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北海道名物・スープカレー

 スープカレー屋『ARONA』。ペーパーコードの椅子が並び、ボックス席はエスニック柄のパーテーションで仕切られている。アジアンテイストで統一された店内に入るとスパイスの香りが空腹を刺激する。

 お昼時とあって席はほとんど埋まっていた。少し待たされるのも覚悟していたのだが、カウンター席なら、とおばちゃん店員に席へ案内される。人が多い都会は何でもかんでも待たされるからな。飯を食う時にスムーズなのは地方の良いところだ。


 さて、スープカレーにも種類はあるだろうから、何を食べようかな~と、ウキウキ気分でメニューを手に取った瞬間、


「は、花水……なんで……」


 ランチタイムの高揚感がぶった切られた。

 声のする左に振り向くと、そこには、

 スープカレーをすする荒木の姿があった。

 古着っぽいダメージのあるトレーナーを着て、髪を後ろで束ねるラフなスタイル。


「お、おぉ……偶然だな」

「……ちッ」

「いきなり舌打ちかよおい」


 スプーンを皿に置いてプイッと顔を逸らす荒木。

 クラスメイトの男女が休日バッタリ会って……というシチュエーションそれだけを聞くと、なんともロマンチックな感じがしないでもないが、現実は非情だ。こんな迷惑そうな顔をされるとはね。


 というか、ちょっと待てよ? 今、マスクしてなかったな……。


 おそらく荒木は今すぐにでも店を出たいと思っているのだろうが、荒木の前のスープカレーはほとんど残っているし湯気も立っていた。出るに出られないのだろう。

 これはまたとないチャンスだ。


「この店にはよく来るのか?」

「……」

「おすすめとかある? 俺、スープカレーって食べたことないんだよな。どういうのがオーソドックスなん?」

「……」


 シカトですか。愛想の良い返事なんて期待しちゃいないけどさ、普通の会話くらいしてほしいよな。

 仕方がないのでお冷を置きに来た店員に俺は、


「注文いいですか? 隣の彼女と同じものをください。あ、じゃあトッピングはゆで卵で」


 お冷で喉を潤すと、横目を向けた荒木が言う。


「何その注文の仕方」

「だって荒木がおすすめ教えてくれないんだもん、お前と同じもん注文しときゃ間違いないだろ?」

「イケメンムーブがキショい」

「おーおー、いきなり喋り始めたと思ったら暴言か。マスクで隠れていたお口は悪い言葉しか言えねぇのかな」

「は」


 ギロリ、と獲物を狩る猛禽のような眼光が俺を射抜く。

 やべ、調子乗ったか。


「冗談冗談! ほら冷めちゃうぞ、俺のことは気にせず食べてろよ」

「はぁ……っとにうざい」

「言っておくけど、マジでたまたまだからな? お前をストーカーしてたわけじゃないからな、勘違いしないでよね」

「きしょ、食べるから話しかけないで」

「うす……」


 ガルルル! と強烈な視線のプレッシャーが半端じゃない。きっとニュータイプじゃなくても感じられる類のプレッシャーだ。てか殺意だなこれは。間宮が柄にもなくへこたれるのも分かる気がするぜ。


 それにしても、荒木のマスクを外した顔を実際に見たのはこれが初めてのことだ。意外とアッサリ拝めたな。


 肌は綺麗だしホクロも見当たらない。ツンと上がった鼻先は篠山の写真で見た通りだし、口元にも異常らしいものは何一つない。これのどこにコンプレックスが生じるのか、俺には理解できないね。

 大人しく食べている姿は美少女で、マスクをしていた時よりもずっと柔らかい印象を受ける。スプーンですくったスープをフーフーしている様は彼女の幼さを強調させていた。


 料理を待つ間観察していると、荒木がキッと鋭すぎる目つきでこちらに向いた。


「なに、ジロジロ見られて食べにくいんだけど」

「え、え~? そんなに見てた? 自意識過剰なんじゃね?」

「白々しい」

「話しかけるな、とは言われたけど、見るなとは言われて無いもんね!」

「……マジで何なの。写真部は私に構ってそんなに面白いわけ? 昨日は凛香さんからも色々聞かれたし……迷惑だって、間宮さんに伝えたはずだけど」

「俺は別に荒木にマスクを外して笑ってくれ、なんてお願いする気はねぇよ。だからそう邪険にするなよ」

「……」

「俺の仕事は皆と仲良くなることらしいからな。それ以上のことは知らん」

「それって間宮さんが満足する写真を撮る為に動いてるってことでしょ。結局、私に構うんじゃん」

「まぁな、でも間宮は間宮、俺は俺。荒木が間宮を嫌うのは勝手だけど、それで俺まで嫌わないでくれよ。俺は荒木と仲良くしたいぞ」

「は? 口説いてんの? 意味不明だし普通に無理なんだけど」

「ちげぇよ!」


 なんかフられちゃった……。間宮の明るいキャラクターが恋しい。

 これまで転校の多い人生だったから友達の作り方はそれなりに心得ていたつもりだったが、荒木と関係を築くことがこれほど難しいとは。


 俺にとって幸運だったのは、この時、店員が注文の料理を絶妙なタイミングで提供してくれたことだ。このままの停滞した空気だったら俺はいたたまれなさ過ぎて吐血していたかもしれない。おばちゃん、ナイスアシスト!


「わ、わぁ、美味しそうっすね~!」


 俺は無邪気な少年のように振舞って店員に微笑みかける。

 優しいおばちゃん店員はニコリと微笑みを返して、「ハチカラだから気を付けてね」と言って厨房に戻っていく。


 複雑なスパイスの香りが湯気と共に立ち上り、カボチャやレンコン、アスパラなどの野菜が盛り沢山だ。また、チキンレッグが王様の如く中央に鎮座しておられるのが嬉しい。

 やけにスープが赤いがこういうのが普通なんだろうか?


 食べ応え十分な見た目に誘われるがまま、俺はスープに口を付ける。


「んー美味———ん……ごふぉっごほっ、うぉあああ……か、辛い……っ!」


 後からじわじわ辛いとかそんなレベルじゃない。口に入れてノータイムで辛みが爆発した。

 瞬時に汗腺が開いて汗が滲む。


「か、辛いっつーか、い、痛いっ!」

「私と同じもの頼むからでしょ」


 呆れたように言う荒木はひょいひょいと涼しい顔で食べ進めている。


「マジかよ……お前激辛好きなの。意外! ミスったぁっ!」

「ちょ、うるさいから」


 これはヤバい。辛いものが得意じゃない俺にとっては試練だ。

 一口食べる毎に刺激が更新され収まる瞬間が無い。食べ物じゃなくてそういう拷問だろこれ。


「ざっこ」


 クソが。そういうセリフならもっと可愛く言いやがれ、メスガキめ!


 荒木は激辛に慣れているようだし、このままでは先に食べ終えたこいつはさっさと店から出て行ってしまうだろう。せっかく荒木と接触できたこの機会を簡単に手放すのは惜しい。


 俺は、賑やかしで呼ばれたバラエティ番組で何とか爪痕を残そうとする若手芸人の如く、覚悟を決めてスプーンを手に取る。

 チマチマ食べていたらいつ食い終わるか分からねぇ。一気に行ってやる。

 俺は刺激を無視して熱々激辛のスープに挑む!


 数分後~。


「ごおおあああああ! ヤバいヤバいヤバい! 辛すぎだろマジで! 穴という穴から水分が流れでりゅう!」

「うるさ」


 もう汗なのか涙なのか分からなくなって視界がぼやけてきた。


「ティッシュじゃ力不足ら、バスタオルが欲しいくらいら」

「ふ、呂律が回ってないし」


 ティッシュで顔を拭って荒木の皿を見ると、もう三分の二ほど食べ終わっていた。俺はまだ半分も食べていない。


「ほらほら、もっと頑張りなよ」

「て、てみぇ……こんら時ばっかり嬉しそうらな」


 荒木は少しだけ口の端を歪めて白い犬歯を覗かせる。変化量が少ないので分かりづらいが、これが荒木の笑顔か。


「必死過ぎで笑えるわ」

「サディストめ」


 俺は辛さを中和するために追加注文したラッシーをがぶ飲みしつつ荒木を見る。

 薄く汗が滲んで火照った顔は楽しそうだった。少なくとも俺がダンスの最中に見たそれよりもはるかにウキウキしているように見える。やっぱりこんな顔もするんじゃねぇか。


 俺は気合を入れなおし、スプーンを手に取った。

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