そうだ 札幌、行こう。
十二月初旬。
ダンス同好会のSNS宣伝はそれなりに話題となり、撮影者・間宮アンリの存在は多くの生徒の知るところとなったわけだが、常にカメラを携行する変人が更に有名になろうと俺としてはどうでもいい。
問題はそこにオマケの如く俺の名前までもが付帯していることである。
昇降口の廊下掲示板にデカデカと張り出された俺のポスターが掲示期間満了を迎え、晴れて撤去されたのは良いが、そこに来てのダンス同好会のあの写真だ。
素晴らしい写真を撮ったので悪い評判ではないのが救いだが、俺がオマケで目立ってしまうのは居心地が悪い。どうせ目立つなら体育祭のリレーでヒーローになるとか、学校祭のバンドで活躍するとかそういうものだったら良かったのに……。間宮の手先として周知されるのは何だか納得いかねぇぞ。
———とはいえ。
ダンス同好会の撮影依頼を完遂した写真部はそれ以後、特に目立った活動はなく緩やかで穏やかな日常を送っていた。
いくら「素敵な写真を撮ってくれるらしいぞ」、と噂になったところで実際に依頼してくる奇特な生徒などそうそう現れるはずもなく、部室には閑古鳥が鳴いていた。
俺はといえば、もっぱらカメラのお勉強。間宮から渡されたいくつかの写真教本などを読み漁って時間を消費するのが主な活動内容だ。写真部はいつから読書クラブになったんだという気がしないでもないが、他にすることもないので今日も読書である。
ちなみに師匠(笑)は後期中間考査が凄惨極まる結果だったらしく、ここ一週間は補習三昧でろくすっぽ写真部らしい活動はできていない。そしてこれも補足だが、間宮がピンクグラデの茶髪にイメチェンしたギャルウィークは僅か一週間で終了した。マジで思いつきの行動だったようで、「やっぱり私は黒髪よね」と事も無げに黒髪に戻したのには流石に驚かされた。
成績が悪いくせに髪染めてる場合か、という旨の指導を生活指導の教師から賜ったに違いない。天才を自称する割にはそういうところは小物感があるな。
まぁ、明るい髪色も似合ってはいたが、間宮には黒髪が一番合っていると思う。いや決して俺が黒髪が好きだとかそういうんじゃなく……。
閑話休題。
ともあれ写真部に来ない部長と読書をするだけの部員で構成されたこの現状。いよいよもってこれは何の時間なのか分からなくなってきた。
すっかり雪景色に変貌した街を窓から眺めつつ、俺は空虚な想いで缶コーヒーに口を付ける。
すると、扉の向こうからタッ、タッ、タッ、と軽快な足音が近づいてくるのが聞こえた。
予定では補習期間は今日までのはず。
「……来たか」
鎖から解き放たれた飢えた獣が獲物めがけて走って来るように思えてならない。部活動ができなかった間宮が撮影に飢えているだろうということは想像に容易いからな。
そうら、お出ましだ。
バン! と部室のドアが蹴破られたのかと思うほどの勢いで開いた!
「付き合って、ユージン君!」
開口一番、明日は遊園地に行くぞ! と子供に提案する立派な父親のような顔で間宮が俺の両肩を掴んだ。
「え、は……」
「今度の土曜日、札幌に行くわよ! 楽しみね!」
俺の当然の戸惑いを無視して顔を近づける間宮。強引に衝突する視線。肩に食い込む指の動きがいやになまめかしい気がして、不意に鼓動がぶち上がる。
付き合って? え、嘘、マジ⁉ 思い付きの言動が多い間宮だがここまで積極的だとはっ!まさかこのまま唇と唇を⁉ おいおい季節は冬だが俺の春が始まっちまうってか! なるほど俺の青春はこのキスから始まる物語らしい。マ〇レード・ボーイかな? いや、ちょっと古いな。つーかそれはない。
などと高速で脳を回転させた俺は半分冷静さを取り戻し、それでも残りの半分は受け入れ態勢を取った。
「い、いきなりなんだ」
ふと、今朝圭ちゃんに言われたことが脳裏に過ぎる。
しかし、
「プチ撮影旅行よ! 定期展示の作品を作りに行くの!」
行くの! じゃない。期待に膨らんだ胸が急速にしぼんでいくのを感じた。ほらな、やっぱりだ。
「あぁ……はいはい、だと思ったよ……そんな都合の良い展開なんざあるわけねぇよな」
「どういう意味?」
「何でもない。ラブコメの気配を勝手に感じた俺が悪いんだ」
間宮が言う定期展示とは、写真部が毎月作品を展示する活動で、写真部の本業的な活動である。一階の旧棟に繋がる廊下の壁に毎月テーマの異なる写真パネルを飾るのだ。
写真部の三年生が引退してしまってからは間宮が一人でその活動を続けていたようだ。
そういえば月初めには作品が入れ替えられるはずだが、今月はまだだな。
「それで? なんで休日にわざわざ札幌まで行かにゃならんのだ」
唇を尖らせうーんと唸る間宮。
「作品不足なのよね」
「いっつも何かしら撮ってるだろ。その中から見繕えばいいじゃん」
「せっかくの展示なのに妥協はできない。間に合わせでどうにかしようなんてことを続けていたらセンスが枯れてしまうわ! やっぱりテーマを決めて新しく撮りに行かないと!」
誰が決めたルールだ、どうせお前だろ。
「それに、最近インパクトに欠けるのよね。私が好きで撮った写真を展示してもどうも印象に残らないみたいで反応がイマイチなのよ。ここらで一発、多くの鑑賞者を惹きつける作品を出したいわ」
「そうかぁ? 先月のテーマの『仕事』は結構良かったんじゃねぇの?」
「え、覚えてるの」
「あぁ、判子職人とかカフェのマスターとか、働く人の表情が切り取られてて、俺は結構好きだけどな」
おそらく直接店に行って間宮自ら撮影交渉をしたのだろう。相変わらず行動力が半端ない。
「そ、そう……ありがとう、えへへ」
照れているのか身をよじってクネクネする間宮。遠心力でふわりと浮き上がるスカートに一瞬気を取られたがすぐに視線を戻す。
「そうそう、わざわざ撮りに行かんでも素晴らしい写真はあるさ。未発表の中からテーマを決めてそれを出そう」
土曜日は見逃せないNBAの中継があるんだ。怪我で長期離脱していた大ベテランが久々にコートに立つかもしれないってのに撮影なんかしてられないぜ。間宮には悪いが適当な理由で納得してもわねば。
「———って、誤魔化されないわよ! 土曜は札幌! 絶対に撮りに行くわ!」
ダメみたいですね。
「クソ、一人で行けよ! 何で俺まで」
「ユージン君も写真部でしょ!」
「あ、あぁ……」
ぐ、言われてみれば確かにそうだ。入部以来、俺は写真部員らしいことをほとんどしていないから自覚がなかった。活動をしなければそのクラブに入っている意味が無い。俺が撮影に同行するのは至極当然だ。正直面倒臭いが断る正当な理由を持っていない。
つまり、部長の間宮が行くと決めた時点で行くしかないのである。俺に拒否権は無いのだ。
結局、「分かった」と俺が折れた。
だが、まだ重要なことを聞いていない。遠出をする理由だ。
「札幌に行くのは良いとして、何を撮りに行く? テーマは?」
間宮は既に何かに勝利したかのような晴れ晴れとした顔で言った。
「よろしい! テーマは『冬の動物』、シマエナガを撮りに行きましょう!」




