~プロローグ~
プールは太陽の光できらめいている。
「………」
僕はゴーグルをパシッと装着して、後先考えずに飛び込んだ。
プールという別世界で…ただ、クラゲのように水中を漂っていた。
こうして水中に潜っていると、思い出す…。
僕は海の中で不思議な体験をしてきたのだ。プールと海では全然ちがうけれど…
同じ水の中だからなのか、そのことを思い出す…。
プールの中では、入水前まで聞こえていたガヤガヤとした雑音が聞こえなくなり、無音の世界になった。
やや遅れて…大小さまざまな水中の気泡が、上へユラユラとあがってゆく。
プールの中には、黒い穴のようなものが見える。
そう…ただの排水溝だ。なんの変哲もない排水溝。『あの体験』の後では、この黒い穴が
どこか別世界への入り口なんじゃないか、と考えるようになった。
(近づくと吸い込まれそう…)
プールから顔を出す。聞こえるのはセミの鳴き声と、さっきのガヤ音。
見えるのは青空と入道雲。別世界への入り口まで行ったが、現実の世界へ引き戻されたようだ。
世界がいくつもあるわけがない。別世界なんて、おとぎ話の中だけだ。頭ではわかっている。
でも、あの夏、僕は確かに『もう一つの世界』を見てきたのだ。
「ふぅ…」
僕はプールサイドに腰掛けた。目を閉じると、あの夏のことを昨日のことのように思い出す。
それは頭の中でいろんな場面がスマホのスライドショーのように僕の脳内に出てくるのだった。
家族でいった夏祭り、線路から見える海、電車から見えたヒマワリ畑、風力発電の白いプロペラ、
ナゾのお姉さん、海底の街、海底探査、謎の島の探検、海中を速く動く潜水艦…
頭に浮かぶ、すべての景色の次に思い出されるのは…青色の肌をした『彼ら』だ。
「マリーシアン…」「オルテンシアへようこそ」「スターゲイザー」の声…。
地球は一つなら世界も一つ。
なのに…。
あのひと夏の体験はまるで『いろんな世界』があったように今では思うのだ。