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~僕と海水浴~

本日は晴天…。今日は海水浴の日…。

僕たちは1時間に2本しか来ない電車を一日千秋の想いで待っていた。

こっちの海は透き通るようにキレイなので、僕のお気に入りだ。

とっくに準備体操と日焼け止め対策をすませたけど、電車はまだ来ない…。

妹は電車が来ないことでとっても不機嫌になっていた。

日焼け対策の麦わら帽子。肩まで届くウェーブのかかった髪。

白いワンピース。薄い茶色のサンダル。

ドラマの影響を受けてこの格好にしたそうだ。

(これで口を開かなければ、カワイイ妹なのだが…)


ガタ、ゴト…


とおくに電車が見える。

し建物があまりないものだから、遠くにあるものをハッキリ見つけられる。

僕は絞りだすように声を出す。


「やっと、電車が来た…よかったな、シズカ」

「………」

(せめて返事くらいはしてほしいな…)


みんなで電車に乗った。妹は無言だった。


「大体、お兄ちゃんが悪いんだよ。早く出ようって急かすから!」

「だってしょうがないよ? ギリギリで乗れずに一時間待つよりはいいだろう?」

「アンタたち。他にもお客さんがいるんだから静かになさい!」


母に窘められ、仕方なく電車の窓を見ることになった。

妹のせいで僕まで怒られた。


2両編成の電車はゆっくりと動き出す。

前の車両には年配の男性が一人ポツンと座っており、後ろの車両には

女子大生くらいの人が2人で仲良く一緒に座っている。

他には単語帳をめくる男子高校生が一人。

おしゃべりに興じるスーツ姿の女性が3人。


ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…


電車は一定のリズムで揺れて走っている。

見える電柱は4秒おきに通り過ぎていく。

だが窓からの風景は、同じような風景がつづくので早くも飽きてしまった。


「家の近くに海があるっていいよね。将来は海の見える家に住みたいなぁ。

 そしたら、夏は毎日泳げるし」

「大変だぞ? 潮風で車や道具がすぐダメになっちまうんだと」

「…父さん。夢を壊さないでよぉ」

「親切に教えてやったんだよ」

「ちぇ…」

「ま、水着のお姉さんが毎日見れるのは良いかもな」

「そうじゃな…水着のお姉さんを眺めながら老後を過ごすのもいいかもしれんな」

「よ~し! 宝くじが当たったら、この辺に家建てるか!」

「そうじゃな…頼むぞ!」

「男って、イヤだね。お母さん」

「男はいくつになっても子どもみたいなものよ? 3人を見ればわかるでしょ?」

「え? 僕も入ってんの?」

「カエルの子はカエルっていうでしょ、お兄ちゃん?」

「ぐぬぬ…」


(こ、このままでは兄の威厳が…こうなったら話題を変えよう!)


「そういえば、じいちゃん…体は大丈夫なの?」

「おお、もう治ったぞ。ホレ、このとおりじゃ」


じいちゃんは体幹をクネらせて健康アピールする。


「言ったろ? 寝ときゃ治るって」


(どーゆー体の構造をしているんだ? この人は…?)


「ほら、景色が少し変わるわよ、レイジ」

「どれどれ」


窓の外では、太陽に照らされた夏の風景が猛烈な勢いでスライドしていく。

風に揺れる田園地帯、風を受けて回る風力発電の白いプロペラ、

学生でごった返すコンビニ、市民プール…。

適度に育った黄色い向日葵の畑、通学路を走る小学生…が見えた。


「あ、向日葵だぁ」

「あら、キレイな向日葵ね。いい時代になったわね…」

「向日葵なんて昔もあったでしょ?」

「おばあちゃんの子どものころは蒸気機関車だったから、窓の景色はうす暗く見えたものよ。身を乗り出すと咳きこんだりしてね。顔も黒く汚れて…今はいいわねえ…」

「そうなんだぁ~」


電車に乗ること20分。待望の海が見えてきた。


「おっ、次の駅で降りるぞ」


窓からは線路を境に、海と山の2つの世界が見える。

海は太陽の光でキラキラしている。

その沖合では四、五羽のカモメが海面スレスレを飛んでいる。

反対側の山には、たくさんの家が建っている。

赤や黄色、ミックスウッドの模様、抹茶色、灰色、

はたまた深青色の家などたくさんの色の家が入り混じっている。


「白砂青松ね…」


おばあちゃんは電車の窓から、砂浜を見てつぶやくようにそう言った。

走っていた電車は徐々に速度を落とし、甲高いブレーキ音とともに停車する。


キキキィーー…プシュ~。


電車のドアが開く。僕は飛び降りるような勢いで降車した。

その勢いはさながら運動会の徒競走の気合いの入りようだった。

胸いっぱいに深呼吸をする。


(これだよ、これ…)


潮の香り。海の匂いだ。

無人改札をマッハで通り抜け、駅と海をはさむ道路もコンマ一秒で左右確認し、

海に向かって走り出した。靴を脱ぎ、波打ち際に立ってみた。


「うへっ、冷たぁい!」


足についた砂を波の泡粒が洗い流していく…。押し寄せる波が両足を包む。

僕はしばらく、一人で海水浴を楽しんだ。


シズカは、スカートを汚したくないのか、波打ち際で祖母と遊んでいる。

逆光でキラキラとかがやく波打ち際を歩いている。

その姿はドラマのヒロインのようだった。


(あの口が本物ではなく、逆に飾りものだったらいいのに…)


母さんとおばあちゃんは、ゴザの上で、みんなの荷物と一緒に日影で涼んでいる。

海水浴場ではカップル、家族連れ、高校生の男女などいろいろな人が来ていた。


わーわー…おりゃー…とあーー…


いつのまにか、妹は水着に着替えていた。

耳をすませば、かすかに聞こえる程度の人の声…。

僕は少しずつ歩みを進めた。

プールと違って、海は場所によって水の温度がちがっている。

冷たかったり暖かかったり。足は冷たいが、お腹は暖かい。

そう思っていたら、今度は足が暖かくなったり、お腹が冷たくなったり…。

そんなことを繰り返しているうちに、水位は僕の胸まできた。

少し肌寒く感じたけど、ものの数秒で慣れた。


「…よし」


ゴーグルを着けて大きく息を吸い込み、水中にもぐる。


(…………)


さっきの喧騒が聞こえなくなった。

ここの海は綺麗で水中でも遠くまで見える。

唇をつたって口の中に入る海水は、とてもしょっぱい。

僕はなるべく、海水が口に入らないように力強く口をキュッと閉じた。


「ぶはぁ!」

「お、おったおった。若者はせっかちでイカン…」


後ろからじいちゃんが来た。


「じいちゃん、久々に水中にらめっこで勝負しよう!」

「よかろう、受けて立つ! わらうと~まけよ~ あっぷっぷ」


いっせいに水中にもぐった。

じいちゃんはタコのような両手足をフニャフニャした動きをしていて…

僕は思わず吹き出してしまった。


「ぷはっ!」


水面下から飛び出した。

昨日まで体中シップだらけだったのに…なんで動けるんだ?


「まだまだ修行が足りんなぁ」


じいちゃんは見下ろすような態度で腕組みして言った。

僕たちが楽しんでいる間に、妹は浮き輪を使ってかなり沖の方に出ていた。


「ありゃ、シズのヤツ…ずいぶん遠くにいっとるな…」


じいちゃんは目を細めて言った。


「僕は『脚が着かないとこには行くな』と教えたんだけどなぁ」

「まあ、女は好きな人間の言うことしか聞かんからなぁ」


じいちゃんは僕の肩をポンと叩く。

そのとき、大波がシズカの浮き輪ごとひっくり返した。


「こりゃ、イカン!」


じいちゃんはクロール泳ぎで瞬く間に距離をつめ、シズカを抱きかかえる。


「シズ! 大丈夫か?」


じいちゃんは声をかけながら、浜のほうへ移動する。


「いった!」

「どうした? しず!」


とつぜん、妹が痛がり出した。右脚のふくらはぎを抑えている。


「どれどれ」

「ジロジロ見ないでよ! 変態!」

「あ、いや、僕は純粋に心配を…」

「おばあちゃんに見てもらうからいいの!」

「こ、こら、しず!」


妹は浮き輪もほったらかして怒っていってしまった。


「なんだぁ、心配して損したなぁ」


僕は口をへの字にして再び水中にもぐった。


「……ん?」


そこに小さな丸いものを見つけた。

僕は流れに逆らうように泳ぎ、それを手に取った。


(…なんだコレ?綺麗だなぁ…地球儀…?)


それは青、水色、緑色が入ったマーブル模様が入ったゴルフボールのような…

僕は少しの間まじまじと見ていた。


「最近のおもちゃはよくできているなぁ」


僕はむかしから綺麗な球体が好きだった。

ドロ団子を極限まで磨いたり、アルミ箔をトンカチでたたいて球体にしたり…。

我ながらヘンな収集癖だと思う。


(ちょうどいい、これを部屋に飾ろう…)


ピッカピカのドロ団子とシルバーボールにトモダチができた。

いいコレクションができた。


「他にもなにか、いいものが落ちてないかな?」


まわりを見渡すために、少し足を踏みかえた。すると足の裏に激痛が走った。


「いって! なんだなんだ?」


足元を見るとピンク色のホラ貝を見つけた。

血は出なかったが、とても痛く感じた。でもちょうどいい。

ピンク色というだけあって、妹が喜びそうだ。


「じいちゃん、なんか良さそうなもの拾ったよ」


拾ったものを見ながら、となりにいるじいちゃんに話かけた。


「じいちゃん…?」

浜辺の方を見たがじいちゃんの姿がドコにもない。

さっきまで一緒にいたのに。


(まさか僕を脅かそうと潜っているのかな…?)


ゴーグルを着けて潜っても、じいちゃんの姿はない。

あわてて浜辺に戻り母に聞いた。


「じいちゃん、こっち来てる?」

「え? こっちには来てないわよ。はぐれたの?」

「うん…大丈夫かな」

「大丈夫だ。ひょっこり顔を出すさ」


じいちゃんはあらわれなかった。海パンのまま電車で帰ったとは考えにくい…。

お店の人と最寄りの交番で事情を説明して、その日は帰った。

地元の人の会話では離岸流にさらわれたのかも、とは言っていたけど…。


その日の晩御飯のこと。


「変態お兄ちゃん、醤油とって」


妹はとてもご機嫌ナナメだ。

どうにも自分の足をジロジロ見られたことを根に持っているようだ。


「シズカ、そういう言い方は良くないわ。お兄ちゃんなりに心配してのことよ」


お母さんに言われ、妹はきまりが悪そうな表情をしていた。

僕は黙って醤油を取ってあげた。


「ありがと」


言葉にはまったく気持ちがこもっていない。

声に抑揚がなくダイコン役者の棒読みに近い。


「ごちそうさま」


妹はそういうと食器を片付けて、さっさと洗面所に行った。


「レイジは優しいね、いちいち怒らんで」


おばあちゃんは僕に言う。


(楽しい海水浴になるハズだったのに…)


妹には変態扱いされ、じいちゃんはいなくなって…

トホホな海水浴となってしまった。


(想像していた海水浴とは、こうじゃなかったんだけどなぁ…)


と思いながら、その日はドロのように眠ったのだった。

次の日の朝。妹のうめき声で、僕は目が覚めた。


「う…う~ん…」

「あらあら…38度5分海の疲れかしらね。今日は休んでなさい」


妹も心配だけど、じいちゃんも心配だ。

夏祭りみたいにひょっこり顔を出すのかな?

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