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衝突

 昼休みの盗撮作戦が失敗に終わって現在の荒木の素顔を見ることは叶わなかったわけだが、それでも、食事中の様子を見るに友達はちゃんといるということは分かった。さらにその友達には素顔を晒しているらしいことも。

 素顔を隠すのはあくまで俺や間宮やその他大勢のかかわりが薄い人物に対してだけ、ということなのかもしれない。


 だとするならば、ダンス同好会はどうなんだ? 不愛想なのは平常運転だとして、彼女たちは同じダンススクールの仲間だったという。凛香さん達にも素顔は見せたくないのか?

 いや違うか。俺たちだ、俺と間宮がいるから同好会の活動中もマスクを外せないんだ。


 ……道のりは険しそうだ。明日からは土日を挟むから同好会の活動は無い。あと数日以内に荒木と仲良くなって、間宮が納得する写真を撮らせることはできるのか。


 一度手を付けた仕事である以上は絶対に達成したい。

 目の前のやるべきことは今のこれだ。どうせ俺にはハマってるものはないんだ、別に構わない。時間は少なくても俺は空いている。何でもやってみようじゃないか。


 今週の掃除当番から解放された俺はとりあえず部室へ向かう。旧棟への渡り廊下を進み、視聴覚室に入る。三人掛けの固定式机イスの間を通り抜けて部室である準備室の扉の前に立つと、ドアノブが勝手に回って人が出てきた。


 荒木だ。


 完全に意表をつかれた俺は荒木と向き合ったままボーっと立ち尽くす。


「……何」

「あ、いや……今日もよろしくな」

「今日、バイトだから」

「そう……」


 吊り上がった目が不機嫌を物語る。鉢合わせただけでそんなに睨むなよ。

 仲良くなるためには何か適当な雑談でもすべきなのだろうが、派手なヤンキーにガン飛ばされては言葉も出てこないというものだ。

 荒木は耳の辺りの茶髪を払って無言で俺の脇を通り抜け、そのまま視聴覚室を出て行った。


「おーっす、荒木が来てたみたいだけど、何かあったのか?」


 いつもより更にご機嫌斜めな荒木が気になりつつも、半開きになったドアを押して部室に入ると、


「……んー……」


 机に突っ伏した間宮が顔を上げずに答えた。

 こっちもこっちでいつもと様子が違う。元気が無いのは一目瞭然だった。


「どうしたんだよ、そんなにしょぼくれて」

「……しょぼくれてないわよ」


 弱弱しい否定だこと。


「荒木の奴、今日はバイトだから参加できないってよ」

「知ってるわ。今さっき言われたもの」

「今日は撮影やめとくか? 荒木がいないんじゃ仲良し作戦は進まんだろ」

「いいえ、やるわ。勝手に今日は止めとくなんて事、この私がするわけないじゃない」


 そう言いつつも、間宮は顔を上げない。

 なんだろうなこの感じ。放課後の教室に忘れ物を取りに行ったら、女子が泣いてて、それを周りの女子が慰めている極めて気まずい現場にエンカウントしちまったような……。

 ここには慰める女子はいないから、フォローできるのは俺しかいないわけで……。


「なにがあったんだよ」


 流石に見て見ぬふりをするのも可哀想だった。

 俺がパイプ椅子に座ると間宮が顔を上げた。泣いているわけではないが眉をハの字にして曇天が顔に張り付いている。


「どうしても荒木さんの笑顔が撮りたいから、直接お願いしたのよ。撮らせてって」

「そりゃまた思い切った事を。それで?」

「断られたわ」

「ですよね」


 そんな簡単な事で済みそうなら、初めから仲良し作戦なんて婉曲な作戦は必要ない。はじめに断られたのは間宮だって覚えているだろう。


「ユージン君が頑張ってくれたし、昨日の感触も良かったから改めてお願いすれば、撮らせてくれると思ったのだけれど……」


 間宮は自分の腕を枕にしてため息をつく。


「そう落ち込むなよ。荒木の態度が塩なのはいつものことだ」

「そうじゃないの。荒木さん、常にマスク着けてるでしょ? お昼休みもクラスメイトから隠れるように食べているみたいだったし……。それでね、聞いてみたのよ、どうしてマスクを外したくないのって」


 直球過ぎる。


「そうしたらね、『は? 何でそんなこと教えなきゃならないの? ウザ過ぎるし迷惑だから』って……」

「そ、そうか」


 中々辛辣だ、間宮じゃなくても落ち込むわ。


 俺は以前差し入れたペットボトルの一本を部屋の隅のストックから取り出して机の上にそっと置いてやる。間宮が立ち直るにはまだ少し時間がかかりそうなので、俺は先に機材を整えて多目的教室に向かうことにした。


 凛香さんと奈々子さんなら何か知っているかもしれないしな。


×××


 運動着に着替え終わり、準備体操中に凛香さんが聞いてくる。


「あれー、アンリちゃんは?」

「あ~……ちょっとありまして」


 おたくのメンバーとバトっちゃいました、とは言い辛い。

 だが、アキレス腱を伸ばしつつ奈々子さんが「えまのことでしょ?」と、片方の眉を上げて言った。


「あ……はい、そうみたいで。すみません……お邪魔している俺たちがトラブル起こしちゃって」

「いいよ別に。アンリちゃんは押しが強いタイプだし。えまと衝突するのは想像してた」


 奈々子さんは見透かしたように薄く笑っている。


「え、二人喧嘩しちゃったの~⁉ 何で何で~⁉」


 反対に、凛香さんは察せていないらしく興味津々といった様子。

 この際だ。嗅ぎまわる感じがして気が引けていたが、思い切って聞いてしまおう。


 俺は間宮が荒木のマスクを外した笑顔を撮りたがっていること、そしてそれを本人にお願いしたところ荒木を怒らせてしまったことを先輩たちに伝えた。

 すると、やれやれといった調子で奈々子さんが、


「なるほど、それは確かにアンリちゃん地雷踏み抜いたね」

「やっぱりマスクは地雷なんすね」


 それから奈々子さんは、荒木について語りはじめた。

 荒木えまは小学6年生の時に地元のダンススクールに通い始めた。明るく活発で先輩たちにも礼儀正しく、練習熱心。上達も早く、すぐに凛香さんと奈々子さんのいる上級クラスの指導を受けることになったそうだ。

 しかし二人が高校受験と入学で忙しくなってスクールを辞めた頃から、荒木の様子が変わっていく。

 性格が冷めた感じになったらしい。スクールを辞めた後も二人はたびたび会っていたらしく、奈々子さんはその変化が気になっていたようだ。


「変だなって思ったのは写真を撮る時だね。それまで普通に話してたのに、セルフィ―を撮るってなると急にマスクを着けるんだよね。初めは映えを気にしてるんだって思ってたけど、学校でも常に着けてるらしかったから」


 それから荒木はこの高校に進学し、ダンススクールを辞め、部活にも入らずアルバイトをするようになっていった。

 凛香さんが同好会を立ち上げた時に入ってくれたのは、奈々子さんにとって正直意外だったという。


「ダンスがもう嫌になっちゃったんだって思ってたから、このサークルに入るって言われた時はビックリしたよ……まだ踊りたいって思ってたのが意外で」


 荒木の話になると奈々子さんは複雑な顔をする。悲しいような嬉しいような。おそらく荒木の変化が気になりつつも以前のように三人で活動できることを喜ぶ気持ちがあるのだろう。


 以後は俺が知る荒木だった。中学からの女友だちとサークルメンバーだけの狭い交友関係の高校生活。


「荒木に直接聞いてみたりしなかったんですか? マスクのことは」

「うん、なんか触れずらくてね。えまから相談されたこともないし、これまで困ったことも無かったから。私たちの前だと一応笑うしね」


 結局、篠山から聞いたこと以上の情報は得られなさそうだ。

 最も近しいであろう人物でも荒木がマスクに拘る理由が聞けない、となるともう詰みだ。


 と、これまで黙っていた凛香さんが突然、


「なにそのシリアスな感じ⁉ 皆、えまちゃんのマスクをそんなに気にしてたの⁉ 言ってよもう! 私だけ気づかないでバカみたいじゃん! リーダーなのに!」


 ああ、天然なところも素敵だ、凛香さん。

 きっと荒木も凛香さんの何も気にしない奔放なところが気に入っているからこそ、この同好会にいるんだろうな。


「そんなこと聞いたら、我慢できない! 今日通話して聞こ~!」

「絶対やめてね。下手したらもうここに来なくなるかも」

「え~何で~! マスクなんて苦しいもの付けるより、何も気にせず踊った方が楽しいじゃん! えまには何も気にしてほしくないよ!」

「それは、私もそうだけど」


 何も気にせず、か……。


「ちょっと聞きたいんですけど、三人だけのダンス中、荒木はどんな感じっすか? 表情とかは」

「え~別に普通だよ~?」

「むしろ普段より伸び伸びした感じで楽しそう、かも」


 ふむ、楽しそうか。


「もう一つ」


 この二日間、荒木が楽しそうにしているところなど見たことが無い。それはきっと俺たち写真部がお邪魔しているからだと思う。でも、普段のダンス中は、少なくとも先輩の二人からは楽しそうに見えている。

 ただの想像でしかないが、俺には気になることがあった。もしかして、というものが。


「皆さんが通っていたダンススクールの指導って厳しかったですか? できるようになるまで徹底的にシゴかれる、みたいな」

「そうそうそんな感じだった! めっちゃ厳しかったよ~。先生が怖い人でね、軍隊かよってくらい!」

「成長はできるけど、苦手な人も多いだろうね。私も何度か辞めようと思ったし」


 間宮が撃沈し、先輩たちも聞けないのなら、もう俺しかいない。


 しょうがねぇなぁ……。ここまで深く聞いておいて知らんぷりするのも気持ちが悪い。


 俺たちはダンス活動を始め、それから遅れてやって来た間宮が撮影を開始した。

 皆、表面上はそれぞれの活動に精を出しているが、やはり荒木のことが頭の片隅に引っかかっていたと思う。


 そして日曜日。


 好きでもないのに荒木のことを週末中考えているのも無益過ぎると思った俺は家を出た。


 北海道に越して来たのに、そういや北海道らしいものを何も食べていなー、と思い、調べると学校から三百メートルほど行った住宅地にスープカレー店があると分かった。

 気晴らしで訪れたカレー屋。何の計算があったわけでもない。


「は、花水……」


 本当に偶然だった。

 通されたカウンター席の隣に、荒木が座っていた。

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