荒木えまの魅力
十分後、俺は激辛スープカレーを食べ切った。これほど根性を出したのは、鬼監督による千本ノックを受けきった少年野球の夏合宿以来だ。
達成感に満たされしばらくボーっとしていたが、荒木が会計に向かったのを見て俺は慌てて席を立つ。
キャッシュレス決済が使えないと分かり、支払いに手間取る間に先に会計を済ませた荒木は店を出て行ってしまった。
「おい、ちょっと待て、一人でさっさと行くなよ!」
レシートを受け取って店を飛び出し、荒木の背中に声をかける。
「まだ何か用?」
ボアパーカーのジッパーを引き上げながら振り向く荒木。
しまった。引き留めなきゃという気持ちが先行し過ぎて言葉を用意してなかった。
咄嗟に、
「な、何か甘い物でも食いに行こうぜ! 唇がジンジンするしさ!」
「何で私が付き合わなくちゃならないの」
「おすすめのカフェとかないか? 北海道名物らしいものがあれば最高なんだけど」
「そんな都合の良い店、この田舎にあるわけないでしょ。ファミレスかコンビニしかないけど」
「じゃあそこに行こう! 奢るから!」
一瞬黙って、やがて観念したように息を吐き、
「……ファミレスね。パフェ奢ってもらうから」
「よ、よしきた!」
本音はコンビニのアイスで手を打ってもらいたかったが、珍しく乗り気なのでこの際しょうがない。しばらく節約しないとな。
俺たちは並んで住宅街を歩く。この状況に俺の鼓動は少し早くなっていく。
それは女の子と二人きりだからか、それともちびギャルヤンキーに委縮しているからか、たぶん後者だね。
「花水ってさ、間宮さんと付き合ってんの?」
「えぇ、なんでそんなこと聞くんだよ」
いきなりとんでもない質問が飛んできた。予想外のことで声が少し上ずってしまう。
「たしかバスケ部にいたんでしょ? 辞めて写真部に入るとか意味分かんないし、そういうことなのかなって。仲良さそうだし」
「付き合ってるわけねぇだろ、先週知り合ったばかりだ。俺がそんな手の早い男に見える?」
「じゃあなんで写真部なの、アンタ文化部ってタイプじゃないでしょ。写真に興味ありそうな感じもないし」
「ウチの学校は皆何かしらの部活に入らないといけないだろ? 久保田先生が写真部を紹介してくれたんだ。まぁどこの部活でも構わないからとりあえず入った」
荒木は疑わしそうに俺をジッと見つめ、
「そんな適当な感じなのに、間宮さんに協力して毎日ダンスまでやってんの?」
「何か変か?」
「変でしょ。自主練までしてさ、普通そこまで頑張らないでしょ」
「そうか」
「普通、興味の無いことにそこまで積極的になれないから。イかれてるってマジで」
「ひどい言われよう!」
つい最近も奈々子さんに似たようなことを言われた気がするな。
これはもう俺の染みついた性格であり、生き方だ。どうにもならない。
空を見上げると、鉛色の厚い雲がどこまでも続いていた。今日は一段と冷え込み、昼になっても気温が上がらない。スープカレーで火照った顔も冷めてきた。
俺は少し考えて、
「荒木はさ、ダンス好きか?」
「何急に……それは、まぁうん、好きだけど」
「貴重な放課後の時間を毎日使っても構わないくらい?」
「まぁね、金曜はバイトだけど」
「いいな、羨ましい。俺にはそういうの無いから」
住宅街を抜けた先の信号が赤に切り替わって俺たちは立ち止まった。
「俺は親の仕事の都合で小さい頃から引っ越しの連続でな、その度に転校を繰り返してきた。地域とか学校ごとに流行ってるものが違ったり、習い事も違ったから、仲間に入れてもらうために俺は色んなことをしてきたんだ。アニメとかゲーム、野球にサッカー、テニス、バスケ、空手。そろばん教室とか学習塾とかにも通ったよ。でもそれは俺がやりたくてやってたわけじゃなかった。友だちを作る為だったんだ」
急に何を言い出すんだ、と荒木は思っていることだろう。俺でさえ何でこんな独白じみたことをしているのか分からないんだからな。
「それを楽しむ目的じゃなくて、転校先の環境に適応するための手段だった。でもな、だからこそかな。そんな風に色々やってたら俺は何にもハマれなくなってた。初めのうちはそこそこやりがいを感じて楽しめていても、いつからか『これはもういいか』って思うようになってた」
全てが中途半端な器用貧乏。それが俺だ。
「世の高校生全員が部活に夢中になってるわけじゃないってことは分かってる、でもさ、夢中になれるものがあった方が楽しいはずだろ?」
「まあ、それはそうかも……?」
「何にも夢中になったことがないから、何でもやろうって決めてんだ。俺が異常に見えるのはたぶんそれが理由」
信号が青に変わって、俺たちは歩き始める。
「じゃあ、飽きたら写真部も辞めるんだ」
ざわり、と胸が騒いだ。不整脈かな。
「今のところ新鮮で楽しい。あの間宮アンリがいるんだ、しばらくは飽きそうにないね」
そして俺は付け加える。
「一つのことにあんなに真剣な奴を、俺は見たことない」
言ってしまってから俺はハッとする。クソ、余計な事を言っちまった。
「そ、それは別に間宮を異性として好きとかそういう事じゃないからな? あくまで一途に取り組む姿勢を評価してるだけであって、つまりそれは俺には無いものだから———」
「キョドり方がキモい」
バッサリと真剣で袈裟切りされた気分だ。
眠そうな目で荒木は何を考えているのか、少しの沈黙の後、
「……いつも土門とかとつるんで何にも考えて無さそうに騒いでるから、花水がそういうこと言うの、少し意外」
てっきり「何が言いたいの?」とかそういう言葉が飛んでくると思っていたから、俺は驚いた。流れ弾に被弾した土門はご愁傷様。
俺たちは再び信号に捕まった。横断歩道の先には目的のファミレスが見える。
俺は本音のついでに言う。
「その、あれだ……間宮は写真が好きすぎるあまり暴走してるんだと思う。撮影プランを見直すよう頼んでみるよ」
「それで、いいのかな」
苦々しい顔の荒木。間宮にキツく当たったことを後悔しているのか、それとも撮影に非協力な態度を反省しているのか。いずれにせよそんなことを考える必要は無い。
「いいに決まってる。荒木の素顔がなきゃダメ、なんてのは間宮の勝手なセンスだ。無理に付き合う必要はねぇだろ気にすんな」
「花水……」
「俺には何かに執着する気持ちは分からんけど、荒木はダンスが好きなんだろ? だったら自由にやればいい、堂々としてりゃいいさ。愛嬌のある笑顔だけが人の魅力じゃない、真剣な表情だって魅力の一つだと思うぞ。きっと間宮だって納得するさ」
「……私は———」
信号を渡りながら、俺はキモがられるのを覚悟で言う。他に言い方が思いつかなかった。
「ま、それはそれとして荒木が笑ったところは俺も見てみたいけどな」
努めてさりげなく、そして明るく言うと、荒木は横断歩道の真ん中で立ち止まって、
「ば、バカじゃないの⁉ よくそんなイケメンしか許されない言い方ができるよね、やっぱりあんたイかれてるし!」
シャーッ、と子猫の威嚇のような声を上げ、尖った犬歯がキラリと光った。
お……、がなり立つ荒木は初めて見る。
俺は今この瞬間カメラを持っていないことを少し後悔した。これが間宮の言う心が動いた瞬間って奴だろうか。
「そうそう、そうやって八重歯を剥いて自由に振舞う方が本来のお前———ん? そう言えば荒木お前、ずっとマスクしてるのってもしかしてその歯が」
「死ねっ!」
俺が心の中でシャッターを切ると、物騒な叫びと共に猛然と走り出す荒木。
ズドン! と、半身になって脱力状態で振り返っていた俺は為すすべなく太ももと尻の中間を思いっきり蹴られた。
「お、お前はアー〇スト・ホーストかよ……なんてローキックだ、痺れるっ!」
俺はよろめきながらなんとか横断歩道を渡り切る。
「ツッコミ激しすぎだろ。照れ隠しってレベルじゃねぇぞっ!」
「うるさい、一番高いの注文してやるから」
回り込んだ荒木は俺の襟首を握り締めて、誘拐同然に俺を連行する。小さいのにすごいパワーで俺は手をばたつかせるが抵抗空しく入店の運びとなった。
引き攣った営業スマイルの女性店員に「二人です」と告げる荒木。
ファミレスの通路をその姿勢のままズンズン進む。
これは照れ隠しなんだよな? そうじゃなかったら蹴られ損だ。今どき、暴力系ツンデレヒロインなんて流行らな———、
と、そこで俺の現代ヒロイン論の思考は吹き飛んだ。
「何してんだ、間宮」
通り過ぎようとしたボックス席で大口を開けた間宮がジャンボイチゴパフェに挑んでいた。
俺と同様に間宮も驚きで大きく目を見開く。
どいつもこいつも高校生のくせになんで休日に一人で外食してんだ。あぁ、俺もそうだったっけ。
いや、そんなことはどうでもいい。それより———。
「お前、その髪どうしたんだよ⁉」
間宮はしばらくもぐもぐした後、お上品に飲み込んでから言う。
「ギャルデビューしちゃいました~! って感じかしら!」
間宮は外はねしたウルフカットはそのままに、黒髪をド派手に脱色して金髪に近い茶髪にしていた。しかも、毛先にかけてピンクのグラデーションが彩っている。
「荒木さんに教えてもらった美容室に行ってきたのよ! 可愛かったから真似してみたわ!」
間宮アンリ、あまりに予想外な女。面白過ぎるぞ。




