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独裁者・武田信玄  作者: いずもカリーシ
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
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第弐話 雌伏の時

武田晴信(たけだはるのぶ)の弟・信繁(のぶしげ)の言葉が、兄の目を覚ます。


「兄上は『利用』されたのです!

国衆(くにしゅう)や家臣どもは……

武田家にも、兄上にも、忠誠を尽くす気など微塵もありませんぞ!」


「……」

「父上は確かに暴君でござった。

されど……

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「……」

「違いますか?」


「よくぞ申してくれた。

父上の追放計画を聞いたときから、わしには違和感があった」


「ならば、なぜ?」

(たま)らなく嬉しかったのじゃ。

国衆(くにしゅう)や家臣のみならず、今川家や北条家までもが……

実力のないわしを『認めて』くれたことが」


「他人から認めてもらうことは、人なら誰もが持つ『欲求』です。

まんまと罠に()められましたな」


「弟よ。

このままでは、わしは国衆(くにしゅう)や家臣どもの都合の良い存在に成り果ててしまう!

どうすればいい?」


「兄上。

国衆(くにしゅう)や家臣のみならず……

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「ん……

そなたは分かるのか?」


「この国が一つになっては『困る』からです」

「何っ!?」


「今川家の治める駿河国(するがのくに)遠江国(とおとうみのくに)[合わせて現在の静岡県]には、『海に面した港』があります。

北条家の治める相模国(さがみのくに)[現在の神奈川県]とて同様です」


「海に面した港があれば……

大きな船を使い、一度に『大量』のモノを流すことができよう」


「はい。

大量のモノを流すことができれば、ますます商売は盛んになり、国は『豊か』になります。

一方で……

大量のモノを流すことができない国は『貧しい』ままです」


「つまり。

今川と北条の両家は、貧しい甲斐国からの『侵略』を恐れていると?」


御意(ぎょい)

親戚同士でもある両家が密かに手を組み、この甲斐国の弱体化を図るだけでなく、(すき)あらば(きば)()いて襲い掛かって来るとして……

何の不思議がありましょうや」


「わしは、奴らの手の平で踊らされていたというのかっ!」

「『人』というものは……

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(おのれ)の保身、か」


 ◇


一呼吸を置いて……

弟は、兄に重大な質問をする。


「兄上。

この甲斐国(かいのくに)を守りたいとお思いですか?」


勿論(もちろん)じゃ」

「『純粋』に、この国を守りたいとお思いですか?」


「うむ。

わしの純粋さは、そなたが一番よく分かっているはず」


「……」

「弟よ。

我らは、血を分けた兄弟ではないか。

一緒にこの国を救ってくれ!

頼む!」


「そこまで(おっしゃ)るなら……

もう一つお尋ねます。

国を守るためなら、どんなことでも実行する『覚悟(かくご)』が出来ていますか?」


「覚悟?」

「そうです。

いくら兄上とはいえ……

覚悟が出来ていない者に、それがしは力を貸すことなどできません」


「分かった。

どんなことでもすると約束しよう。

何なら誓いを立てても良いぞ?

それで、わしに何を実行せよと?」


「この国を、民を守るために……

兄上には『絶対的な権力者[独裁者のこと]』を目指して頂きます」


「絶対的な権力者?」

「恐らく。

それを阻もうとする大勢の者の血が流れることになるでしょう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……」

「これで、今川と北条の両家と『同盟』を結ぶことすら可能となります」


「何っ!?

あの両家が、同盟を結んでくれると?」


「国を一つにできた絶対的な権力者は……

敵であれば厄介極(やっかいきわ)まりない存在ですが、逆に味方であれば非常に『頼れる』存在にもなるのです」


「そういうことか!

さすがは我が弟よ。

父が、わしを差し置いて後継者にしたいと望んだ気持ちがよく分かる。

見事な戦略眼ぞ……」


 ◇


弟の実力に改めて感心した兄であったが、一つ気になることがあるようだ。


「これはもしや……

わしに、父上のようになれと申しているのか?」


「父上は、絶対的な権力者になろうとしていました。

だからこそ家臣集住政策かしんしゅうじゅうせいさくを実行に移したのです」


「し、しかし!

その政策は、国衆(くにしゅう)や家臣どもの猛反対を受けて頓挫(とんざ)したではないか。

わしがその政策を実行しようとすれば……

今度は、わしが追放されるぞ?

追放どころか毒を盛られるかもしれない」


「父上は切に願っておられました。

『民が安心して暮らせるよう、この国の平和を守り続けたい』

と」


「……」

「それがしは、純粋に国を(うれ)う父上を尊敬していたのです」


「純粋、か。

わしには父上の血が流れているのだな」


「兄上は、父上によく似ておられます。

純粋であるがゆえに、ひたすら真っ直ぐに進んでしまう。

『不器用』なのでしょう」


「わしとは逆に、そなたは『器用』であったのう。

だから父上はそなたを贔屓(ひいき)にした。

それを見る度、わしは劣等感に押しひしがれ、そなたを激しく嫉妬(しっと)していたのじゃ」


「そのような心の隙間に国衆(くにしゅう)や家臣たちは巧みに入り込み……

結果として兄上を(あやつ)ったのです」


「わしは何と愚かなことを!」


 ◇


「兄上。

不器用であるがゆえに……

父上は、『手順』を間違えたのだと思っています」


「手順?」

「家臣集住政策を実行されれば、生殺与奪(せいさつよだつ)を握られ、絶対の服従を強いられます。

国衆(くにしゅう)や家臣たちにとって受け入れ難いのは明白……」


「奴らは結束して潰しにかかるだろうな」

「家臣集住政策のような強引な手段を……

圧倒的な実力を持つ『前』に実行すれば、おのずとそうなるでしょう」


「そうか、そういうことか!

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御意(ぎょい)


 ◇


弟は、兄に一つの策を授けた。


「今は忍耐強くあることです。

雌伏(しふく)の時』とお考えください」


「雌伏の時?

実力を磨きながら機会を待てと?」


「そうです。

父上がいない今……

国衆(くにしゅう)や家臣たちの影響力は、より強くなっています。

彼らを敵に回すのは得策ではありません」


「くっ!

ならば、何の実力を磨けば良い?」


「『民』の支持を集めることです」

「民の支持!?」


「兄上。

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「確かにそうじゃ」

「民を味方に付ければ、『数』で圧倒的な優位に立てます。

だからこそ……

国衆(くにしゅう)や家臣たちの支持を得ることよりも、民の支持を得る方がはるかに重要なのです」


「なるほど!

この雌伏の時を、民の支持を得るための『時間』と考えれば良いのか!」


「御意。

国衆(くにしゅう)や家臣たちとは決して事を構えず、都合の良い存在を演じ続けられませ」


「分かった」

「まずは……

相当な労力が伴いますが、この国の『全て』を知ると良いでしょう」


「す、全て?」

「この国の全てを知らずして、この国の『本質』を見抜くことができますか?」


「……」

「この国の本質を見抜ければ……

民の支持を得る方法も、おのずと分かってくるはず」


「なるほど。

全て、そなたの助言に従おうぞ」


 ◇


晴信はその後……

毎日のように、側近(そっきん)[身の回りの世話をする家臣のこと]たちを連れて出掛けた。


甲斐国(かいのくに)の全てを知るためだ。

国の歴史、地形、気候など、国中を片っ端から調査して回った。

土地の有力者を訪ねては、地域に昔から伝わる話を聞いて回った。


それでも残念なことに、聞いた話のほとんどは『無価値』であったらしい。

デマであったり、事実でも伝言ゲームのように人を(かい)すごとにまるで違う話になっていたからだ。


晴信は毎晩のように側近たちと打ち合わせし、無価値な情報を『整理』して、ごく一部の価値ある情報を『整頓』していく。

情報収集よりも整理整頓の方に労力を費やされた。


これは現代も同じなのかもしれない。

()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ◇


相当な労力を伴って導き出された、甲斐国の本質。

簡潔に言うと以下の通りである。


四方を山に囲まれ、海に面した港がない。

モノがほとんど流れていないためか……

『商人』にとって魅力のない土地と化していた。


それでも、2つの大きな可能性を秘めていた。

『鉱山』と『農業』である。


ある山では、砂金を収集する者たちが大勢いた。

金の鉱脈(こうみゃく)がある可能性が高いということだ。


ただし……

金の鉱脈に当たる確率は専門家でも10回に1回くらいだという。

何ヶ所も掘らねば当たらない。

莫大なお金がかかるため、誰かに『投資』してもらう必要がある。


残念ながら、商人からまるで相手にされていない国だ。

鉱山という可能性はあっても生かす機会がない。


それは農業においても同様であった。

甲府盆地という平らな土地は、農業の大きな可能性を秘めていたが……

ある現実が、その可能性を潰していた。


『洪水』という自然災害である。

【次話予告 第参話 信玄堤】

甲斐国の民は、もう諦めていました。

現実から目を逸らし、こんな的外れなことを言っていたのです。

「自然は神である」

と。

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