「ユージン君もまだまだね」


 困った子だわ、とでも言いたげな顔がウザい。普通見分けられねぇって。

 意外な博識ぶりに驚いていると、間宮は次なる標的を見つけたらしい。


「ベニヒワ!」


 無数の地鳴きと共に地面から飛び立つ鳥の群れ。低い位置から一気に上昇していく。連続するシャッター音。群れはあっという間に遠ざかって見えなくなってしまった。


「どうかしら」


 再び液晶をこちらに向けて胸を張る間宮。明らかに褒められ待ちだったが、その見事な写りを見た俺は素直に口に出していた。


「うぉすっげ! あの一瞬でよく捉えられるな」

「まぁね、私の腕ならこんなものよ」


 流れる背景の中心に額と胸に赤い模様を持つ鳥がドンピシャで収まっていた。最新技術のオートフォーカス機能を以てしても今の一瞬でピントを合わせるのは不可能だろう。あらかじめピントを合わせておく『置きピン』の技術を使ったのかもしれない。


 いつの間に合わせたんだよ……、まさか移動しながら常に目ぼしい位置にピントを合わせ続けているのか。どんな感覚してんだ。


「これはベニヒワって言ってね、かなりのレアキャラよ! 北極圏に生きる美しい鳥で、北海道でも滅多に見られないんだから! 札幌で見られたのは幸運だわ!」


 喜びを爆発させ、パイロットキャップの耳がぴょんぴょん跳ねる。


「そう聞くとお得な気がしてくるな」

「えぇ、幸先の良いスタートだわ! やっぱりユージン君を連れてきて良かったわ、幸福を呼ぶ写真部の招き猫!」

「何故そうなる……俺は何もしてない」


 高機能なカメラと高級なレンズ、そして偶然。勿論そういった要素が重なっての一枚だとは思う。

 しかし、間宮の鋭い観察眼と抜群のセンスが無ければ絶対に成立し得ない。

 多少の写真知識を得、ダンス部の撮影を経た今だからこそハッキリと分かる。


 間宮アンリは天才だ。


「さぁドンドン行くわよ! シマエナガはどこかしらー♪」


 鼻歌交じりにスキップをして駆けていく間宮。俺は彼女の背中を見失わないよう追いかける。

 

×××


 今回最大の目標たるシマエナガは希少な鳥だ。しかし、発見や撮影が極端に困難なわけではなく、冬には街路樹などでも目撃できるそうだ。チャンスは彼らが樹液を飲む午前中である。


 園内をどれだけ歩いただろうか。

 カラス科のミヤマカケス、キツツキ科のコゲラなど次々にレアな野鳥の撮影に成功するも、肝心のシマエナガは発見すらできない。

 腕時計の長針が十を指し示していた。


「よーしよしよしよし! グッボーイ! グッボーイ、銀太!」


 犬の散歩に来ていたご婦人に駆け寄った間宮がやたらとアメリカンにサモエド犬と遊んでいる。

 いやサモエド犬って。鳥も犬も珍しい種類と出会うのに、狙い撃ちの如くシマエナガには出会えないってどんな因果律が働いているんだ。

 野鳥観察界隈では二時間程度の辛抱は苦にもならないのだろうが、俺は既に疲れ始めていた。


 間宮がサモエドと戯れている様子でもスマホで撮っておくか。

 俺のSR101に装着したレンズは五十ミリの短焦点。つまりズームができないレンズなのである。これでは遠くにいる野鳥を撮ることは難しい。スマホの方が便利だな。

 サイドボタンを押して記録した。


「……」


 画面には舌を出してタレ目で笑ったような顔の犬、そしてニヘーと緩み切った表情の間宮。

 サモエド×間宮。中々悪くない。可愛い……犬がな。


 ご婦人と犬に別れを告げ、ホクホク顔で戻ってきた間宮が言う。


「ふへ~堪能したわ~、ちょっと休みましょうか」

「それが良い」


 ベンチを見つけ、俺はうっすらと積もった雪を手で払ってやる。間宮のスペースまでな。なんて優しいんだろう俺って。

 そして座ってすぐ後悔した。


「ケツ、冷た!」

「もう、そんな恰好してるからじゃない。ちゃんとズボンも冬仕様にしなさいよ」


 間宮はナイロンズボンのおかげで平気そうだ。


「ヤダよ、そのシャカシャカのズボンだせぇじゃん」

「内地の人はこれだから困るわ。自然の力を舐めていると痛い目に合うわよ」

「偉そうに言うけどお前はどうなんだよ、ずっと手袋無しでカメラ握って平気なのか?」

「あぁっ! カメラマングローブ忘れたぁ!」

「大量の機材担いでるくせにそんな初歩的なもん忘れんな」


 札幌は俺たちが住む街よりも降雪量が少なく温かいが、それでも最高気温は二度。寒いものは寒い。


 手袋を忘れてショックな間宮は項垂れて、山のように盛り上がったリュックの中から水筒を引っぱり出す。蓋がコップになるタイプの奴だ。


 中身を一すすりして、


「ふぅ……グローブが無いならお茶で温まれば良いじゃない」

「どんなマリー・アントワネット」


 温かいお茶一口で機嫌を取り戻したらしく、間宮は一転して不敵な視線を送ってくる。


「どうしてもって言うのなら、分けてあげてもいいのよ?」

「いらねぇよ、俺はカイロ持ってきてるもんねー」


 ポケットの中で温まった使い捨てカイロを見せびらかす。


「……ね、ねぇ———」

「交換はしない」

「まだ何も言ってないでしょう! ……まぁ交渉するつもりだったけれど……」


 ぶつくさ言ってまたお茶を一口。

 すこぶる元気そうに見えたが、実際は間宮もかなり疲れているようで、ベンチに深く腰を下ろして肩を気にしている様子。大荷物背負ってりゃそらそうだ。


 俺は長く息を吐いて抜けるような青空を仰ぐ。


 日が高くなるにつれて園内に人が増えてきた。それに伴い野鳥たちも遠ざかっていくのだろう。リミットの正午までに時間はあるが、比例して撮影は難しくなっていくはずだ。

 天才といえどもシマエナガとの遭遇は運。どうしようもない。


 何となく聞いてみる。


「なぁ、どうしてシマエナガを撮りたいんだ?」

「可愛いし人気者だからよ」


 やっぱりね。


「そんなことだろうと思ってた」

「何よ、不満?」


 間宮はうーんと唸って数秒黙った後、パイロットキャップを深く被った。


「……皆に喜んでほしいのよ……」


 ボソッと、空気に溶けるような声で言った。


「私は将来カメラマンとして写真家として生きてみたい。その為には写真活動で人を満たすことを学ばなければいけない……だから私は自分の為、人の為に写真を撮るの。えへへ……これはカメラマンのパパからの宿題でもあるのだけれどね。でも、本当にその通りだと思う。自分のセンスを貫く芸術写真にしろ、依頼を受けて撮る写真にしろ、人を満たすという点は共通しているはず」

「間宮……」


 俺は一点を見つめていた。


「定期展示は写真部の活動を皆に見てもらえる貴重なチャンス。私はまだ写真で人を喜ばせることの意味を全て理解したわけじゃないから、色々試してみたいのよ。な、なんか部長としてはダメよね、私物化してるっていうか……で、でもね、私は本当にユージン君に感謝してて、お、覚えてないでしょうけど、学祭の時———」


 間宮が何か大切なことを言っている気がする。

 が、俺は視線を外せないし、意識もそちらに固定されてしまった。


 リスがいる。


 俺の目の前、二メートルも無いくらいの地面に、リスがいるのだ!


 俺は慎重にスマホを構え、震える指先でカメラを起動させる。


「アンケートでユージン君が———」


 カシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!


 シャッター音に驚いたリスは一目散に林の中へ駆けていった。


「見ろよ間宮ぁ! リスだ、リスがいたんだよ、ほらこれっ、マジで生リス!」


 北海道ってすげぇ! 


「これは結構良く撮れたんじゃないか⁉ 定期展示は俺の作品も展示するんだよな、よっしゃ、これならいけるぞ!」


 こういう時、間宮なら喜んでくれると思ったのだが、映画のクライマックスで隣の客がポップコーンをぶちまけたような面をする。やべ、しくじったか。


「あ、悪ぃ。えぇっと、続けてくれ」

「まったく……もういいわよ。それより! リスがいたのに教えてくれないなんて酷いわ! 私だって撮りたかったのに!」

「いや何か真剣な話してるっぽかったし、話の腰折っちゃ悪いかなって」

「師匠の話も聞かないし、リスのことも教えてくれないし最低!」

「謝ってんじゃねぇか、ほら、学祭が何だって?」

「もういい! シマエナガ探しを続けるわ!」


 薄く積もった雪を蹴り飛ばしながら歩き出す間宮。


 お怒りを宥める為、俺は間宮の大荷物を代わりに持ってやることにした。ついでにカイロもくれてやる。


 ちゃんと途中までは聞いてたんだぞ?

 皆に喜んでほしいから写真を撮る。そういう形もあるんだな……、と感服したほどだ。

 写真に対する真っすぐな気持ちは十分理解していたつもりだったが、腹の奥底にある想いは初めて聞いた気がする。


 すげぇよ、マジで。

 自分もいつか、間宮みたいに真剣に打ち込む何かを見つけられるのか。

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