竜の孫
数日後、ハルが村の男たちと一緒に狩に出て戻ってくると、何か村の中が落ち着かない様子なのが外からも分かった。
何があったのか訊ねる必要もなく、入り口で門番に急いで村長の所へ行くよう伝えられる。
どうやら客があったらしい。
獲物を他の狩人達に任せると、ハルは1人、村長の元へと向かう。
村長の家の周りには人だかりができていて、勤勉なこの村の者には珍しいとハルは少しばかり驚いた。
家の中へ入ると、居間へ案内される。
そこには村長だけでなく村の年寄たちもいて、全員が座る中に2人、ハルとそう変わらない年頃の少年と少女が立っていた。
腕を組んだ少年とその隣の少女はよく似た顔立ちで、この寒い季節には似合わない夏の服を着ている。
目が合うと、その瞳孔が猫の目のように縦に長く光り、ハルを見つめてきた。
「ハル、こちらは我らの主である竜の一族のお方だ。挨拶を」
竜の一族、と聞いてハルはその前に近づきひざまずこうとしたが、当の本人にそれを止められる。
「そんな真似は不要だ。お前がハルか?」
「はい」
「俺はライだ。海の民の奴隷になったリラの一族を助けたいというのは本当か?」
「はい」
「雲の民を守っているのは俺の祖父だが、それはこの大陸を出ない、という約束あっての事だ。大陸上のどこかの国なら滅ぼすのは可能だが、海へ出られてしまってはそれもできない。あの一族の事は諦めるしかないだろうという話になっている」
「そんな!」
雲の民がこの大陸を出られない事を初めて知ったハルは、自分が彼らのことを何も知らない、という事実をあらため思い知った。
ハルはいずれカイラの夫となるつもりだったが、現在は普通の地上の民である。
雲の民それぞれに一族の名があることも今日初めて知ったのだ。
竜と雲の民の間にどんな約束があるのか、なぜ彼らが竜に守られているのか、それすらハルには分からなかった。
「だが雲の民は全て長きに渡って祖父が守り慈しんできた一族。見捨てるのは忍びない。よその神域を侵す事になるため天で審議を重ねていたところだ。そこへお前がやってきた」
竜の少年ライはニヤリと笑ってハルを見る。
「ハル、と言ったな。お前、覚悟はあるか」
「はい」
「簡単だな。本当にあるのか? 全てを捨てられるか? 死ぬかもしれんぞ。家族や友人とも、もう生涯会う事はできない。そうなったとして、何もかもがこれまでとは違ってしまうとして、それでもリラの民を救いたいか?」
「はい、僕はそのためにここへ来ました」
ライはからからと笑った。
「軽い。本当に軽いな。人間は先の事など考えん。己の望みばかりで救い難い。だがそうでないと前へ進めんのだろう」
そして隣の少女に視線を向けた。
「どうする?」
「助けてもいいと思うわ。お前、ハル」
「はい」
「本当に全てを捨てられる? リラの民を救うために、それ以外の全てを捨てて、絶対に後悔しない?」
問われて、ハルは一瞬言葉に詰まった。
「後悔は……すると思います。でも、カイラを失ったら生きていても意味はない。だから僕は彼女と彼女の一族を選びます!」
少女はバカにしたようにくすりと笑った。
「愚かね、人間は本当に愚か。失ってもまた別のものが手に入るわよ。運命だと思って諦めるべきだとは思わないの?」
「運命があるとしたら、僕の運命はカイラのためのものです。彼女を助けるために死んだとしても、それが僕の運命です」
「ふうん」
少女はつまらなそうにライのほうを見て、そしてうなずいた。
ライもそれにうなずき返す。
そして腕組みをほどくと腰に手をあて、ハルに言い放った。
「助けてやろう。ただし、あとで『こんなつもりじゃなかった』とだけは言ってくれるなよ?」
「わかりました。カイラとその一族が救われるのであれば、僕のことはどうなっても構いません。どうかよろしくお願いします!」
ハルが深々と2人に頭を下げる。
ライはそれをニヤニヤと、少女は興味なさげに表情ひとつ変える事なく見下ろしていた。