昼休みの素顔
金曜日の昼休み。授業から一時解放された生徒達はワイワイ言いながら机をくっつけたりしている。
俺は教壇に腰を下ろし膝の上に弁当を広げていた。席替えで最前列のアリーナ席に当選した土門と篠山と昼食を摂るのが最近の恒例である。
「自分、マジで何なん? 急に写真部に入ったと思ったら次はダンス同好会って」
俺は卵焼きを口に運びつつ教室の後方を見る。
女子三名が集まって弁当や総菜パンを食べている。その中には荒木の姿もあるが、俺の位置からは後ろ姿しか見えず、マスクをパージした姿が確認できない。
いくら常にマスクをしていようと食事時まで着けているはずがない。素顔を拝む機会はないかとこうして観察しているが、なかなかそのチャンスは訪れない。
こうしていると張り込み中の刑事ってこんな感じかな、とか思う。昼食は牛乳とあんぱんにするべきだったか。
「ダンサーの先輩の投稿見たわ、何でユージンがノリノリで参加してんねん」
こうなったら何気なく話しかけに行くか。いや、何て言って話しかける。そもそも俺と荒木に接点が無さ過ぎるし不自然だ。
「おいこら、聞いとんか」
「あぁ?」
ガラの悪い関西弁にハッとして、視線を土門に戻す。
「ユージンが陽キャの先輩と一緒に踊ってるのはどういうわけ、って聞いてんねん」
「成り行き……」
「どんな成り行きやねん」
凛香さんは練習風景の動画をSNSにアップしていた。どうせ大した影響は無いだろうと投稿を許したが、クラスメイトの数名にはその動画が拡散されているらしい。
「写真部の活動の一環。俺がサークルに潜入して緊張を解せば良い写真が撮れるんだと」
「あぁ、間宮さん」
弁当箱を片付けた篠山が相槌を打った。
土門は持参の弁当では満足できないようで、コンビニのコーンマヨパンを頬張りながら、
「それにしてもよーやるわ。俺やったらこんなノリノリで踊られへん。お前、これどんな気持ちで踊ったん?」
「それは言うな。やるしかなかったんだから」
「いやいや、これはしゃあなしにやってる顔やないで」
「ユージンはノリが良いって言うか、思い切りが良いよね」
「どっかの大事なネジが外れてんちゃうか」
憐みを含んだ生温かい笑顔の土門と爽やかに笑う篠山。
「全力で踊ればきっと笑うと思ったんだよ。男の俺がぶりっ子みたいなダンスをしたらキモいけど笑えるだろ?」
「せやな、ワロタワロタ。……って、誰を? 誰を笑かしたかったのん?」
俺は顎で教室の後方を指し、振り返ってその先を確認した土門が固まった。
「……え、荒木?」
「そう、間宮は何とかして荒木の笑顔を撮りたいんだってさ。しかもマスク無しの」
「はぁ~そらムズイやろな! 俺が荒木の前で全力一発ギャグしたことあったけど、とんでもない目で睨まれたし」
「あの一瞬は本当に教室が凍ったかと思ったよ。自分だったらと思ったらぞっとするね」
「チクチク言葉やめーや。……マスクを取る瞬間くらいはあるかもしれへんけど、笑顔は想像でけへんわ」
「だよな」
俺は頷いて最後のミートボールを口に放り込む。
土門の諦め発言に同意しつつも、俺は微かな可能性を感じていた。
それは昨日、多目的教室から出て行く直前に見せたあの顔だ。あの顔が脳裏を離れない。本気で冷めた奴なら絶対にしない顔だ。
「荒木のこと何か知らねぇ?」
「何かってなんやねん」
「何でも良い。どんな奴?」
「ほとんど知らん。高校で初めましてや。話しかけてもツンツンしてておもろいないし、趣味とかも知らんわ」
すると、意外にも篠山が「自分は中学でクラス一緒だよ」と口を開いた。
篠山は少し声を抑えて言う。
「荒木さんとは中二の時に同じクラスだったよ、街のダンススクールに通ってたらしくてね、文化祭のダンス発表とかでも目立ってたなあ。あと運動神経が良くて体育大会じゃ女子リレーのアンカーもやってたっけ」
篠山が言うには、荒木がマスクを着け始めたのは中三の頃で、それ以前は普通に登校していたらしく、活発な少女で今の雰囲気とは違う、という。
「へー、何でやろな。遅い中二病? サブカルとかダウナーな雰囲気に憧れてかぶれるイタい奴おるやん?」
「顔にコンプレックスがあるとか?」
「さぁ、病み系に憧れているかは分からないな。コンプレックスも……まぁ、それは本人の気持ち次第だしねぇ、少なくとも自分としては整った顔立ちだったと思うんだけどな……あ、中学の写真あるよ、見る?」
「「見る!」」
前のめりになった土門と俺の声が重なる。
俺には仲良し作戦があるが、それを抜きにしても、荒木のマスクの下は気になる。気持ちは同じだ。
数秒後、篠山がスマホを操作してこちらに向ける。
トークアプリのグループチャット。アルバム機能の中にあった一枚の画像。文化祭だろうか。男女がお揃いの赤いTシャツを着てピースサインをしている。そして、画面中央の左側、女子とひっついて笑顔を向ける少女。黒髪だが間違いない。この大きな切れ長の目は荒木だ。
「ええやん!」
「脊髄反射で発言してんのか、ちゃんと脳みそ通せよ」
まあ……確かにええやん、ではあるか。
ツンと上がった鼻先に白い犬歯が零れる口元。勝気なツリ目がエネルギーを感じさせ、幼さが残る顔立ちはハッキリ言って美少女だ。
「ますます分からねぇ。このビジュアルで劣等感なんてあり得ないだろ……」
「他人からは些細なことでも、本人には大問題って場合もあるしね。コンプレックスってそういうものなんじゃないかな」
俺はもう一度教室の後方席の荒木を見る。相変わらず女子グループの方を向いて、他の人から顔が見えない位置に座っている。
「……」
荒木がなぜ素顔を隠したがるのか。目的の達成にはまずその理由から探る必要がありそうだ。後で間宮に相談してみよう。
そんなことを考えつつ、弁当箱を片付けようと教壇から腰を浮かせる。
———その時、
「ユージン君ユージン君、丁度良かった。壁になって!」
声と共に、半端に開いたドアの隙間、膝くらいの位置から黒い筒状のものがニョキッと差し込まれた。
数歩歩いて、ガラスの向こうの廊下を覗くと、リノリウムの床に膝をついた間宮がいた。
「そんなところで何やってんだ」
「アンリちゃん、何してんのー?」
「こんにちは、間宮さん」
「しーっ、みんな静かに。気づかれちゃうでしょ」
見上げる間宮は小さな声で俺たちに注意を飛ばしつつ、教室に差し込んだ筒を更に伸ばす。改めて見るとそれは大きなカメラレンズだと分かった。
土門と篠山も席を離れて教室前方のドアに集まる。
「クソデカいレンズで何を狙ってるんだ? 百〇のメガ・バズーカ・ランチャーみたいだぞ」
「外しそうな例えだね。自分は市〇ギンの卍解を想起したよ、伸びるし」
「何の話かサッパリや」
呑気な俺たちとは対照的に、デジタル一眼を構える間宮はスナイパーが標的を狙うが如き真剣さを滲ませ、
「荒木さんの素顔に迫るわ。みんな画角に入らないようにカモフラージュして!」
コイツ、マジかよ。
カメラマンはカメラマンでもこれじゃパパラッチじゃねぇか。
「廊下側から丸見えだぞ」
「被写体にバレなければそれで良いのよ」
「また盗撮しようってか」
「失礼ね、もう勝手にポスターにしたりはしないわよ。これはあくまでリハーサル。荒木さんのクラスでの表情を確認するだけよ……土門君、もう少し左に、ブレザーが画角に入ってるわ」
休み時間にまでこんなことに付き合わなきゃなら———、
「あ、ごめん。こう?」
「そうそう、バッチリ」
土門と篠山は既に迷彩の役割を受け入れていた。何でそんなに協力的なんだよお前ら。いや、まあ俺も似たようなものだけど。
「うーん、全然こっちを向く気配がないわね……」
ファインダーを覗く間宮は外はねしたウルフカットの襟足を揺らして呟いた。
廊下の通行人は何事かと訝し気に視線を送るも、間宮は一切気にせず、対角線上の荒木にフォーカスする。
それから俺たちが何気ない雑談を装い続けること一分。
「ユージン君、注目を集めない程度に荒木さんを振り向かせてちょうだい」
「我慢弱いにもほどがある。シャッターチャンスを待つ粘り強さは無いのか」
「う、うるさいわね! この体勢結構辛いのよ!」
間宮はバイブレーション機能を搭載しているらしく、低く構えた中腰の姿勢で小刻みに震え始めた。ウケる。
「はりあっぷ!」
そうは言っても注目を集めない程度に辺りを見回させるなんて、どうすりゃ良いのか分からない。
「おっぱい! って叫んでみたらええんちゃう?」
「アイデアが馬鹿すぎる。注目集めまくるだろ」
「何でも良いから早く! 腰が爆発しそう!」
急かされても思いつかないものは思いつかない。撮影プランを決めてから行動しろ、ポンコツカメラマンめ!
えぇっと……とにかく、視線をこっちに向けさせないように振り向かせるんだったな、声だとバレるから……あ、そうだ。
次の瞬間。
カン!
と、強力なゴムパッキンを力づくで外したような音が教室に響いた。
「え、何の音?」
「何か落ちた?」
にわかに騒がしくなる教室。
それに合わせて俺もキョロキョロ辺りを見回す演技をする。
カシャカシャ、と控え目なシャッター音が連続した。
数秒後、首を傾げる生徒達もやがて気にしなくなったようで、それぞれのおしゃべりや活動に戻っていく。
「何や今の音、どうやって出したん?」
「舌を上顎に密着させて真空状態を作ってな、舌を平行に保ったまま一気に引き離すと奇妙な破裂音が鳴るんだ」
「あひゃひゃひゃ! 何やその一発芸!」
「小学生の時、ボイパを練習してる時にできることを発見したんだよ。全校集会の時にやると皆ざわつくから一時期イタズラでやってた」
「へぇー、前々から思っていたけどユージンは無駄に器用だよね」
「無駄は余計だ、それに今回は活きたろ。……で、ちゃんと撮れたんだろうな? 俺の機転と器用さに感謝しやがれ」
床に倒れ込んだ間宮が無言でカメラの液晶をこちらに向ける。
覗き込むと、マスクを外して振り向いた荒木が映し出されていた。
「これは……」
ただ、食事中とあってお上品に右手で口元を隠している。
「失敗じゃねぇかっ!」




