荒木えまは語る
俺たちは間宮と相席することになった。荒木はデラックスマンゴーパフェを、俺は安いバニラアイスを注文した。
私服の間宮を見るのは初めてだ。首からカメラをぶら提げているのはいつもの通りだが、ワンピースにブルゾンといういたって普通の女子高生の恰好をしている。
間宮は俺たちが一緒にいることに驚愕し、興味深そうに事情を聞いてきた。偶然であることを伝えた頃に注文のパフェが届き、それぞれがスイーツを突き始める。
「思い切ったなそれ」
俺はスプーンで間宮の頭を指す。
「うちの学校、髪染めに関しては結構緩いところあるじゃない? 一度やってみたかったのよね」
「行動力と決断力エグい」
シャンプーのコマーシャルの如く優雅に茶髪を払う間宮。正直すごく似合ってる。
「どうかしら荒木さん?」
「……良いんじゃない? 綺麗に染まってる」
「ダンス中の荒木さんの写真を見せたのよ、『こんな感じにグラデーション入れて』って そうしたらこの出来よ? 良いところ紹介してくれてありがとう」
「そ、そう……どういたしまして」
同じ髪色でこうして並んでいると姉妹のようだ。
間宮がニコニコしながら覗き込むように荒木の顔を見るので、荒木は落ち着かなさそうにパフェと間宮の間で視線を彷徨わせる。
カレー食う姿を観察してた時の俺もこんな感じだったんだろうか、ちょっと反省だ。
「ふふ、それにしてもようやく会えた気がするわ。荒木えまさんに」
「皆、私のマスク一つで騒ぎすぎ」
「お休みの日は着けてないのね」
「息苦しいし」
「へぇ、じゃあ本当はマスクなんて着けたくないのね?」
「……そうだけど」
間宮! それは危うくないか、単刀直入過ぎる! 俺がこれまでどれだけ気を遣ってやってきたのか分かってんのか。地雷原でタップダンスをしているようで生きた心地がしないぞ。
「こうやってお茶にも付き合ってくれるのは何か心境の変化でもあったのかしら?」
「なんとなく」
愛想無く言う荒木は、チラリと俺に視線を寄越す。
怖いなぁ……。いつパフェスプーンをテーブルに叩きつけて「ウザい、もう帰る」と言い出すか、ドキがムネムネだ。
そんな俺の心配とは裏腹に、間宮は腕を組んで何度も頷き、
「仲良し作戦は概ね成功といったところかしらね、やはり私のプランに間違いはないわ」
悪の組織の女幹部みたいな顔をして、生クリームをすくってパクリ。
「どこか完璧だ。今のところお前はイメチェンしただけだぞ」
「やれやれだわユージン君。分かってないのね、そんなことでは立派な助手にはなれないわよ」
たはー、と額に手をやるオーバーリアクションがウザい。もう俺が先に帰ろうかな。
「ミラー効果って知ってるかしら」
「えぇっと、親密な人とかの仕草や行動をつい真似してしまうっていう、心理学の?」
「なんだ知ってるの、つまらないわね……まあいいわ。そう、この同調効果は恋愛とかマネジメントにもテクニックとして応用できるの。相手と同じ行動をすることで好意を抱かせられるって寸法よ」
曇りなき眼には自信が満ちている。
まさか……。間宮が考えていることを察した俺はバニラアイスを食べる手を止める。
「つまり、私が荒木さんと同じカラーにすることで、荒木さんと仲良くなれるってわけよ!」
ペカー、と極上のスマイルを見せる間宮。
バカ、お前!
「テクニックが有効だったとしても、それを本人の前で言っちゃった時点で台無しだろうが! 自分でネタバラシしてどうする⁉」
「えぇっ⁉ 私だったら嬉しいわよ⁉」
「おまっ、本当ポンコツ! そんな打算丸出しの状況で喜ぶ奴なんていねぇよ、頭お花畑かっ!」
「な、何でよ! 天才的なプランじゃない! 女子は髪とかメイクとか小物とか具体的に褒められたりするのが好きなの! ね、ねぇ荒木さん? わ、悪い気はしないでしょう……?」
「……」
荒木は信じられないものを見る目で絶句していた。
どうすんだよこの空気。これもプランの内とか言わないだろうな?
予想の斜め上を悪い方向に行きすぎだ。
「ちっ」
荒木は舌打ちをして、スプーンを放るように容器に置いた。
そらきた。
俺は爆発の気配を察知して心の準備をする。
そして、
「ごちゃごちゃ回りくどいやり方される方が不快。聞きたいことがあるならさっさと聞いて」
荒木は腹立たしそうに言った。
おや?
「でも……前に聞いた時は迷惑だって」
「もういいって言ってんの。あんたらがそこまで色々するんだったら答えるしかないでしょ」
不愉快そうに眉を顰める荒木。
俺と間宮は無言で見合う。
何という事でしょう。不愛想で他者を寄せ付けないちびギャルがまるでツンデレの装いに! まさか本当にミラー効果戦術が有効だったのか?
驚きに固まった間宮は一つ咳払いをして、姿勢を正す。
「では、改めて聞くわ。荒木さんはどうしてマスクを外したくないの?」
「……別に面白くもないし、大した理由があるわけじゃない。それは先に言っておく」
そう前置きして荒木は喋り始めた———。
「私が凛香さんと奈々子さんと同じダンススクールに通ってたことは知ってるよね?」
「えぇ」
「そこの先生はめちゃくちゃ厳しい人で私たちは毎日怒鳴られてた。レッスン中はネガティブな発言は許してくれないし、完璧を求める人だった。『やる気が無いなら帰れ』っていうのが口癖だった」
そんな厳しい先生の下で荒木がダンスを続けられたのは、一つは先輩たちがいたから。先生という圧倒的な存在がいたため、自然と生徒達は結託して仲良くなることが出来たそうだ。同じ体験をする仲間は心強く感じたという。
「もう一つは、単純にダンスが好きだから。厳しい指導があっても上手く楽しく踊る為なら耐えられた」
だが、荒木が中学2年の夏に先輩たちはスクールを去った。
「そこからはもう地獄、二人に合わせてスクールを辞める子が続出。みんなどこかで辞めるタイミングを窺ってたんだと思うけどさ」
一気に生徒が減ったことが理由なのか、先生の厳しさは一層苛烈なものになっていった。休憩時間が極端に短縮され、水分補給のタイミングも自由にはさせてもらえず、指導は暴言ばかり、ほとんど洗脳だったと荒木は語る。
その口調はあくまで淡々としたものだ。
「令和のこの時代にまだそんなことする指導者がいるんだな。荒木はそんな中でも続けたのか?」
「まぁね、先生のことはとっくに嫌いになってたけど、逃げたと思われるのも癪だからしばらくは」
実に荒木らしい。ガッツあるなぁ。
「んで、その頃になると指導にどんどん具体性が無くなっていって、表現力が無いだの熱意が感じられないだの、どうしようもない文句を言うだけになってた」
荒木は虚空を睨む。
「その頃に指摘されたの……えまは笑顔がダメだ、って」




