表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/36

ラブコメ未遂

 翌日、一年A組教室、朝のホームルーム前。


 俺は教室最後方のドア近くの席でスマホを眺めていた。


「まったく……」


 ため息交じりに呟いた。勿論、昨日間宮が言い出したことが原因だ。


 そもそも何故動物? 気まぐれに本能で生きる動物を撮影するのはランダム性が高くて難しそうな気がする。まあゴチャゴチャ考えても無駄なんだろうが……。間宮はある意味野生動物以上に気まぐれだし、「なんで動物を撮りたいんだ?」なんて聞いてみても「私が撮りたいから」と答えるに違いない。興味や行動に意味を求めるのは無駄というものだろう。


 シマエナガ。スズメ目エナガ科エナガ属の鳥で北海道固有の亜種。白く、掌ほどに小さく、冬季はフワフワの羽毛に覆われ、愛らしい見た目から『雪の妖精』や『豆大福』と呼ばれている———らしい。


 白くてまん丸なスズメみたいな鳥が表示される画面をそっと閉じる。


 間宮とバードウォッチングとか嫌な予感しかしねぇ。

 散々連れまわされた挙句雪山で遭難したり、冬眠してるはずのヒグマとエンカウントしたりするに決まってるだろ。

 女子とのお出かけってこんなに気が重くなるものなのか? 決まった以上はついて行くけどさ、もっとこう俺にとってうま味がある撮影にしてくれよ。例えばそうだな……うん、ちょっと今はヌードぐらいしか思いつかないけども。


「うーっす、アンリちゃんの愉快な助手くん!」

「うるせ」


 サッカー部の朝練終わりでテンション高めな土門の軽口にもイラっとくるぜ。球蹴りに夢中で羨ましいですよ、マジで。俺なんか主体性がないから流れに流れて冬季訓練の雪中行軍だぞ。

 嗚呼、長い土曜日になりそうだ。


×××


 そんなこんなでまた放課後。

 写真部は今月の展示の為に先月の分の撤収作業をしていた。カンパネと呼ばれる印刷した写真を粘着剤付きのスチレンボードに張り付けたものが七枚。裏面にセロハンテープがくっついているだけなので簡単に剥がすことができた。


 撮影と現像、印刷して貼り付け、そして掲示。間宮はこれら全てを一人でこなしていたんだな。剥がすことは簡単でも作るのには労力が必要だろうから尚更その熱中ぶり()()は感心してしまう。


 部室に戻った俺は作品を抱えて右往左往。


「なあ、これどこに置けばいいんだ?」


 ジャンクヤードな部室には学校の古い教材や撮影機材が所せましと詰め込まれている。壁を覆うスチール棚には大きさの異なる本が乱雑に押し込まれ、印刷用紙やプリンターインクのストックなんかと一緒くたになっていた。


 首のストラップを外してカメラを机に置く間宮は壁際を指差し、


「そこら辺に置いといてちょうだい」

「んな適当な、この部屋は物が多すぎるぞ、少しは整理した方が良いんじゃないか? この手作り感満載なレフ板とか要らねぇだろ」

「いつか使うかもしれないじゃない。それにそれは機材も予算も無かった頃のOB達が苦心して作り上げたものだそうだから、捨てるのは忍びないわ」

「じゃあこの昭和レトロなストロボは? 発光電圧が高いから今のデジタル一眼じゃ使えないだろ」

「それはレアな奴だからダメ、そのメーカーもう無いのよ」

「……使用済みのパトローネは捨てていいだろ?」

「それはいつかチェーン付けてストラップにするから捨てちゃダメ!」

「全然片付かねぇなこれ……大量にあるし何個か貰ってもいいか?」

「えぇ、構わないけれど?」


 言いながら邪魔なものを脇に寄せ、なんとかカンパネを収納するスペースを作って仕舞う。

 なおパトローネとは、カメラにセットするフィルムの容器のことである。俺も随分カメラや写真について詳しくなったもんだ。


 俺たちは流れで部室の清掃をすることに。


「ここにある備品は寄付されたものが多いから勝手に処分してはいけないわ、全部大切に使いなさいね」

「その免罪符のせいで片付かねぇんだな」


 軽口を飛ばすと何やら抗議めいた声が聞こえてくるが取り合わないことにした。


 俺は特別綺麗好きというわけでもないのだが、部室の埃っぽさは前から気になっていたので出来る範囲で掃除をしてみようと、棚の下段の扉を開く。

 古いカンパネがぎっしり詰まっていた。おそらく引退した先輩たちのものだろう。


「でもよ、古い作品は処分すべきじゃないか? 先輩に返すとかさ」


 言いながらパネルを引き出して作品を見る。

 知らない女子生徒がハチマキ姿の真剣な表情で写っていた。体育祭の瞬間だろうか。


「そうね……それくらいは片付けないとね」

「これはどういう時に飾られた作品?」

「学祭の時のよ、投票で最優秀賞を決めたの。ユージン君が今持ってる作品がそうよ」

「へ~お前のじゃないんだな。当たり前に間宮が優勝だと思ってたぞ」

「そ、そう⁉ ま、まぁ、私はほら、賞とかにこだわらない主義だし数字とか評価はどうでもいいのよ」


 かっこいいことを言うが『天才』を自称するのはこだわってる証拠じゃないか? わざわざ指摘するのは可哀想だから言わないけども。


 間宮はこれ以上指摘されるのが嫌なのか本の整理を始めた。

 俺も作業を続けようと、一旦パネルを元の位置へ戻す。


「ん、何だこれ」


 重なったパネル達の間に半透明のファイルが挟まっていた。

 気になって引き出してみると、表紙にはサインペンで『学祭展示アンケート』と書かれていた。


 そういや学祭の時、篠山と物見遊山的に色々な出し物や展示を見て回ったっけな。あまり覚えちゃいないが写真部の展示も見たはずで、その時、展示に関するアンケートを記入させられた気がする。

 閃いた俺はファイルを開く。間宮は学祭展示でどんな評価をされたのか、集計結果を見てやる。

 ———だが、


 ファイルは横合いから伸びてきた手によって勢いよく閉じられてしまった。


「うおぁっ!」


 ドッターン! としゃがんでいた俺は突然の襲撃に遭い床に転がされる。


「そそそそれ、ダメ! 見ないでっ!」


 いきなり間宮が覆い被さってきた。反射的にファイルを持つ左手を上にあげると、それを追うように間宮が身体を伸ばす。俺は間宮に押し倒される格好になった。


「何すんだコラ、痛ぇよ!」

「い、いいからそのファイル返しなさい! 別に面白いものがあるわけじゃないんだから、ちょ……遠ざけないで! 届かな……いっ!」

「ははっ、そう言われると見てみたくなるのが人の性よな! 安心しろ、どんなにボロクソ言われても俺はお前の味方だ、笑ったりしねぇよ」

「何カッコいいこと言っているのよ、この私が酷評されているわけないでしょう! さっさと返しなさいっ!」


 高い声でキャンキャン吠える間宮はファイルに手を伸ばし、ファイルを掴もうとする。させるかよ、とその手を空いた右手で掴む俺。太ももから腰の辺りに柔らかい身体が押し付けられ、柔軟剤かはたまた香水か、嗅ぎなれない甘い香りが俺を包む。

 いつも薬品臭いくせに今日に限って良い香りを漂わせてやがる。


「何をそんなに隠す? 自作のポエムでも隠してたか?」

「違うわよ! ユージン君には関係ない!」

「ちょ、いったん離れ」

「師匠の言うこと聞きなさい!」


 ファイルにしか目が行かず俺の声も聞こえていないらしく、上半身をむにむに潰しながら俺の身体をなぞるように這い上がって来る間宮。


 お、おぉ……。


 その感触をうざったく思って全く楽しまなかったのか? と問われたら、勿論強く否定はできない。

 俺が間宮に夢中、なんてことはアホらしいくらいあり得ない話だが、この幸運を与えてくれたであろうラブコメの神様の存在は信じてみようと思う。


 そして、いよいよ高一にしては豊か過ぎる胸が顔面に差し迫る。


 これ行っちゃって良いんすか、自分、どさくさに紛れて埋めに行っちゃって良いっすか⁉


 いつかのように悪心がひょっこり顔を覗かせ、俺は双丘目がけて首を前に突き出そうと———、


「楽しそうだね、花水」


 師走の外気にも負けないくらいの冷たい声に俺は凍り付いた。

 タオルを首に引っかけたジャージ姿の荒木が、部屋を横切るゴキブリを発見したような顔で立っていたのだ。一瞬で血の気が引いたね。


 これはヤバい!


 若い男女が密室で二人きり、しかも身体を密着させている。この状況は誤解されて当然の絵だ!

 端的かつ速やかに弁明しようと俺が口を開きかけるが、それよりも速く間宮が口走る。


「えまさんも手伝って! 私が押さえつけている間にやっちゃって!」

「何、花水をぶん殴ればいいわけ? よしきた」

「どんな誤解だ!」


 一体荒木の脳内でどんな変換が行われたのかは分からない。せめてピンクな想像をして「キャーエッチ―!」と叫んでくれた方が楽だった。

 腕まくりをして指の関節をポキポキしながら近づいてくる様は昭和のガキ大将を彷彿とさせる。


「待てよおい、未遂でシバかれてたまるか!」


 ちょっと前にもこんなようなことがあった気がする。

 最近、俺が何かやましい気持ちで行動しようとすると、絶対に邪魔が入るのは気のせいだろうか?


 結局誤解を解く間もなく俺はしっかりシバかれたのだった。


 それはもうラブコメの気配など感じさせないくらいハードに。

 組み伏せられながら、俺はいつか映画で見た犯人を無力化する機動隊の突入シーンを思い出していた。


 俺はラブコメ教を認めないし、俺を救わないラブコメの神様を否定する無神論者だ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ