権力
広い海の上、海の民が住む島は数多くある。
そもそも海の民とは、海神に守護される民の総称であり、国としての形を持つ島もあれば、一族ごとにまとまった島もあった。
ナダンの父が治める群島には5つの部族があり、海神を崇め、海の底に住む人魚達とも交流を持つ豊かな島であった。
ナダンが雲の民とともに島へ戻ったとき、彼はこれで次期族長の地位は自分のものになると確信していたが、あいにくそうはならなかった。
大陸のどこの国にも属さないとはいえ竜と契約している民を奴隷にしたなど、竜の怒りに触れかねない、何が起きてもおかしくない行為である。
民のほとんどが彼を非難した。
しかしそんな事はナダンも承知していたことである。
ナダンは雲の民の異能を使って、全ての民に自分のことを認めさせるつもりでいた。
しかしここで、予想もしていなかった事が起きた。
人魚族の女王が雲の民の異能に制限をかけていたのだ。
海上の天候を握るのは、この一帯の海を守護する人魚の女王である。
その女王が雲の民が大陸を離れたと同時に、海の民を守護する海神に相談を持ちかけた。
いわく、海の天気は女王の采配。
それを奴隷となった一族にいいように扱われては困る、と。
海神はこれを受け入れた。
女王が海神を通さずに海の民に直接手を出していたなら、少しばかり揉めたかもしれない。
だが女王はそうはせず、海神の顔を立てて事が起きる前に『相談』として話を進めた。
結果、雲の民の異能は人魚の女王に許可を得て、その上で振るわれるものとなる。
ナダンの当ては外れた。
嵐を起こし船を沈めることも、竜巻を起こして兵を吹き飛ばすことも、落雷で火事を起こすこともできない、人魚の女王に願いでるだけのささやかな異能。
そんなもののために高い金を払って奴隷の首輪を用意したわけではなかった。
しかも奴隷というものは一度奴隷にしたらそれで永遠に奴隷とされるわけではない。
個人差もあるが、数年おきに術者によって契約を改めなければならないのだ。
それにはまた金がかかる。
最初の契約よりもさらに高額な金が。
生かしておくためには食費だけでなく様々な費用が必要となるが、主人でいるためにはそれだけではなく多くの金銭が必要なのだ。
幸い雲の民の住まいは空にあるので問題がないが、ナダンの中で雲の民の価値がおそろしく下がった。
いっそ、見た目の良い女子供は売って金に変えるか、もしくは部下に与えてもいい。
そう考えを巡らせたが、一族の総意で、雲の民の主人はナダンから族長である父に移ってしまった。
考えの浅いナダンには過ぎる財産として取り上げられてしまったのだ。
ナダンはこの件で一族内での地位を落とす。
人魚の女王の怒りを買った者に後継の権利があるはずもなく、ナダンは全てを取り上げられ、屋敷の奥へ閉じ込められた。
奴隷とされた雲の民は、だがすぐに解放とはならなかった。
奴隷の首輪は購入にも継続にも、解放にすら金銭が必要となる。
金食い虫なのだ。
そのため、他者を奴隷にして思いのままにしようとする者がいたとして、そう簡単にはいかない。
命令にも制限がある。
自殺を命じる事はできないし、最初に契約した内容以上の事をさせることもできない。
また、非人間的な扱いをしたとなれば、数年後の更新の際に国から奴隷を取り上げられ、最悪自身が奴隷に落とされることもある。
ナダンはそれを軽く考えていた。
大陸の法など、海の民には関係ないと考えていた。
そして、雲の民の力でいずれ大陸の国々を支配下に置き、奴隷制など己の都合のいいように変えてしまえばいいと考えていたのだ。
権力さえあれば、何をすることも自由である。
それは一面正しかったが、神々や守護者が目を光らせる世界ではそうはいかない。
ナダンの過ちは、彼に権力者の甘い汁が吸える側面しか教えてこなかった周囲の過ちでもあった。
雲の民が解放されない中、ナダンと彼を支持する人間は島から逃げ出した。
そしてそのさいに族長である父を殺し、反乱を起こす。
雲の民は、否が応でも争いへと巻き込まれていった。