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~僕と楽しい夏休み~

「ん…ここどこ?」

寝起きで視界がボヤけて見える。目をこすりながら、僕は父さんに話しかける。

「おっ、レイジ起きたか? ここは、名無しの田舎道さ、もう10分くらいかな」

車内では父さんの好きな曲が流れている。たまに母さんと一緒に歌っている。

「でさ…あのときは楽しかったよ…そのとき友達がさ……」

ハンドルを握りながら、楽しそうに思い出ばなしをする両親。

「そうそう…あのときは……まだなかったものね……」

途切れ途切れに入ってくる両親の会話をよそに、僕は車の窓の外を眺めていた。

外に見えるのは青い空に白い入道雲。ときどき上下に揺れる外の景色。

とはいっても行けども、行けども見えるのは山と田んぼだけ。似たような景色の繰り返しだ。

(さすがに…)

と思っていたら、となりに僕と同じように退屈している女の子がいる。

「まだ、着かないのぉ?」

車の窓に頬杖をつきながら、つまらなそうに質問する僕の妹。名前はシズカ。しかし『しずか』というのは名ばかりで、よくしゃべる。妹が静かになるときは、寝ているときと甘いものを食べているとき。あとは虫を間近で見たときだけ。

「もうちょっとさ。そのあいだ、この景色を堪能しなさい」

父さんは笑ってごまかす。

「景色って…なんにもないじゃない」

「じゃ、じゃあ工夫するのはどうかな? 目的地に着くまで標識の数を数えるゲームとか? すれ違う車の数を数えるゲームとか?」

「そんなのつまんない」

僕の提案をシズカはつっぱねた。自分じゃなにも考えないくせに文句ばっかり言うから扱いに困る。


 4人を乗せた青い車は、祖父母の家に向かっている。

毎年夏休みは、車で帰省するのがお決まりとなっている。車での移動は退屈だけど、祖父母の家は好きだ。祖父母の家は父の運転で2時間くらいのところにある。僕らが住んでいる都会とは違って古い町だ。僕は都会育ちだけど田舎も好きだ。木漏れ日の下で休んだり、畦道を歩いたり、川遊びをしたり…なにげない田舎の風景や遊びが、僕にとっては新鮮に見える。田舎には田舎の楽しみがあると思っている。残念な点と言えば、仲の良い友達がいないことだろうか。そんなこと考えているうちに車は動かなくなった。

父が周囲を確認し、ゆっくりとドアを開けて車を降りる。

目的地に着いた。今年の正月ぶりだ。


ミーン  ミーン  ミーーーーーン


車のドアを開けると、外のむわ~っとした熱気が体を包み、セミの大合唱が始まった。

涼しい車内にいたから外が余計に暑く感じる。

この暑さのせいか、セミの大合唱は心というより、耳に響くようだった。

「あっつ…セミは元気だなぁ…」

そして、都会では味わえない自然の匂いが僕の鼻に入ってくる。

僕たちの車に気づき、一人の老婆が近づいてきた。僕の祖母だ。

「まあまあまあ、また大きくなったねぇ、レイジ」

「そうかな? 僕そんなに変わっていないと思うけど」

僕は祖母が好きだ。祖母はゆっくり歩き、ゆっくり喋る。

祖母は甘いものが好きなので、僕やシズカと散歩に出かけると、いつもお菓子を買ってくれた。

そうして一緒に過ごしながらいろいろな話を聞く。

自分が小さかったころの話、僕の父の子どもの頃の話などなど…。

でもたまに鋭い眼光を放つときがあるから侮れない。

「うん。おばあちゃんも元気そうだね。おじいちゃんは?」

「ふらっと、どこかに出て行ったけど…すぐに帰ってくるわよ」

「ふ~ん、そっか。行き先を言わないということは…すぐ帰ってくるかな」

「おばあちゃん! 久しぶり」

さっきまで車内で退屈そうにしていたシズカは、おばあちゃんを見ると、僕にはあまり見せない笑顔で嬉しそうにして駆け寄っていった。

「あら、しずちゃんも久しぶり」

楽しそうな会話を横に、僕はこの家をじっと観た。この家はレトロな喫茶店だ。

そうとう年季が入っており、年配の人が喜びそうな内装である。そして2階が家となっている。

年々体力的にキツくなり、日によって店を開けるときと閉めるときがあるとのことだ。

およそ30年間くらいつづけていたらしい。大繁盛とまではいかなくても、少し贅沢できるくらいの生活はできていたそうである。

 そして家の裏には小さな山がある。小さい頃はナゾの怖さがあって仕方がなかったが、今では平気だ。この裏山では、セミが毎日のように音楽発表会を開いている。家の隣には小さい畑がある。そのときの体調と相談して野菜を育てているそうだ。

僕は自分の荷物を先に運ぼうとして、家族より先に家に入った。玄関には靴箱の上に置かれた金魚鉢がある。その水面に漂う3尾の金魚。泳ぐことも、エラを動かすこともなく、ただ水面を静かに漂っていた。

「レイジ~、荷物運びを手伝ってくれ~」

「あ、は~い」


父から呼ばれて僕は荷物運びをさっさと終わらせた。

自分の荷物を運び終えると、僕は台所で麦茶を飲んだ。琥珀色の冷たい麦茶が渇いた喉を潤してくれる。

わずかにそよ風が吹き、軒先で風鈴が鳴った。


チリーン、チリーン…。


その小さな音色は、とても心地よく心に響いた。さっきのセミとは大ちがいだ。風鈴には人の心に響くなにかがあると、僕は勝手に思っている。

「ふう…家のよりもおいしいや」

途中で休憩をはさんだけど、約2時間というのは、僕にとっては長旅だったみたいだ。

(車酔いはしなかったけど、少し休憩するか…)

使ったコップを台所の流しに置いて、軽く両手を組み背筋を伸ばす。そのあと2階に行き、窓を開けた。僕らがいない間、まったく使われていない部屋なので、換気が必要なのだ。

僕はともかく、妹はハウスダストに弱い。窓を開けると、ぬるっとした風が入ってくる。


(少しも心地よくないな…)


窓の外を見る。見えるのは…山、川、田んぼ、ときどき民家…本当に何もない。

(このあたりでスケッチ大会があったら、みんな同じような絵になるのではないだろうか?

都会をイラストで描くのは大変だ。なぜならたくさんの色を使わなければならないからだ。

赤いタワー、ピンクのアイス屋さん、黄色のパン屋さん、青色の水族館、紫色の美容院、灰色の高層ビル、黒を基調としたお洒落な喫茶店、陸と陸を結ぶ大きな白い橋… 他にも紺色、オレンジなどたくさんの色が必要だ。それに比べてこのへんの田舎の風景をイラストで描くのはとってもカンタンだ。

(緑の山、黄緑の草、流れる川の水色、木材を表現するための茶色があれば、大体は描けそうだな…)

見れば見るほど、なぁ~んにもない田舎であることがわかる。

都会の喧騒や雑踏という煩わしさもない。

物事を急ぐ必要もない。

のんびりした時間を過ごすことが出来る。

都会で育った僕は、この田舎の風景を見ると別世界に来たように感じる。


…と、物思いにふけっていると、庭に見慣れた老人を見つけた。

僕のじいちゃんだった。歳のわりに背筋がピンとしている僕のじいちゃんだった。

「おお、レイジ! 来たか!」

僕は1階に降りて行った。

「じいちゃん!」

「元気にしとったかぁ?」

「うん元気にしてたよ」

「えっと…もう3年生だったか?」

「それはシズカ。僕は5年生だよ」

「おお、すまん、すまん。その割には体が小さくないか? ちゃんとメシを食っとるか?」

「い、いまから大きくなるから…多分。ってか、じいちゃんが大きいんだよ!」

身長が180センチあるじいちゃんは、背筋もピンとしているので余計大きく見える。

「ハッハッハ、そうか。みんなも元気そうじゃな」

僕は祖父が好きだ。祖父は歳のわりには歩くのが早く、ハキハキとしゃべる。

見た目とは裏腹に手先が器用で、小さい頃は折り紙を教えてもらっていた。

祖父の部屋は、古い本やよくわからない道具が、たくさん置いてある。

しかし、几帳面な性格のため定期的に掃除をしているらしく、散らかってはいない。

部屋には、ふっかふかの白いソファが置いてある。祖父はここで、むかし偉い人にもらった勲章の話をしてくれた。その勲章は、いつも持ち歩いている。胸に着けたりしないが、必ずポケットか自分のカバンに入れていることを、僕は知っている。『勲章』ではなく『誇り』を持ち歩いているのだと祖父は言う。

この勲章をもらったことが人生の中で3番目に嬉しかったことだ、と僕に言った。

1番と2番は何なのか?と、聞くと「歳をとったら、わかる」と言われ、はぐらかされた。


 その夜は、みんなで一緒に晩御飯を食べながらいろいろな話をした。

学校のプールで水着が脱げそうになったこと。テストで珍しく80点とって、残りの20点を父に怒られたこと。ラーメンのキクラゲをクラゲの仲間と思いこんで、学校で恥ずかしい思いをしたこと。

途中で父や妹に茶化されながらも楽しい食卓だった。


一家だんらんを楽しんでいるとき、聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。

「あっ、ミズタマン!」

シズカが見ているのは水滴戦士ミズタマンである。ミズタマンとは、悪の敵オスイダーと闘うヒーロー番組のことである。…だが妹はミズタマンが好きなのではなく、主演のイケメン俳優が目的である。僕は純粋にこの番組が好きなので見ているのだが…。

「どーせ、このイケメンがいいんでしょ?」

と、半ばからかうように妹に言った。

「なによ、お兄ちゃんだってキューチ姫が出てくるとき、まばたきしてないじゃん!」

「そそそんなことないし! 僕はストーリーも説明できるし! キャラの名前もだいたい言えるし!」

「べっ、べつにいいじゃない! テレビ見る理由なんて…ねえ、おじいちゃん」

「そうだな…どうして、同じテレビ番組見てケンカできるんだ? 仲良くできないのか?」

「いや、だから、その…なんていうか…」

「お兄ちゃんのバカ! フンっ!」

そして、僕とシズカはいっとき口を聞かなかった。こんなときは妹と距離を置くに限る。

(どーせ、なにをしても僕が悪者になるのだから…)

僕はしばらくの間、貝になることを決めた。

 

 夕食が落ち着くと、じいちゃんは台所から氷入りのタンブラーとボトルを持ってきた。

ドカッと座ると、赤みがかった琥珀色の液体がゆらっと揺れる。ウイスキーを注ぐ。


カラン…カラン…


マドラーで軽くかき混ぜ、その上から炭酸水を注いでいく。

しばらくすると、炭酸水から白い煙りのように泡が立ちのぼり、パチパチと音を立ててハジけていく…。

なんか、理科の実験を見ているようだった。お酒が飲めない僕は、早急にこの場を離れることにした。

それは逃げではなく…一計あってのことだった。


「ごちそう! サマー!!」

「…………………」

妹の絶対零度の視線も気にせず、僕はで食器とコップを片付け、2階の部屋に駆けあがった。

なにをするのかというと…寝るのだ。

最近覚えた言葉で表現するなら英気を養うのだ!

今日から5日間、ここで暮らすことになる。夏祭り、海水浴、昆虫採集、山登り、魚釣り…。

明日は何をしようかな…? そんなことを考えていたら、ワクワクがとまらない!


(限られた時間をムダになんてできない!)


どうせ、夜あそびは許されないんだから、起きていても時間のムダ! 実に合理的な考え方だ。

僕は自分のことを、頭が良いと思っている。愚かな妹とは違うのだ! 


(早く寝て、明日に備えよう! 妹め、夜更かしして、肌荒れを起こすがいいさ…!)


僕は心の中で髙笑いながら、床に着いたのだった。

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