海
ハルはライの背に乗って海の民の島へと向かっていた。
眼下は一面の海。
延々と続く水平線の向こう、終わりなどないように見えるその向こうにカイラがいる。
昨晩、演奏が終わると守護竜はどこかへ消えてしまった。
呆然とするハルにライが、「お疲れ」と軽い調子で声をかけてくるが、ハルはどうしていいか分からなかった。
「大丈夫か? 行けるか?」
「え、なに? どこへ?」
「決まってるだろ、海の民のとこだよ」
「なんで?」
「なんでって、爺さまが天に向かったからだよ。俺たちも島へ向かうぞ。許可が出たらすぐに戦闘開始だ」
竜は、特に若い竜は戦闘を好む。
強い体はちょっとやそっとでは傷つかないし壊れない。
死ぬということがまずないため、とにかく戦いたがる。
自分の体がどこまでやれるか試したくて仕方がないのだ。
守護竜がいきなり消えてしまい、何が起きたか分からなかったハルは、ライに言われるままその背に乗った。
そして海を渡る今ようやく、願いがひとつ叶ったことが理解できた。
水平線の向こうから白々と夜が明ける。
少しずつ昇ってくる日に、ライの赤い体が照らされる。
胸が熱い。
込み上げてくるものがある。
それは叫び出したいほどだったが、ここはライの背中だ。
ハルはぐっとこらえた。
まるでそれを見透かしたように、竜の姿になったライがにやりと笑う。
「なんだよ、つまんねえやつだな。もっとこう、ぐわあっといかねえか。望みが叶ったんだろ? 叫べよ。男だろ? よくやったよ、お前。次行くぞ、その前に思いっきり叫んどけ」
ハルは大きく息を呑んだ。
「前祝いだ! 叫べ! ハル!」
ライが『ぐおおおおおおん!!!』とでもいうような声を上げ、炎を吐き出す。
ハルもつられて、笑いながら大声を上げた。
「おおおおおおおっっ!! やった、やったぞお!!!」
「おおっ!! やったぞ、ハル!」
「やった!! やったぞ、ちくしょう!!」
ライがまた炎を吐く。
海上で少年たちの上げる勝鬨は続いた。
日が昇る。
昨夜、ウォリは世界がざわめくのを感じた。
それからずっと眠れずに起きていたが、夜明けが近づくにつれ、兄の気配がこちらへと近づいているのを感じとり、浜辺へ出た。
海の向こうに、小さな影が見える。
楽しげな気配に、ウォリも思わず微笑んだ。
太陽が昇る。
世界に報せが行き渡る。
波の中に人魚族の姿が見えた。
いくつも、いくつも。
そして黒い頭が水際に近づいてきた。
すい、と美しい女の姿が立ち上がる。
濡れた体が、そこに張り付く衣服の重たげな様子がどこか蠱惑的で、微笑む姿もなぜか薄ら寒いものがある。
「天の許可が下りたわよ」
「はい、女王」
にたり、と女が笑う。
「あれらがいる島に誰かいるのなら警告しなさい。慈悲など期待せぬように」
「承りました」
ウォリは水に濡れるのも構わずひざまずき、頭を垂れる。
女は満足げな笑みを浮かべると、背後の自分の一族に命じた。
「狩り尽くしなさい!」
返事はなく、ただ何かが跳ねるような大きな水音だけがいくつも響く。
今日、海は血に染まるのだろうと、ウォリは何の感慨もなくそう思った。