表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独裁者・武田信玄  作者: いずもカリーシ
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
52/74

第五十二話 武田家を滅ぼす策略

遠江国(とおとうみのくに)御厩崎(うまやざき)[現在の静岡県御前崎市]。


現代では『御前崎(おまえざき)』と呼ぶ。

静岡県浜松市から国道190号線を東へ40kmほど行ったところにある岬で、東に駿河湾(するがわん)を、南に遠州灘(えんしゅうなだ)を望める風光明媚な場所だ。


この岬という海へ向かって突き出た『地形』があるために……

西から駿河湾内の清水港へと向かう船は、何百年にも(わた)って御前崎を迂回して航行することを余儀なくされてきた。


加えて御前埼より3キロほど沖合(おきあい)へ出ると、海中に大きな岩が存在する暗礁(あんしょう)地帯がある。

航行する船がこれに引っ掛かると『座礁(ざしょう)』し、沈没の原因となってしまう。


1950年代には、たった4年間で十数隻もの船が座礁した。

これを重く見た政府は1958年に目印を設置し、近付く船に警告を与えることで解決を図ったらしい。


その400年ほど前の戦国時代。

(さかい)[現在の大阪府堺市]の港から武田信玄が築いた江尻(えじり)の港[現在の清水港]へと向かう船の安全な航行は、非常に困難であったことだろう。


暗礁(あんしょう)地帯を避けるためには……

徳川家康の領地である御厩崎(うまやざき)という『敵地』から、たった3キロ以内を航行しなければならないのだから。


 ◇


「武田家を最強の武力を持つ大名にしてみせましょうぞ」


前田屋の手配した船が、鉄砲の弾丸と火薬を大量に積んで(さかい)の港を経った。

友ヶ島水道(ともがしますいどう)を抜け、紀伊半島の潮岬(うしおみさき)、伊勢志摩の大王埼(だいおうさき)、そして御厩崎(うまやざき)を回り込んで江尻(えじり)の港を目指している。


目的地が近付くにつれて……

船頭(せんどう)の一人がある『不安』を口にした。


「問題は、御厩崎(うまやざき)じゃ」

「問題?」


「徳川家の水軍拠点がある」

「何と!

ならば、沖合へ出るしかないか」


「おぬしは知らんのか?

『しばらく』沖合(おきあい)へ出た海中には、暗礁(あんしょう)地帯がある」


「何と!?

ならば、もっと『大きく』沖合へ出るしかないと?」


「馬鹿を申すな!

『潮の流れ[黒潮のこと]』に飲み込まれるぞ!」


「潮の流れ?」

日ノ本(ひのもと)を西から東へ流れている潮の流れよ。

大きく沖合へ出れば、駿河国(するがのくに)どころか下総国(しもうさのくに)[現在の千葉県館山市、白浜町など]まで流されてしまうわ」


「船の座礁(ざしょう)を防ぎ、なおかつ潮の流れを避けるには……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「深夜にこっそり通過しよう」


 ◇


一人の使者が……

徳川家康の居城・浜松城[現在の静岡県浜松市]へと到着する。


「おお!

左馬助(さまのすけ)明智秀満(あけちひでみつ)のこと]ではないか」


「家康様。

ご無沙汰しております」


「そなたが使者になったということは……

明智光秀殿が練った『策略』を伝えに来たのであろう?」


「はっ」

「やはり、か。

どんな策略を?」


「まずは、『結論』から先にお伝えさせて頂きます。

織田信長様は……

武田家を不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と見なすことを決断されました」


「ふ、不倶戴天の敵!?

一戦して勝利する程度でなく、武田家そのものを滅ぼすつもりだと?」


御意(ぎょい)

「それでは、世が戦国乱世へと逆戻りしてしまうぞ!」


「家康様。

『なぜ』、そうお考えに?」


左馬助(さまのすけ)よ。

武田家は、信玄という『絶対的な権力者』が君臨している」


「……」

「加えて棒道(ぼうみち)を張り巡らせるなど、『補給を重視』している」


「……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……」

「そもそも。

武田家を滅ぼすことが、どういうことか分かっているのか?」


甲斐国(かいのくに)[現在の山梨県]へと攻め込んで全ての領地と財産を奪い、城という城を全て落として帰る場所をなくし……

誰一人として生活することができない状況に追い込むことです。

そして最後は命請(いのちご)いさえ拒み、ことごとく殺し()くします」


「要するに、虐殺と略奪ではないか!

こんなものは我らが『すべき(いくさ)』ではないぞ!」


「家康様。

全ては一人の女子(おなご)の『死』からでした」


左馬助(さまのすけ)よ。

それは、誰のことじゃ?」


「あの信長様が手元に置いて大切に育て……

実の娘以上に愛情を注いでいた御方」


「あの女子が……

亡くなったのか!」


「周到な罠に()められたのです。

これを知った信長様は、2つの勢力を滅ぼすことを決断されました。

戦国乱世に終止符を打つ使命よりも、(おのれ)の復讐を優先することに……」


「待て!

今、『2つの勢力』と申したか?」


「はい」

「1つ目が武田家として、もう1つはどこぞ?」


「愛娘の抹殺を(くわだ)てた武器商人たちが住む……

『京の都』です」


「あの千年の都である京を……

灰に!?」


(あるじ)の光秀様はこう(おっしゃ)いました。

『一つ。

はっきりしていることがある。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

と」


「……」

「続けてこう(おお)せでした。

『信長様が(おのれ)の復讐を優先するのは愚かな行為ではあるが……

武器商人どもが(くわだ)てた(いくさ)の『末路(まつろ)[バッドエンドのこと]』がどれだけ悲惨なのか、世の人々へ示す機会と(とら)えよう』

と」


「まさか!

(くわだ)てた首謀者だけでなく……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「そもそも。

他人に利用される愚か者のせいで邪悪な企ては『成立』し、大勢の犠牲者を生んできたのです」


「そ、それは……」

家康は思わず身震いした。


 ◇


左馬助(さまのすけ)よ。

そなたは先程こう申したな?

甲斐国(かいのくに)へと攻め込んで武田家の全ての領地と財産を奪い、城という城を全て落として帰る場所をなくす』

と」


「はい」

「それは容易なことではないぞ?

甲斐国は、険しい山々を越えた先にある。

天然の要害が壁となって立ち塞がっている以上……

攻め込んだところで、返り討ちに合うだけではないか」


(おお)せの通りです。

ですから……

(あらかじ)め、武田家を『弱体化』させておくのです」


「何っ!?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「あります。

その場所が、家康様の領内にあることを……

地図を見た光秀様は見抜かれました」


「わしの領内に!?

それはどこじゃ?」


遠江国(とおとうみのくに)御厩崎(うまやざき)

しばらく沖合(おきあい)へ出た海中には暗礁(あんしょう)地帯があり、大きく沖合へ出れば潮の流れ[黒潮のこと]に飲み込まれる場所です」


「要するに。

我が徳川水軍を動かして近くを通る船を(ことごと)拿捕(だほ)し……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ◇


明智光秀が練った策略。


これは、現代の言葉を使うと『経済封鎖作戦』となる。

分かりやすい例で言うと……

太平洋戦争直前、1930年代の日本だろうか。


当時の日本は世界恐慌の影響で大不況に陥っていた。

軍部と企業が一体となって中国へ侵攻し、メディアも強力に後押しした。


これを見たアメリカは、中国の肩を持つ。

「侵略を止めよ。

日本への石油輸出を止めるぞ」

と。


この通告に……

日本政府は、はたと困り果てた。


戦争の利益が『国民』にまで行き渡っていたからだ。

国民は声高に打倒米英(べいえい)[アメリカとイギリスのこと]を叫んで盛んにデモを起こしている。


米英との妥協点を探る日本政府に対して……

今度は、『メディア』が弱腰外交を非難し始めた。


なぜ、メディアまでが敵に回ったのか?

理由は至って簡単である。

メディアの主人が、政府でもなければ、国民でもなく、『広告主』だからだ。


輝いて見えるメディアも、実際は広告主に忠実な奴隷(どれい)に過ぎない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


行き詰った日本政府は、ついに米英への宣戦布告を決断した。

(どく)[ドイツのこと]戦で苦戦に陥っていた英仏[イギリスとフランスのこと]は、アメリカの参戦に小躍りした。


この当時の日本人は……

一つ『肝心』なことを忘れていたのだろう。


米英が世界の石油の90%を握っていることだ。

中東の石油はまだ開発されておらず、70%をアメリカが、20%をイギリスに近い国々が生産していた。


「打倒米英など絶対に不可能」

数字を見れば小学生にだって理解できる。

当時のメディアはこれほど簡単な『数字』からも目を()らし、強い『精神』さえあれば打倒米英が可能だと思っていたのだろうか?


こうして日本は打倒不可能な相手に戦争を挑む。

国民は戦争を賛美して大きな期待を寄せたが、軍首脳部の作戦指導は間違いだらけであった。

前線への食料や武器弾薬の補給を(おこた)り、貴重な兵力を無駄に消耗していく。


アメリカが用いた経済封鎖作戦は……

結果として太平洋戦争を引き起こして日本を焼け野原にし、日本人だけで300万人以上の命を奪ったのである。


 ◇


深夜。

御前崎の近くを通った船が徳川水軍に拿捕(だほ)され、積まれていた鉄砲の弾丸と火薬を全て奪われた。


この報告を聞いた武田信玄は……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『策略』に(あらが)うべく、信玄は西上作戦を開始した。



【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 終わり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ