マスクドダンサー
それからの三日間、特別なことは何もなかった。
教室の荒木はマスクを着けているし不愛想な態度はそのまま、間宮は良い写真を撮る為に大騒ぎだし、俺もダンス同好会に潜入し続けた。
ただ、変化はあった。
同好会の活動中、荒木はマスクを外すようになっていた。
極々小さな変化。しかし意味のある変化だと思う。
寒波が徐々に街に雪化粧したように小さな変化が大きな変化となるにはまだ時間が必要なんだろう。
———それでいいさ、いつか気が向いた時にでも部室に遊びに来い。同じクラスには俺もいる。たまには間宮と一緒に同好会にも顔を出すつもりだ。お前の笑顔を素敵だと思う奴がここにいるんだからな。———いやモテモテで羨ましいなオイ。
迎えた木曜日。約束の一週間が過ぎ、撮影は終了した。それに伴い仲良し作戦も終わって、俺はダンス同好会から解放された。終わってみればあっという間だった気がする。
と、稽古場になっている多目的教室の柱にもたれた俺が物思いに耽っていると、ダンス同好会の面々と最終の打ち合わせを行っていた間宮が声を上げた。
「よし、決定ねっ!」
討ち取った敵将の首を掲げるようにタブレット端末を振りかざす。
そんな間宮の肩を揺さぶりながら荒木は、
「ちょ、ちょっと、本当にソレ使うの。他に写真はいっぱいあるしょ?」
「この構成が最も人を惹きつけると私は考えるわ。自慢じゃないけれど私のSNSの総フォロワー数は十二万よ。私のSNS戦略に狂いは……無いっ!」
「無駄に溜めて言わないでよ。それはアンリのアカウント運営での話でしょ、私たち同好会のフォロワー数は百人ちょっとなんだよ? こんな気取った写真上げたって……」
「天才カメラマンの腕を信じて。これをアップすれば新入生の入会希望殺到は間違いなし! いいえ、それどころか在学生の何人もダンスやってみたいって押し寄せて来るかも! すぐにでもこの同好会は部に昇格できるわ! この作品にはそれだけの引力があるの!」
またデカいこと言ってら。
「たしかに~、すっごい映えてるよこれ!」
「うん、入会希望殺到は分からないけど良い写真だと思う。プロが撮ったみたい」
「え、えぇ、そんな二人まで」
凛香さんと奈々子さんまで間宮に同意し、荒木は一人劣勢な様子。頭を抱えてしまった。
今さら何を尻込みすることがあるんだ。
「ですよね⁉ ほら、ユージン君も見なさい! 私のマスターピース達をっ!」
手招きに誘われ俺は柱から背中を離す。
今日はいつにも増してテンションが高い。
週明けからの間宮は撮影に加え、レタッチと呼ばれる画像編集作業もこなす超ハードスケジュールで動いていた。放課後の時間じゃ足りないから、と休み時間にも部室に籠っていたようだし、自宅でも作業を続けていたらしい。顔には明らかな疲れの色が滲み、あまり寝ていないのは明白だ。
間宮はタブレット端末を操作して見せてくる。
どれどれ、成果を見せてもらおうか。
「これは……休憩中の写真か」
画面に映し出されるのは、タオル片手に朗らかに笑う凛香さん。適度にぼかされた背景、バッチリと瞳に合ったピント、大胆に顔に寄ったアングルは被写体を中央に配置する日の丸構図だ。構成要素がシンプルになって凛香さんの瞳がより強調され、全体が温かく柔らかな色彩でまとめられている。
「へー、なんか日常の一瞬を切り取ったって感じがして良いな」
「でっしょー⁉ 映画のワンシーンみたいにドラマチックにすることも考えたのだけれどね、活動の記録的な意味合いを強調する為、あえてのこの仕様です!」
むふん、と胸を張る間宮。マスターピースと自負するのも頷ける一作だった。
間宮は次へスクロールする。
続いては荒木と奈々子さんが振付を確認している瞬間の一枚。
胸を張って上体を前に倒し両手を広げるポーズの奈々子さんと、その背後から腕の角度を調整する荒木。同じ方向を見る視線は真剣そのものだ。
「腕が伸びて動きもあるし、二人が縦に並んでるから横位置だけど奥行きがあるんじゃねぇの」
「そう! 縦位置と横位置の特性なんてよく分かったわね! どうして⁉」
「まぁな、勉強してるって前にも言っただろ? 構図とかの基本を覚え始めたところだ」
「えらい! 一番弟子にしてあげる!」
間宮は俺の肩に手を置いてニコリと笑う。
俺一人しかいないのに一番も何もない。
写真について勉強してみると、今まで何となく見ていた写真を別の角度で捉えることができる。芸術系に疎い俺でも意外に理解できるものだし、これが学んでいて結構面白い。
もっとも、プレゼントされたSR101のシャッターはまだ一度も切れていないのだが、まぁそれは追々な。
その他の作品を見ていくことにする。
どれも暖色で演出されていて色彩の統一感がある。SNSの投稿を意識しているのだろう。このあたりは流石に慣れている感がある。
「本当にすげぇな。なんつーかストーリーがある気がするぞ」
正直な感想が漏れた。
何でもない練習風景をここまで美しく写せることに感心する。
俺にはこんな写真、どれだけ粘っても撮れる気がしない。カメラマンとしての間宮アンリの実力を垣間見た気がした。他は色々と残念だが技術面は流石としか言いようがない。奈々子さんが言った通りプロ級だ。
———だが、数枚を鑑賞したところで俺はあることに気が付く。
「ん? これ……ダンス中の写真は?」
見せてもらった作品は計五枚。そのどれもが休憩中だったり、ダンスの合間のシーンだったのだ。
「無いわよ」
あっさり言いやがった。
「いやいやいや、これって同好会に人を呼ぶための宣伝だよな。肝心の踊ってる写真が無いんじゃ宣伝にならねぇだろ」
「最初は私もそう思っていたわ。ダンス部なのだからダンスをしている写真を撮るべきだって。でもそれは必ずしも有効な宣伝になるとは限らないの!」
クワッ! と目を見開く間宮。
「キレイで洗練された作品は確かに人目を引くけれど、その実、見る人に圧迫感を与えてしまうもの。つまり! 必要なのは『自分もやってみたい』、『なんか楽しそう』って思える親近感なのよ! それには同好会の日常をそのまま写す方が適しているの! いやーこれに気が付いた時はまさに雷に打たれたようなショックだったわ。やっぱり作品作りと宣伝は別に考えなきゃダメね、個人の感性一つでクライアントを満足させられるならカメラマンの苦労なんて無いもの。私としたことがそんな簡単な事に気が付かないなんて危ない危ない、あっはっはっは!」
怒涛の勢いで喋り自分で気持ちよくなったのか高笑いを上げる。
「ちょ、ちょっと待て! お前はメンバーの生き生きとした顔が撮りたかったんだよな⁉ だからこそ俺を踊りに参加させて、ダンス中の自然な表情を引き出そうとしたんだろ⁉ なのにダンスの写真はねぇのか⁉ 嘘だろ⁉ マジで⁉」
「方針転換よ。より良い形で依頼を達成するには柔軟かつ臨機応変な対処が必要でしょう!」
足元が崩れた。
いよいよもって俺が必死こいてダンスを習得した意味が分からなくなってきた。
「適当なことばっかり……プランもクソもねぇ……」
もう抗議する気力もない。まともに間宮とやり合ったってこいつと俺とじゃセンスが違い過ぎる。せめて、バスケ部あたりに放り込んで地獄の基礎体力作りメニューを一週間やらせてやろうかと本気で思ったほどだ。
俺の恨みの籠った視線に気づいたらしい間宮は、自信に満ちた表情でタブレットを差し出す。
「勘違いしないで、ダンス中の写真はちゃんとあるわ。むしろ本命はこっち。これを際立たせるための戦略と言ってもいいわ」
「ねー、だからそれメインにするのはどうかと思うんだけど!」
口を挟んだ荒木が慌てている。
なんだあるんじゃねぇか。良かった。そうそう荒木のマスク一つのために俺はここまでやってきたようなものなんだからな。やっぱり荒木の写真は必要だろ。
「どんなのだ? そこまで抵抗されると逆に絶対見てやるって気持ちになってきた」
「花水!」
俺は立ち上がって間宮のタブレットを隠そうとする荒木に割って入り、その画像を見た。
「っ……!」
瞬間、ガツンと、芯を揺さぶる衝撃があった———。
画面の中の少女は、黒いマスクで顔の半分を隠し、まるで炎のように舞っていた。明るい髪が宙を裂き、手足がしなやかに伸び、躍動する全身が一瞬の残像を刻んでいる。音はないのに、確かにエイトビートが響いていた。
しかし、最も印象深くこの写真を決定づけるのは———その目だった。
マスクと前髪の隙間から覗く瞳は、刃のように鋭く、挑むような熱が滾る。激しい動きの中でもカメラを真正面から射抜いている。
その眼差しはこちらを突き放すようであり、見る者に強烈なインパクトを与えるようでもあった。
俺は制服のネクタイに触れる。
これはただの写真じゃない。そこにあるのは情熱そのもの。
視線が離せなかった。
最早、荒木のマスクの有無は問題にならない。それほどの熱量。それほどの魅力。
写真の中の荒木が飛び出して俺を引きずり込もうとしているみたいだ。
どれだけの時間そうしていたのか、荒木に小突かれるまで俺は見入っていた。
「なんで黙ってんの、何か言ってよ、気まずいじゃん」
「あ、あぁ……」
ハッとするが、思考が混線して上手く言葉にできない。
迷っている間に間宮が解説を挟んでくれる。
「親近感が大事と言っても、ダンスの写真が一枚もないのはさすがに問題だというのは分かっていたわ。だったら日常写真とスタイリッシュな写真とで分けて、どっちも投稿しちゃえばいいのよ、これなら同好会の楽しさとカッコよさを伝えられるし、作品の統一感を損なわずに済むって寸法よ!」
写真の中に荒木の笑顔はない。
俺は隣で未だに納得していない荒木本人を見た。
「普通に恥ずいんだけど! これ投稿したらめっちゃ目立つし!」
「え~そんな派手髪しといて今さら~」
「凛香さん!」
マスクを外し、感情豊かにリアクションする荒木。
「間宮、これいつ撮ったんだ?」
「月曜日よ。ユージン君が激辛カレーのせいでひっきりなしにトイレに駆け込んでいた日だからよく覚えているわ」
「う~……せっかくマスク外したのに、わざわざ着けさせて撮るとかマジで意味分かんないし……」
「ふふ、私は両方のえまさんが見たかったのよ。どちらの写真を採用するかは関係なし!」
元も子もないことを言うが、間宮の言う通りだと素直に思う。
どちらも荒木えまの魅力だ。どっちが写真にした場合良いか、とかそんな話じゃない。
「タイトルはどうするんだ?」
作品であるからには題名が必要だ。
間宮は既に考えてあったようで、「こういうのは気取ったタイトルより分かりやすい方が良いものだから」と前置きして発表する。
「マスクドダンサー」
凛香さんと奈々子さんが拍手をし、遅れて俺も加わる。
「———はぁ……、で? ぼーっとした顔してるけど、花水的にはどうなのさ……」
抵抗するのは無駄だと悟ったような目で荒木が聞いてくる。
「この作品には、引力があるな」
結局、間宮の受け売りの言葉しか出てこなかった。それが精いっぱいだった。
「あっそ……」
荒木は低い声で言うと髪を払って顔を背けた。
×××
後日、部室を訪れた凛香さんが投稿後の反応を教えてくれた。
学区内の中学生数人からダンス同好会公式アカウントへ複数のダイレクトメッセージが届いたそうだ。
「依頼達成ね!」
輝く笑顔を向ける間宮がハイタッチを求めたので、俺はそれに応じる。
パン! と心地よい音が部室に響き渡った。
第1章、マスクドガール完結です。
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。




