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ラストスパート

「あともう少し、頑張ろう!」

 私の言葉にエレンは「そうだな」とうなづいてくれた。


 私とエレンの二人は今、閉店作業を終えて二階の工房に来ている。


 今日の客の入りはほどほど。取引は魔本の販売と買い取りがほとんどを占めていた。


 エレンが居候をしだしてから解読の依頼が来ていない。解読の仕事は非常に面白いので、ぜひエレンには見てもらいたいものだ。ちなみに、他の依頼と比べて料金が割高である。儲かりやすいのだ。


 それだけ、魔力や魔石、技術が必要になるということでもある。


「うん、匂いはしないね」

 数日前から置台で保管していた麻袋の口を開き、二人で匂いを確認する。


 魔本を閉じていてもなんとなく感じ取れていたタバコの匂いがきれいさっぱりしなくなっていた。タバコの匂いはしつこいので、しっかりと消臭をしないといけない。確認はなおさらだ。


 それぞれのパーツを取り出してもう一度匂いを確認。


 よし、コーヒーの匂い移りもしていない。


「エレンさん、閉じ紐持ってきて」


「承知した」


「問題はないかな……」

 エレンから閉じ紐を受け取り、異常がないかしっかりと確認する。


 カリンの種の成分をしみこませた閉じ紐は魔力をよく通してくれる。魔本には必須の要素である。


 ささくれはなく、万が一こすっても怪我はしないだろう。


「――っ」

 先端をつまんで魔力を通してみる。魔力が閉じ紐の表面を走り、つまんだのとは逆の方の先端から、広がるようにして空気に溶けていった。


 魔力の通りも滑らかだ。これならば問題はないだろう。


「じゃあ魔本を組み立てようか。エレンさん、呪文紙の間に挟んであるスポンジを取り除いてもらっていい? その際、ページ順を変えないように気を付けてね」

 呪文紙の順番が変わってしまうと、魔法がうまく発動しなくなってしまう。今までよりも魔力が必要になってしまったり、威力が増減したり。


 不思議な話だが、呪文が載っていない白紙のページであっても、順番を変えると効果が出てしまう。


 師匠が言うには昔、ページ順の変更によって出現する変化についての研究が盛んにおこなわれた時代があったらしい。法則性が分かれば、すべての魔本の性能を上げることができるからだと思われる。


 しかし、その研究ブームはある時を境に下火になってしまったそうだ。


 師匠はその理由を教えてくれなかった。まぁ、師匠自身知らなかった可能性もあるだろう。


 私は師匠の言いつけを守り、その研究はしていない。


 ページ順厳守、である。

 

「抜かりない、すでに取り除いてある。順番も問題ないはずだ」


「エレンさんさすが!」


「それほどのことではないぞ」

 エレンはそう言いつつも、満更でもないような笑みを浮かべていた。腕を組み「ふふん」とも。


 数日前からエレンの意欲はマシマシだ。騎士然とした凛々しい立ち振る舞いに「ふんすっ」って感じの雰囲気が混ざり合って、正直かわいい。


 いや、なんだ「ふんすっ」って。


 まぁ、とにかくやる気があるのだ。


「ラストスパート!」

 

「エレン殿、私にできることは?」


「今は無いよ。私のお仕事してる姿、見ててね」


「う、うむ……」

 やる気に満ち溢れて輝いていた顔が一気に曇る。エレンの周りだけ照明が落ちているようだ。


 なんだか小動物感ある。


 かわいい。


 だがしかし、ここで手伝ってもらうわけにはいかない。この時この場面こそがエレンに見せたかった光景なのだ。


 いうなればフィナーレ。


 今この時、古びた魔本が再び持ち主と共に歩むため復活を遂げるのだ。


「エレンさん。私が、魔本の、再び復活する瞬間を、機会を、その栄光ある最後のひと手間を、おいそれと他人に譲るわけがないよぉ!」

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