オレンジの約束
夕方、世界がオレンジ色に染まり、ほんの少しばかりの紫色が静けさを辺りに振りまくそんな時間。
ハルとカイラは村を見下ろす丘の上で、2人手を繋いで夕日に染まる雲の村と地上の村とを眺めていた。
2人は、いつもできる限り時間を作って一緒に過ごす。
たった数日しか一緒にいられないから。
ハルはハープを弾いて、カイラはそのそばで花輪を編んで、刺繍をして、本を読む。
2人で歌って、たわいもないお喋りをして、お菓子を食べて、寄り添って過ごす。
数日の間の、1日の中の、さらに短い時間。
また会えた喜びの中で、変わらない、去年よりも成長した互いを確かめながら。
「もう明日には街へ行くんだって」
「そっか。すぐなんだな」
「うん……」
「あのさ、俺、来週には成人式なんだ」
「うん、おめでとう」
「そしたら、都会へ出て冒険者になる」
ハルはこの村の優秀な狩人だが、父親の4番目の息子で、家には跡継ぎの兄がすでに結婚している。
成人前でまだ子供だと見られているから許されるが、いつまでも兄夫婦のいる家に住み続けることはできない。
実際、ハルのすぐ上の兄は3年前に都会へと出て行ってしまっていた。
ハル自身も狩人になる事ができるとは思っておらず、兄や近所の子供たちに混じって、小さい頃から冒険者になるために稽古をつけてもらっている。
教師は、兵士や引退した冒険者達だが、ハルは筋がいいと褒められることがよくあった。
狩人よりも剣士に向いていると言われ、訓練も弓や短剣を使ったものではなく、前衛で戦うことを想定したものが多かった。
「やっぱりこの村で狩人にはなれないの?」
ハルはだまって首を振った。
実際には多くの村人から引き止められている。
村に新しく家を建て、そこでカイラと暮らしてはどうかと。
だが村で1番年寄りの、子供達に文字や学問を教えているダナ爺や、大きな街からやってきた元兵士や冒険者達からは、絶対に村に残ってはいけないと教えられている。
ハルが村に残れば、いずれカイラはこの村の住人となるだろう。
そのとき、誰も権力者からカイラを守ることができない。
美しく不思議な才能を持つ彼らが無事でいられるのは、翼を持ち、雲の上で生活しているからなのだ。
街や権力者の事をよく知る彼らはその事を確信していて、ハルにもしっかりと言って聞かせた。
雲の民の長老達も、カイラを1人地上に残す事はけしてしないと言っている。
だがそれは、カイラにはまだ知らされていない事だ。
ハルはカイラにまだ結婚を申し込んではいないし、2人はまだ成人すらしていない。
成人後の職業や身の振り方を考える必要のあったハルと大人達が様々な可能性について話し合っただけなのだ。
「じゃあ、来年は会えない?」
雲の民の成人は16才。まだあと4年ある。
カイラを不安にさせないよう、ハルはその手を握って笑顔を見せた。
「冒険者になったら、あちこちの街へだって行ける。そしたら、カイラの村がやってくるところへ行くよ。カイラが成人するまで、ついて行く」
雲の民が、一族以外の人間を雲の上に招く事はあまりない。
だがゆっくりと移動する雲とともに、地上を旅する家族や護衛がいる事もあった。
カイラはハルがついてきてくれると知って笑顔になった。
「必ずね、すぐにね」
「うん、必ず。一人前の冒険者になったらすぐに村を探しに行くよ」
両手を握り合い、額と額を近づける。
それは世界が今日の日の最後のきらめきを放つ中の、2人だけの誓いだった。
次の日、カイラの一族は海沿いの街へと向かった。
その翌週、ハルは村の教会で成人式を終え、神からスキルを与えられた。
そのスキルは長剣を持ち、前衛で戦うハルとは相性の悪いもので、むしろ後衛向きのものであった。
彼は早々にそのスキルを使って戦うことを諦めた。
弓もそれなりの腕ではあるものの、ハルにとってはやはり剣を使うほうが性に合っていたのだ。
さらに翌週、ハルは村を出、この辺りで1番大きなダンジョンのある都市へ向かった。
そこには彼の兄も住んでいる。
腕のいい狩人であるハルはそこまでの道のりに苦労することはなく、10日とかからず都市に入る事ができ、無事冒険者登録も済ませた。
カイラの一族が海の民の支配下に置かれたとの噂を耳にしたのは、その数日後のことだった。