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価値

 カイラたち雲の民はナダンの兄アシルの預かりとなった。


 正式な変更前に族長が死んでしまったため主人は今もナダンのまま、相変わらず奴隷身分のままだが、ナダンが近くにいないというだけでも、彼らには充分であった。



 大人たちはナダンが出てこない前線で戦闘に参加している。

 年寄りや子供は島の上空に浮かぶ雲の村で奴隷身分の解放を待つ。

 そんなある日、村に訪問者があった。


 青緑の鱗を持つ竜だ。


 村人全員が、その竜に見覚えがあった。

 バンヤン山で竜に音楽を捧げに行くと必ずいる、双子の竜。

 その片割れである。


 村の中心で彼女が降りてくるのを皆が集まって待つ。


 竜は雲の上で人型をとって全員を見回した。


「待たせたわね。状況を確認しに来たわ。欠けた者はいない?」


「はい、おかげさまで誰も」


 長が答える。


 竜は安心したように長く息を吐いた。


 雲の民はもともと、地上に住むエルフの一族である。

 その中でも天候を操る力を持つ一族だったが、その見た目の美しさから、そして力の特殊性から奴隷として狩られる事が多く、人のこない奥地で住処を転々として暮らす、苦労の絶えない生活をしていた。


 そんな彼らは平和に暮らすため竜と契約することを望んだ。


 竜は彼らに鳥のような翼を与え、雲の大地を与え、空の眷属とした。


 雲の民と呼ばれるようになった彼らは、竜の守護を得る代わりに大陸から離れられない身となる。

 そしてもうひとつ、彼らは自身に呪いをかけるよう、竜に願った。

 望まぬ相手の夫や妻とされそうになった場合、即座に死が訪れる呪いを。


 彼らを手に入れるため、その周囲の人間や愛する家族を殺されることも多かったためだが、竜はそれで死者が出ているのでは、と不安だったのだ。



「無事で何よりよ。この中にカイラはいる?」


 呼ばれて、カイラは驚きながらも前へ出る。


「わたしです」


「あなたがカイラね。ハルという人間がバンヤン山の守護竜に会いに来たわ。リラの民を助けて欲しいと願いに。守護竜はまだ動けないわ。代わりにわたしが来た。わたしはウォリ、次の守護竜候補よ」


「ウォリ様」


 カイラも、そして村人たちも、全員がウォリの前にひざまずく。

 カイラは、ハルの名前を聞いて胸がいっぱいだった。


 ハルが、わたしを助けようとしてくれている。


 嬉しくて、嬉しくて言葉が出ない。

 涙があふれてきて今にもこぼれそうだった。



「天はすぐには動かない。けれど、人魚の女王があなた方の守護についてくれると聞きました。焦らず、時期を待ちなさい。何かわたしが知っておくべきことはある?」


 長は困ったように眉を下げた。


「何かあるの?」


「お預かりしたハープを全て盗まれてしまいました」


「気にしなくていいわ、そんなもの。道具のためにバカなマネをしないように。大体楽器は全てあげたもの。壊れたらまた与える、それだけのものよ」


 冷たく言い放つウォリだが、長はありがたさに心が震える。

 続いてもう1人、顔を上げた者がいる。


「カイラを、この娘を連れて行ってはもらえませんか」


 それはカイラの家の隣に住む女だ。


「なぜ。あなたはこの子の母親?」


「いいえ。でもこの子の家族は言えないでしょう。ですから、どうか差し出がましい真似をお許しください、ウォリ様」


「許すわ、続けて」


「わたし達の成人年齢は16才です。この村で、結婚相手がそばにいない最年長の娘はこの子です。わたし達を奴隷にしたナダンという男は、ハープを返す代わりに娘を妾に寄越せと言ってきました。この子は3年後、あの男に連れて行かれてしまいます。首輪にそういう契約をされてしまったのです。どうか、この子だけでも大陸へ連れて帰り、奴隷から解放してやってください」


 女の隣にいたカイラとその母親が顔を伏せた。


 ウォリがカイラの首輪に指をあてる。


 確かにそこには、『成人後、ハープ1台と交換にナダンの妾に身分を変更する』とあった。


 ウォリがため息をつく。

 そしてカイラを軽くにらみつけた。


「なぜこんなものを受け入れたの」


「ハープを返してくれると言われて。もうハルとは会えないと思っていたので、もし死ぬならそれでも悪くないと思ったのです」


「あなた達は……本当に自分の価値を軽く考え過ぎる」


 そしてウォリからすればどうでもいいような者ほど、自分を重要な人物だと思い込む。

 ウォリはふたたびため息をついた。


「申し訳ありません……」


「構わないわ。いくらでもやり様はある」


 ハープを壊すか、先に奴隷から解放すればいい。


「あなた方はとにかく諦めないで。また来るわ」


 そう言って飛び立とうとしたウォリを、カイラが声を上げて引きとめた。


「あの!」


「なに?」


「これを」


 カイラは言いながらネックレスを外し、ウォリに手渡す。


「ハルに、ハルに渡してください。危ないことを、しないでって……どうか……」


『忘れて、村へ帰って。どうか、平和に過ごして』


 その裏にある本当に伝えたい言葉にウォリは不機嫌になった。

 今諦めるなと言ったばかりなのに。


 だからカイラの頬を軽くつねる。


「い、いひゃい!?」


「諦めるなと言ったでしょう。あの人間は天を動かしてここへ来るわ。このネックレスは渡しましょう。でも伝言は預からない。自分で話しなさい」


 言うと、ウォリは背中に翼を出してまっすぐ空へ飛び上がった。そして竜の姿に戻って大陸の方へ向かう。


 カイラは、赤くなった頬を押さえながらその姿が小さくなるのを見つめていた。



 









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