異日本昔話
『第一話:サルカニ合戦』
サル「今年もいよいよこの季節がやってきたなぁ。今年はどんな勝負が観れるかな。しっかり勝者を的中させて、がっぽりと稼いで帰ろうぜ」
カニ「今回エントリーしてるのは割とメジャーなお話の人たちらしいぜ」
サル「それは楽しみだ。柿の木の上にでも登って観戦してみることにするかい」
カニ「おい。ブラックジョークもいいかげんにしろ。サルカニ合戦のときの恨みは、いまだに忘れていないんだからな。オレからおにぎりを取り上げただけでなく、せっかくなった柿の実を独り占めにした上に、めちゃくちゃに硬くって青い柿をオレに投げつけ殺したのだから」
サル「ハハハ。あのときはすまなかったよ。まあいいじゃないか。ずる賢く悪事を働いた結果、お前の子どもたちからの敵討ちによって、こっちも死んでしまったのだから。お互い様ってことさ。悪いことは考えるもんじゃないってことだな」
カニ「まあ、そういうことだな。ということで、オレは木の上には登れないのだから、お前が上まで連れて行ってくれ」
そう言われると、サルはヒョイッとカニを担ぎ上げ、遠くまで見渡せる背の高い柿の木の上にこしかけた。
カニ「そろそろだなぁ」
『第二話:ウサギとカメ』
サル「第一試合はウサギとカメのかけっこ競争か。普通ならウサギの圧勝でオッズも1倍台だろうけど、あの話があったからなぁ」
カニ「そうだな。いまのところオッズはややウサギ有利って程度か? とはいえ拮抗していて結果が読めないな」
サル「ここはいっちょ、カメの方に賭けてみるかい?」
カニ「いや、それは思慮が浅いと思うぜ。例の話ってやつは、圧倒的にスピードの速いウサギのやつが、油断して夢うつつ、サボってる間に、コツコツ努力をしたカメが勝利を収めたってだけだろう。ウサギが普通に走れば、カメなんかが勝てるわけがないんだから。このウサギがサボるかどうかなんて予想できないじゃないか」
サル「確かにそうだな。しかし、とはいえウサギが負けた過去を振り返るとウサギを信用するのも怖いなぁ」
カニ「なあに、まだこの後の試合は残っている。こういったギャンブルってのは、参加するかしないかを見極めるのも必要だ。ここはいっちょ見送ろうじゃないか」
サル「そうだな」
かくして、ウサギとカメは位置につき、スタートの合図とともに決められたコースを走っていった。いや、もちろんカメは走っているつもりだろうが、のそのそと相変わらずゆっくりと歩いていた。
ゴール!
試合はあっさりと決着した。コースを一周して、ウサギがゴールしたころには、カメはまだスタート地点からわずかに進んだばかりのところにいた。
サル「カメのやつ、さすがに棄権するかな?」
なんて話していたが、結局カメは誰も観ていない一人ぼっちのかけっこ競争を、最後まで走りきった、いや、歩き切ったようだ。ゴールしたのはもう真夜中になっていたそうだから、そこには一人の観客もいなかったのだけれど。
『第三話:舌切りスズメ』
サル「そういえば、舌切りスズメなんて話もあったよな」
カニ「おいおい、そんな物騒な昔話を思い出させるなよ。あんな怖い話は、子どもたちに聞かせるもんじゃない」
サル「たしか、爺さんが大切にしていたスズメがつまみ食いかなにかしたとかで、婆さんがスズメの舌をちょん切って外に捨てて大騒ぎって話だっけ」
カニ「そうそう。それで爺さんがスズメのお宿に謝りに行って、スズメは許したばかりではなく、歓迎までしてくれて。大小2つのつづらをお土産にと渡してくれたはずだ。家につくまでは開けないでねと付け加えて。爺さんは、謙虚にも小さい方を持ち帰り、家に戻り開けると金銀財宝の山。それを見た強欲婆さんがスズメのところに押しかけて大きなつづらをぶんどって、途中で開けたら魑魅魍魎や大蛇なんかが出てきて、自分の強欲さを恥じて改心するって感じか」
サル「結局の所、欲を出しちゃいけないって話ばかりだな。昔話って」
カニ「お前のことだよ!」
サル「へへへ。自分はもう改心してるさ」
『第四話:アリとキリギリス』
サル「そういやあさあ、アリとキリギリスの話って、キリギリスは結局死ぬんだっけ?」
カニ「なんかな、あのお伽話には、いくつも派生系があって、死なないバージョンってのもあるらしいぜ。って、それはイソップ寓話のほうじゃねぇか。日本の昔話持ってこいよ」
サル「たいして変わらんだろ。って見てみろよ。次の試合はまさにアリVSキリギリスだってよ」
カニ「え、まじで? この大会のコンセプトどうなってるんだ」
サル「そもそもどういうルールの試合なんだろうな」
カニ「さっきそこで貰ったプログラム表によると、どうやら、一冬をキリギリスが死なずに過ごせたらキリギリスの勝利、死んだらアリの勝利だそうだ」
サル「なんて勝負させてんだよ。キリギリスだけ命がけじゃねえか。しかも試合期間が長すぎないか? 結果出るまでに何ヶ月かかるんだよ。主催者の脳内覗いてみてやりてえもんだ」
カニ「この試合もベットするのはやめておこう。キリギリスも死にたくはないだろうから、流石に餌探しもするんだろうし。冬の終わりまでは待っていられん」
サル「まあ、そうだな」
『第五話:桃太郎の鬼退治』
サル「お、ついに来たな。今回のメインイベント。桃太郎対鬼。これは白熱しそうだ」
カニ「誰もが知ってる物語の主人公だからな。王道中の王道。羨ましいね、ああいうメジャーな物語の出演者は」
サル「でも桃太郎が人気すぎて、オッズ1.1倍だな。まあどうせ勝つんだろうし、全額行っとくか?」
カニ「だからお前は浅はかだと言うんだ」
サル「どういうことだ?」
カニ「桃太郎が人気なのは、日本人の勧善懲悪の意識、正義のヒーローが悪者を倒してくれるという凝り固まった固定概念から来ているだろう?」
サル「そりゃそうだが。正義のヒーローなんだから勝つだろ? 普通に考えて」
カニ「だから浅はかなんだよ。何度も言わせるなよ。よく見てみろ、今回の桃太郎は一人ぼっちだぞ。サルもキジもイヌもいやしねぇ。いや、サルならオレの横にいるが、お前はベットする側なんだから。きびだんご持たずに来たのがまずかったな」
サル「なるほど。俺はここにいるな。あっちにお供しに行くつもりもないぜ。それで?」
カニ「相手の方もよく見てみろ。桃太郎の物語では、鬼ヶ島の鬼たち相手に戦ったんだぞ。つまり相手は一人じゃねぇ。何人もの鬼がいて、さらには大ボスみたいなのも出てきたろう。圧倒的人数不利。しかも、桃太郎には、これだけの人気を背負って勝たなければならないプレッシャーまである」
サル「確かになぁ。プレッシャーというのは、時に相手よりも手強い敵になるっていうしな」
カニ「そもそも、オレは桃太郎ってやつが、どうもいけすかねぇんだ。だって考えてもみろよ。鬼っていうけどさ、そんなに悪いことをしたか? 確かに鬼ヶ島についたときは周りの村から盗んだごちそうやらで酒盛りをしていたはずだが、鬼ヶ島なんだから、周りの村だって、どうせ鬼の村だろう。鬼同士のやりとりだ。関係ない人間が勝手に行ってやっつけてやる! って鬼からしたらふざけんなって話じゃないか」
サル「そういえば、そうなるのかもな」
カニ「しかもだ、桃太郎のやろう、鬼を退治したら、財宝やら一式まとめて持って帰って、おじいさんとおばあさんと3人で仲良くくらしました、と、さ! だぞ? 結局こいつガメてんじゃん」
サル「うおおお。それは気づかなかった……。桃太郎って実は強盗犯じゃん。悪いやつじゃん」
カニ「そんなわけでだな、オレは鬼にベットするぞ」
サル「なら、自分もそれに乗っかるとしよう。幸い桃太郎の人気が高すぎて鬼側はかなり高いオッズがついてるから、こりゃあ一儲けのチャンスだな」
『第六話:異サルカニ合戦』
サル「ところでよ、面白いことを思いついたんだ」
カニ「なんだ?」
サル「二人で同じ金額を鬼にベットして鬼が勝ったとするじゃないか。その後で、最終的に二人で勝負して、勝ったほうが全額いただくってのはどうだ?」
カニ「なんだ? またサルカニ合戦、やる気か?」
サル「いやいや、今さらそんな面倒臭いことはしねえよ。また死ぬかもしれねえし。普通にジャンケンでどうだ?」
カニ「ジャンケンか。なら簡単だし、いいぜ。ギャンブルの金なんてのは、どうせあぶく銭だ。鬼が勝てば、さらに楽しいイベントが待ってるってことだな。結果が楽しみだ」
その時、サルは再び悪い癖、悪知恵を働かせていたのだ。カニはチョキしか出せない、グーを出せば全額自分のものになる……。少しニヤつきながら、サルは桃太郎と鬼の試合を、普段以上に興奮しながら観戦した。
サル「鬼! やっちまえ。桃太郎に隙が出来ているぞ。周りを取り囲んで一斉に叩きのめしてしまえ!」
観客たちも大興奮のなか試合は大いに盛り上がり、やがて決着が付いた。
「勝者、鬼!」
見事桃太郎を下した鬼は、かつて自分をコテンパンにした桃太郎への雪辱を晴らし、清々しい笑顔を見せた。
そして、ほとんどアウェイだった中、自分にベットしたサルとカニに、にこやかに手を振り、試合会場を後にしたようだ。
サル「よし、勝ったぞ。やったな相棒!」
カニ「予想通りだ。桃太郎のやつ手も足も出なかったな。どうだ、オレの分析力は。凄いもんだろう」
サル「凄いぞ凄いぞ! しかし、本当の勝負はここからだ。二人のラストゲーム。
カニ「そうだな。最終決戦だ」
ふたりは一呼吸おき、目を見合わせた。
サル「じゃあ、行くぞ。準備はいいか」
サルは勝利を確信した表情を浮かべながら、勢いよく発声する。
「じゃんけんぽん!」
サルは予定通りグーを出し、その一方でカニはパーを出した。
サル「おい、どうなってるんだお前。お前はカニだろ。カニがなんでパー出してるんだよ。生物の構造を忘れたのか? お前の両手はハサミ、チョキしか出せないはずだ。イカサマをするんじゃない!」
カニ「何が生物の構造だよ。そんなこと言ってたら、ここでサルとカニが会話してることだって、生物構造完全無視じゃねえか。そもそもここはおとぎ話の世界だぞ。ゆめのなかみたいなもんだ。竹から姫が産まれたって、桃から元気な男の子が出てきたって、鶴が夜な夜な機織りしたり、空気のない海の中にカメの背中に乗ってへんな城に到着するような、とんでもないやつらが存在する世界なんだぜ。ゆめのなかはなんでもありなんだよ。カニだってパーぐらい出すだろ」
不敵な笑みを浮かべたカニは、的中した配当金を全てかっさらって、どこかへ消えていった。
サルは、その悪知恵ゆえ、またしても敗者となったとさ。
めでたし、めでたし。