ハープの村
ハープの音が聞こえた。
ハルはぱっと顔を上げ、木々の間からのぞく青い空を見た。
村がやってきたのだ。
ハルは戦っていた熊型のモンスターにとどめを刺すと、背後にいる父と兄へと視線を向けた。
2人は仕方ないとばかりに苦笑する。
「行っていいぞ、ハル」
「あとはやっておく。母さん達に成果を伝えておけよ」
「ありがとう!」
ハルは礼を言うと、ナイフから血を拭き取るのもぞんざいに、森の小道を村へと走り出した。
森を出ると、青空の半分を覆うような大きな白い雲の大地が見える。
そこからハープの奏でる不思議な曲が響いていた。
ゆっくりと近づいてくる雲に、ハルは喜びに顔を輝かせる。
雲間から、かすかに歌声が聞こえた気がして、一刻も早くと足を早めた。
心は、ハープと一緒に歌っていた。
世界を旅する雲の民がある。
彼らはその背に美しい翼を持ち、異能を持って雲の上に一族の町や村を作った。
普段は雲に乗って空を旅し、地上の町や村に近づくと音楽を奏でて到着を知らせる。
そして取引をして、またしばらくすると雲とともに旅へ出るのだ。
彼らは一様にほっそりとした体つきと美しい顔立ちをしており、空に住むエルフとも呼ばれた。
雲を操る能力は彼らの一族だけのものであり、地上のどのエルフも、魔法やスキルでさえも同じ事ができるものは存在しなかった。
「カイラ───!」
ハルは村の広場にその姿を見かけて大きく手を振る。
相手も、ハルが駆け寄ってくるのに気がついて手を振り返した。
「ハル!」
ハルは今年で13になる。
いよいよ成人を迎えて独り立ちし、将来の職業を選ぶ事ができる年だ。
しかしカイラの一族の成人は16才。
ハルのひとつ下の彼女にはまだまだ遠い先のことのようだ。
カイラの一族は毎年、ハルの住む村を通って海沿いの大きな街へと向かう。
2人は幼い頃からの顔馴染みで、互いの村の誰より仲が良かった。
カイラからすれば、どこの誰よりも、である。
ハルはカイラが成人したら結婚を申し込むつもりだったし、カイラも自分が成人したらハルが迎えに来てくれるものと信じていた。
もちろん、周囲の大人達も。
本来、雲の民は決まったルートを持たず、今年ある村に現れたからと言って、次の年もまた訪ねてくるとは限らない。
だが、ハルのいるこの村だけは、ハルとカイラが出会って以来、毎年のように訪れがある。
しかしそれも今だけのこと、とどちらも理解していた。
子供ながらに一人前の狩人と言っていいほどの腕前を持つハルは、村の女の子達からも人気があった。
弓だけでなく剣の扱いにも長け、成人前にも関わらず狩に出る。
どころか、確実な戦力としてモンスターや魔獣とも戦えるハルは、村の立派な男手であった。
しかしハルは子供の頃からカイラ以外目に入らない。
カイラも空のエルフと言われるほど美しい雲の民の少女だったため、2人の間に入り込もうとする者はいなかった。
いや、したくともできなかった、というほうが正しいだろう。
田舎の、小さな、なんの特色もない静かな村で。
年に1度、ほんの数日だけ一緒に過ごす。
もう何年も繰り返してきたその生活が、ハルの成人とともに変わる。
その時がもうすぐそこまで近づいてきていた。