表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独裁者・武田信玄  作者: いずもカリーシ
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
9/74

第九話 国を一つに

一人の若い女性が、幼い息子を連れて逃げている。

六品(ろくしな)の土地にいた民の一人である。


「こんな薄汚いやり方で銭[お金]を得ようとするなんて……

人として間違っているぞ!」


女性の夫は、こう言ってお金を一切受け取らなかった。

強欲な人々の中でも際立って立派な人間であった。

それでも大量虐殺事件に巻き込まれ、家族を守って惨殺(ざんさつ)されたのだ。


 ◇


事件の直後。

六品の土地にいた民について、ある噂が飛び交った。


「六品と申せば……

御勅使川(みだいがわ)の流れを変えた先の土地では?」


「うむ。

その土地にいた奴らは皆、晴信様から莫大な銭[お金]を(かす)め取っていたらしい。

その銭で、仕事もせずに遊び暮らしていたとか」


「莫大な銭[お金]を掠め取って、遊び暮らしていた!?

どんな手を使ったのじゃ?」


「こう文句を付けたのよ。

『替わりの土地をもらっても、その土地が実り豊かかどうかは分からない』

とな」


「は?

そんなもの、分からないに決まっているではないか」


「そして。

立ち退きに必要な銭[お金]の何倍もの額を要求したらしい」


「何と姑息(こそく)な!」

「しかも。

事件で運良く生き残った奴らは、被害者(づら)してのうのうと遊び暮らしていると聞くぞ」


「我らは貧しい生活を忍んでいるのに、奴らは今だに遊び暮らしているのか!」

「うむ」

『天罰』を食らってもなお、(おのれ)悪行(あくぎょう)がどれ程のものか理解できていないようじゃ」


「奴らを……

もっと『痛い目』に合わせるべきでは?」


「それは良い!

奴らに石を投げ付け、持っている物を奪い取ってやろうぞ!」


こうして。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


頼るべき夫を失った女性に、安全な場所など何処にもない。

何もかも捨てて逃げた。

わずかな食べ物は全て息子に与え、諏訪(すわ)という土地へ辿(たど)り着くも倒れてしまう。


たまたま通り掛かった農夫が助けたとき、母親は虫の息であった。

最期の力を振り絞って言葉を残すと絶命した。


「六郎と申します。

この子だけは、何卒(なにとぞ)……!」

と。


 ◇


集団虐殺事件と、その犯人とされた行商人組織が根絶(ねだ)やしにされた一連の出来事。

これは思わぬ『副産物』を生む。


立ち退きの保障を増額させてお金を(かす)め取った、他の者たちが……

あまりの恐怖に震え上がったのだ!


「あの山には、女子(おなご)や子供もいたはず。

老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わず皆殺しにしたのか?」


「そうらしいな」

「何とも恐ろしい!

それにしても、誰も疑問を抱かないとはどういうことじゃ?

悪徳な集団ではあったが……

殺人を犯したことなどないはず」


「自作自演だろう。

それ以外には考えられまい」


「自作自演だと!?

ならば、民に真実を伝えようぞ!」


「おぬしは馬鹿か?

『誰』が耳を貸すと?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……」

「それよりも……

我が身の心配こそすべきだろうな」


「我が身?」

「もう忘れたのか。

我らが、とてつもない『憎悪』を買っていることを」


「憎悪?」

「晴信様から銭[お金]を(かす)め取ったではないか。

次は、我らの番かもしれない」


「次は、我らの番!?

そんな馬鹿な!

我らが(かす)め取った額など……

工事全体に掛かった銭[お金]の中で、ごくわずかに過ぎん!」


「わしは晴信様のことを勘違いしていた。

あの御方は……

『普通』の人ではないと思う」


「どういう意味ぞ?」

「よく考えてみよ。

この国を洪水から救うために……

原因を徹底的に調べ、持っている銭[お金]を全て注ぎ込むことまでされたのだぞ?」


「……」

「純粋に国を、民を(うれ)い、進んで(おのれ)を犠牲にされたのだろう」


「……」

「晴信様は、並外(なみはず)れた『純粋』さをお持ちの御方に違いない」


「……」

「そして。

純粋であればあるほど……

『強欲』な振る舞いを()み嫌うもの」


「な、何と!?

そういえば……

有力な家臣が、こう申していたはず。

『この治水工事は、晴信が勝手にやり出したこと。

家臣たちは誰も賛成などしていない。

味方のいない晴信一人に、一体何ができるというのか』

と」


「もう遅い!

『風向き』は変わった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……」

「例え有力な家臣であろうと……

民の全てを敵に回すような真似などできまい」


「ならばどうする?」

()びを入れよう。

受け取った以上の銭[お金]を持参し、平身低頭(へいしんていとう)して謝罪するのだ」


「行った途端、首を()ねられるのでは?」

「そんな心配をしている場合か!

どこぞの賊が、今夜にでも襲い掛かって来るぞ!」


 ◇


その後。


お金を(かす)め取った者たちは、こぞって謝罪した。

「我らは晴信様に対して大きな罪を犯しました。

何卒(なにとぞ)、ご容赦を」


晴信は一人一人の手を取って、こう返したという。

「自ら進んで銭[お金]を返しに来てくれるとは……

感服(かんぷく)したぞ!

わしは、そなたたちに誓う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「有り難き幸せ!

恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます」


見せしめの効果は絶大であった。

こうして晴信は国を『一つに』していくのである。


 ◇


(いくさ)催促(さいそく)か?」

自分を訪ねて来た武器商人に対する、晴信の開口一番だ。


「催促などする必要はありません。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どういうことじゃ?」

「悪人どもを見事に一掃(いっそう)されたとか。

民は声を上げておりますぞ?

『晴信様こそ、この国を平和で安全にしてくださる御方じゃ!』

と」


「いつ、どこで民の声を聞いているやら……

抜け目ないな」


「民の声を聞き、民の必要なモノを売ること。

商人の鉄則にございます」


「売るためなら『偽りの民の声[デマ]』まで(さえず)(やから)もいるらしいが。

それも鉄則なのか?」

「……」


「無価値で、害にしかならないのに……

価値があり、有益であるかのように人を(あざむ)くためにのう。

こういう(やから)のせいで、商人の地位は落とされたのじゃ」


「晴信様。

人を欺くのは、権力を握っている御方とて同じでしょう?

『敵から(おのれ)の家族を、愛する者を守れ!』

こう()き付けて、敵への憎悪を(あお)り立てているではありませんか」


「そんなもの……

権力者が民の目を外に『()らす』ための常套手段(じょうとうしゅだん)であろう」


「それだけではありません。

隣国(りんごく)が弱くなれば、どの大名も(いくさ)を始めます。

侵略の好機とばかりに」


「侵略はな……

大名にとって、どうしても『必要』な行為なのじゃ」


「なぜ必要なのです?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「一族や家臣たちの『欲』を満たさねば……

大名は自らの地位すら保てないと?」


「弟がよく申していたわ。

『人は、(おのれ)の保身のためならどんなこともできる』

と」


「己の保身……

それは、我らとて同じです」


「同じとは?」

「我らも一族、一門の者たちを多く抱えています。

皆の生活を守る『責任』がありましょう」


「……」

「ただ(いくさ)を待つだけでは、皆の生活を守ることはできません」


「『自ら』動いて、(いくさ)を引き起こすしかないと?」

「その通りです。

そして。

それがしは、晴信様に目を付けました」


「なぜ?」

「信用できるからです」


「信用?」

「晴信様は、何事も『徹底的』になさいます」


「……」

「『中途半端』よりもずっとご立派かと」


「中途半端にやるくらいなら、むしろやらない方が良いからな」

「晴信様……

お約束します。

『銭[お金]の力で、武田家を最強の武力を持つ大名にしてみせる』

と」


「宜しく頼む」


 ◇


2人は、本題に入っていく。


「ところで晴信様。

侵略の(いくさ)を始めるに当たり……

一つ心配がございます」


「どんな心配じゃ?」

「地図をよく見たところ……

信濃国(しなののくに)[現在の長野県]を侵略するには、まず入口に当たる諏訪郡(すわぐん)[現在の諏訪市、岡谷市、茅野市など]を通らねばなりますまい?」


「うむ」

「諏訪郡を治める諏訪(すわ)家は、代々(だいだい)(わた)って信濃国に住んでいます。

当然ながら故郷(ふるさと)への深い愛着があるはず」


「で、あろうな」

「武田家と諏訪家は同盟関係にあり、晴信様の妹君・禰々(ねね)様が嫁がれておいでです。

ただし。

いくら義理の兄が率いる軍勢であったとしても……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なかなかに核心を突いてくるのう。

諏訪家が、故郷への侵略行為を見過すはずがあるまい。

妨害するに決まっていよう」


「どんな方法で?」

「例えば。

我が武田軍を通した後で、『補給』を断ってくるとか」


「何と!?

兵たちが飢えてしまいますぞ!」


「心配無用じゃ。

妹婿にして、当主である頼重(よりしげ)には……

死んでもらうのだから」

【次話予告 第十話 人々の崇敬の対象を討つ狡猾な手段】

諏訪郡にある諏訪大社。

長い歴史を誇り、日本中の人々から崇敬の対象となってきた諏訪神社の総本山です。

ここで諏訪家は、神主の次の地位に当たる要職に就いていました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ