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~僕と夏祭り~

炎天下の遠足の次の日。時刻は夕方。

普段よりも早く薄暗くなってきているように感じた。

このあたりに都会のような街灯や車のライトがないから暗く感じるのだろう。

今いる場所にあるのは、葉と葉が擦れ合う音やセミの鳴き声、清流のせせらぎ。

そして時折、聞こえるひぐらしの声…。

そんな静けさに僕は寂しさではなく、安らぎを感じることができた。


シズカは夏祭りが始まらないうちから浴衣を着たい、と祖母と母を困らせた。

「もう少し待ちなさい」


と言い聞かせると、妹は面映ゆい表情をして、ほっぺを膨らませていた。

そして夕方になり、念願の浴衣を着ることが出来て、ご満悦の顔をしていた。

向日葵模様の浴衣が、よく似合っている。

あれでもう少し、お淑やかさがあればなぁ、と思う今日このごろ…。

夜空がほのかに明るいときに家族全員で出かけた。


「ふぅ…少し暑いな」


遠くで微かに祭囃子の音がする…。

その音がする空の下は、夜店が軒を連ねているのだろう。

のんびり歩いて20分くらいである。そんなに遠くない。

夜あそびできない僕は夜道を歩くのも、とても新鮮に感じるのだった。

暗い夜空の中にあるオレンジ色の方へ歩いていくこと約10分。

あちこちで子どもの声がして、同じ方向へ歩いていく人たちの姿が見える。

このあたりの田舎の様子からは想像もつかないくらいの大にぎわいだった。

多色多型の提灯は夜道を歩く不安を明るく解消し、夏祭りを盛大に彩っている。

どこの露店にも人が集まり、人々の雑多な雰囲気が、夏の夜を活気づけていた。


(こんなに…人がいたんだ…)


お祭り会場というのはある種、遊園地に似ていると僕は考えている。

屋台一つ一つがアトラクションのようなものに見える。

目的がなくてもお金が無くなっても、そこを歩くだけで楽しい。

あたりを見回すと、たくさんの屋台が連なっていた。

耳を澄ますと、いろんな会話が聞こえてくる。

威勢のいい呼び込みが、そこかしこから聞こえてくる。


「は~~い。いらっしゃいませ~ 特製のフランクフルトはいかかがですか~?」

「シロップはイチゴ、メロン、ブルーハワイ、レモン…他にもたくさんあるよ!」

「お?カップルかい?いいねぇ若いのは…ベタベタついでにリンゴ飴、どうだい!?」

「タコ焼き、タコ焼きぃ~ どうですかぁ?」

「は~~い。お空の入道雲のようなふわっふわの綿アメ、いかがですかぁ?」

「はい、おつり350万円ね~」


みんなで一緒に夜店をまわった。

母さんはいつもは夜店での買い食いや食べ歩きは許さない。

けれど、なぜかこの地域での夏祭りの買い食いだけは許されるのだった。

普段はサッカーに使われるらしい広場に盆踊り用のやぐらが組み立てられ、

それを円で囲んで妹は祖母にならった盆踊りを始めた。


「はい、いらっしゃい、いらっしゃい! 今宵の狙撃王はだぁれかなぁ!」


聞こえる威勢のいいおじさんの声が響く。

棚の上にずらりと景品を並べて、コルク鉄砲を構えて客寄せをしていた。

お店のおじさんは景品を打ち、景品は見事に倒れた。


「この通り、インチキなしの商売でございますぅ」


といってお客さんをクスっと笑わせていた。

そんななかでも、じいちゃんは有名人なのか老若男女を問わず、いろんな人に声をかけられていた。


「お、ゲンさん! 家族も一緒で!」

「よっ、精がでるなあ」

「おお! あんときのボウズと嬢ちゃんか。大きくなったなぁ!」


大柄なスキンヘッドのおっちゃんが話しかけてきた。

(じいちゃんの友だちかな…?)


「そういやぁ、こないだのレース…ゲンさんの予想どおり、大当たりだったぜ!」

「ワシは、あのオサキブラックがくると思ってたんじゃ」


じいちゃんは腕組みをして、うんうんと頷く…。


「まだ若造だが、あの眼は勝利の眼…。正直コレだ!…っと、思ったねぇワシは」

「へえぇ~」

「ふふん、カメの甲より年の功ってな。競馬はデータだけでは勝てんのじゃよ…」

お馬さんを通じてできた間柄のようだ。

「ゲンさんのおかげで、い~いこづかい稼ぎができたぜぃ! また頼むよ!」

「おう! まかしとけ!」


じいちゃんは胸をドンとたたいて言った。

その表情はとても誇らしげだった。

だが、それとは反対に家族の視線が冷めていた。

それもそのハズ、僕の家族はギャンブルには良いイメージを持っていないからだ。


「悪銭身に付かず、ですよ。お義父さん」

「な、なにを言う、競馬は合法じゃ! あ、ワシ急用を思い出したから、じゃ!」

そういうとじいちゃんは、サッカー選手のドリブルのように人ごみを器用に避けて消えていった。


「へい、いらっしゃ~い」

タコ焼き屋のおじさんが元気に声を張る。

「繁盛してますねぇ」

「ありがたいことで。あっしもタコのように腕が8本ありゃあ、いいんですが」

母さんはお金を渡しながらふふっと笑う。おじさんからタコ焼きを一舟もらった。

香ばしいにおいを嗅ぎつつ割箸でタコ焼きを真っ二つにした。

中に大きなタコが入っている。ここのタコ焼きはほどほどに大きい。

嬉しさを噛みしめつつ、僕はふぅふぅと冷やしながら、タコ焼きを食べた。

妹はタコ焼きをお好み焼きのように平らにして…

ふぅふぅふぅふぅふぅふぅふぅ冷やしながらタコ焼きを食べた。

僕らは兄妹そろってネコ舌だった。


気を取り直して父のエスコートで金魚すくいの場所まで移動した。

お店の人にお金を払い、僕と妹はそれぞれポイとお椀を一つずつ渡された。

妹は…失敗。

「う~ん、難しい。どうして上手くできないんだろ…」

1尾も取れなかった。

水でふやけたポイの上で金魚が暴れたため、紙がフニャフニャになっていた。

僕は見事に2尾ゲットした。

その金魚が入ったお椀を妹に見せびらかした。


「ふふん…僕を見ろ」

「ふ~ん、お兄ちゃんは細かい性格だから細かいことが得意なんだね」

それを聞いた僕は、口をパクパクさせた。

それを見ていたお店のおじさんは、笑いながら


「アッハッハッハッハ! ボウズ! おまえさんが金魚みてぇだぞ!!」


店のおじさんにまで笑われた。いやこれはおかしい。

僕の方が良い成績だったのに、僕が笑われるのはおかしいだろう!

「妹め、口だけは達者なんだから…」

勝負に勝ったというのになんか釈然としなかった。


ドン! ドドン! ド~ン!


太鼓の音が聞こえてきた。

「そろそろ奉納演武の時間だな」

父は腕時計を見ながら言う。


「わしらも行くか…みんないるな?」

「じいちゃん以外はみんないるよ」

「それならいい。迷子になるなよ? レイジ」

「なんで僕?」

「お兄ちゃん、むかし迷子になったからじゃないの?」

「あれは、迷子の妹を探しに行ったら、自分だけ先に母さんと合流して、僕は置いてきぼりになっただけじゃあないか。シズカが悪いよ」

「なんですって!ママぁ、お兄ちゃんがいじめる~」

妹はすぐ被害者のようにふるまう。まったくもって迷惑だ。

「アンタたち、演舞中は静かにしないとダメよ」

妹とケンカしながら、僕たち家族は石でできた階段を登っていった。


僕たちは水鏡神社に足を運んだ。

ここ水鏡神社は大きな特徴として楕円形の池がある。

といっても中に入っても膝上くらいの深さしかない。

くわしい理屈はわからないが、この池は『水面に揺れる』ということがない。

まさに水でできた鏡ということから、その名がついたと言われている。

奉納演武が行われる祭壇は社の前にあった。

想像していたものよりもリッパで豪華な祭壇だった。

着いた頃には、すでに大勢の人でひしめき合っていた。

運動会の保護者席のように、事前に場所取りがあったのだろう。

そして…


ドン! ドン! ドドン!


太鼓がなった。その途端、あたりは静まりかえった。

いまの太鼓は演舞の開始を知らせる合図だった。

神事はとても厳かに行われた。それは学校のテストのような静けさだった。

女の子が手にしている鍬は重そうだった。

巫女役のおかっぱの女の子はシズカと同い年くらいだ。

セリフこそないけれど、あれをゆっくり掲げたり振りおろしたり水平に払ったり…

それでも女の子は顔色一つ変えなかった。

「あの鍬重そうだね」

「あれは祭事用の神具じゃ。このまちは昔から水とかかわりがあるから、その名残じゃな」

いつのまにか、人ごみに消えたハズのじいちゃんが隣にいた。


(忍者か人は…)


まったく気づかなかった。僕たちは小さな声で会話した。

言われてみれば、あの女の子の作法をみると…

雨で山に集まった水が川になり、やがてはそれが海に流れ、海の上に雲ができ、

さっきの山にもどっていく……という一連の流れになっている。

ところどころに、人間の喜怒哀楽の感情を、体で表現している。

なるほど、自然のサイクルと人間の感情を、あらわした神事だったのか。

祝詞をあげた後、女の子は鍬のようなものをゆっくり降りはじめた。

女の子は汗だくになっていた。少しも動揺せず最後までやり遂げた。

完成度も高く歌舞伎のような貫禄があった。

そのとき…


ドン! 


大太鼓が鳴ると女の子は神具をその場に置いて黙礼して祭壇を降りた。

そのあとは見物人たちが、女の子の後ろを3列くらいでならんで、ついていった。

僕たちも人の流れについていった。この人の流れが『川』ということなのだろう。

神社の大きな階段をゾロゾロと降りていく。

降りて歩くと今度は沢のほとりまでやってきた。

かがり火と照明を上手に配置して、あたりは昼のように明るかった。

人々は沢に集まり、それぞれ何かを話している。

ふっと、祖母が前へ出て何かをもらってきた。それを母に手渡した。


「2人は母からね」


母さんは僕と静香に、ピンク色のゴルフボールのようなものを手渡した。

ばあちゃんはそのボールを両手で包み込み、眼を閉じた。

しばらくして眼を開き、それを川に投げた。

祖母にならい父も母も妹も、みんな両手で祈り、川に向かって投げた。

妹に先を越されたが、僕も自分の分を力いっぱい投げた。

それは水面に浮かび、ゆっくりと沢を下り…

やがてソレは、光の届かない闇の方へ消えていった。

暗闇の中、ライトアップされたボールが水面でゆらゆらと揺れていた。

川にはたくさんのピンク色のボールが浮かんでは流されていく。

僕はしばらくその流れをボンヤリと見つめていた。


「なんか、こんな光景を映画でみたことあるよ。髪がとっても長いお姫様が、出てくるんだけど映画のタイトル…ド忘れしちゃった」

「あ~あれだね」


その映画は僕も知っている。

正確には火をともす灯籠が空へ上がっていくハズ…だったが…。

訂正すると『細かい性格』とまた言われそうなので、僕はダンマリを決め込んだ。


「あれはいのちの玉みたいなもんさ」

「だから受け取る順番も、投げ入れる順番も年功序列なんだね」

「そうさ」

ばあちゃんは僕に微笑むような顔で言った。


「でもこれ…かえって海を汚してない?」

「あのボールは魚の切り身でできてるから大丈夫なんだとさ」


手を腰に当てた父さんが教えてくれた。。


(なるほど、よく考えられている…)


灯籠流しのような派手さはなく、地味だったというのが正直な感想だった。


「さてさて、最後は花火大会だな」


毎年、2時間くらいある花火大会。

けっこう大きな花火も上がるので、それなりの花火大会だと思う。

これを目当てに近隣からも多くの人が駆けつけるので、意外とごった返す。

そして、スピーカーからアナウンスが入る。

「みなさん! お待たせしました! いよいよ花火大会のはじまりで~す」

暗い闇の夜に小さな火の玉が空へ上がってゆく。

その小さなオタマジャクシのような火の玉を、僕らは目で追いかける。

やがて、そのオタマジャクシはスピードが落ちて消えたか? と思うと…


次の瞬間、夜空一面に火の花が咲いた。


ヒュー…ボンボボン…


ただ、ただキレイだった。

四方八方に散った花火は夜空へ広がってゆく。

その広がり方は水面に映る波紋のようだった。

そして、最初の一発をきっかけに次々と火の玉が天へ昇り、

次々と色とりどりの花を夜空に咲かせた。

観客は次々と、打ち上がる花火を見始めた。

夜空に大輪の花が咲けば咲くほど、地上にいる観客を色鮮やかに染める。

ほのかな風に乗って、花火による火薬のにおいが鼻をかすめた。


時刻は午後9時。

いつもなら晩御飯を食べて、お風呂に入って、宿題をして、明日の用意をして…。

そして布団に入る時間である。

でも今日のような特別な日は、夜遅くまで遊ぶことが出来る。

僕にとって夏祭りとは一種の別世界に来たような感覚になるのである。

そこに恐怖はなくて…。

こかワクワクするような不思議な感覚…。

インターネットの発達で、遠い国も人とも簡単につながる時代となった。

ゆえに世界はせまいと人は言うけれど…


(この世にはたくさんの世界があるんだ!) 


と、このとき僕は思っていたのだ。


家に帰ると僕と妹はお祭りの金魚を、玄関の金魚鉢に移した。

僕は2尾…妹も2尾。

妹の金魚はお店のおじさんが、助け船を出してオマケしてくれた2尾。

くらべて僕は実力でとった2尾…。


(つまり、同じ2尾でも全然、価値がちがう!)


…だというのに、説明しても周りの大人は誰もわかってくれなかった…。

こうして、金魚鉢の中は大家族となった。

金魚鉢の中を7尾の金魚が、ところせましと泳いでいる。


「あれが、わたしで…あれがおばあちゃんで…」


シズカは、金魚鉢の中の金魚にそれぞれ家族の名前を付けていった。

しっかり、自分とおばあちゃんはこの中でもキレイな金魚を選んでいる。

「あれがお兄ちゃんかな」

妹が指さした金魚は、知性を感じない終始ボーっとした金魚だった。

「シズカぁぁぁぁ!!」


次の日のことである。今は僕がリビングでシップを貼っている。

ペチン! ペタペタ… ペチン!


「アタタ…こりゃ、もっと優しく貼らんか」

「あ、ご、ごめん…」


うつぶせで寝ながら僕に言ってくる。

どうやら連日の無茶が応えたようだ。

夜店の後片付けをするということで父さんとじいちゃんは、残ったけど…。


「やっぱ寄る年波には勝てんかのう」

「父さん。こういうのを、『年寄りの冷や水』っていうんだよ」

「おまっ…行事に貢献した人間に…なんちゅー言葉を……。わしゃ悲しいぞい…」


じいちゃんは目に見えたウソ泣きをする。

子どもの僕でもわかるウソ泣きだ。

でもその子どもっぽいやりとりに僕は失礼ながら笑ってしまった。


「寄る年波で思い出したんだけど…。明日は海水浴だけど大丈夫?」

「あ~大丈夫じゃ。こんなん一日中、寝ときゃ治る」

「ホントに?」

「それに明後日から天気がくずれるって言うとったしな」

「それはそうだけど…」

「大丈夫じゃ。こんなもん気合いと根性で治すさ」

「無理しないでくださいね。お義父さん」

「あいよ」

そう言って、じいちゃんはうつ伏せの状態で親指を立てて返事した。

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