03.聖女護衛依頼-1
ハルラックの街、卓越風通り。
白の薄氷亭と呼ばれる冒険者ギルドにて。
コルクボードに几帳面に貼られた数枚の依頼書。
そのうちの一枚であった依頼書を問答無用で突きつけられた軽薄そうな青年は、あからさまに顔を歪めて薄茶色の頭を横に振った。
「なんで俺なのさ、亭主殿。まだ怪我人なんですけど」
バーカウンター越し、痛々しく包帯を巻かれた左腕を見せびらかすようにアピールする。つい先日の依頼で骨まで見えるほどに深く斬りつけられたその腕は、見た目こそ普通の腕と相違ないように見えるが、その実「言っても無駄だろうけどしばらく安静にしてなよ。麻痺が残る、じゃ済まなくなるかもしれないんだから」と治療者から忠告を受けていた。
青年——マスダにとって両の腕は商売道具の一種である。それ故、言葉通りにあまり無茶をしないように、どころかここ数日は冒険者業の一切を行っていなかった。
「出来れば休ませてあげたいところだけど。聖女様からのご指名なんだ」
「せいじょさま……あー、トーリアか」
その単語に記憶の中のトーリアを思い起こす。
モノクロ色のウィンプルで薄桃色のゆったりとウェーブした髪を覆い、影になった瞳は淡い灰色を携えている。その表情は柔らかさを感じさせながらもどことなく悲しげで、一見儚げで繊細な修道女——そんな女性だった。
もっとも、見た目通りの大人しい修道女であれば、マスダなどと関わり合いになることもなかっただろうが。
「護衛なんていらないでしょ、あれなら」
「あれ、とは。わたしのことですか、マスダ」
「……そーだよ」
亭主の後ろ、キッチンからひょこりと顔を出した少女にため息をつきながら応える。物静かながらどこか芯のある声色は、そこはかとなく圧を感じさせた。
「聖女サマがキッチンで何してんの」
「食事です。亭主は重いメニューを出してくださらないので、自分で用意していました」
「摘むものならいくらでもあるんだけどね」
「腹ごなしにもなりませんね。それに、わたしが食事をしていると、あらぬ噂を立てる方もいらっしゃいますし」
ふう、と小さく息を吐いたトーリアが、キッチンを後にしてマスダの隣に座り直す。陶器のような白い肌は桃色の髪に包まれて、より白さが際立っている。
その淡い色遣いに彼女の持つ役職も相俟って、あらぬ噂は容易く立てられる。淡々と異端を殺してみせる女だ、寧ろ喜んで異端を探している、そしてその屍肉や血を喰らっているのではないか、などと。
「街に不安を呼ぶのは、本意ではありませんので」
「へえ」
「さあ、この通り食事は済ませました。依頼の準備はよろしいですか?」
「受けるって言ってないんだけどな」
「そうですか。こちらで受け入れていただけないのなら、青鳥の止まり木に依頼を出そうかしら」
青鳥の止まり木、の言葉にマスダは眉間に皺を寄せた。
そこもまた、白の薄氷亭と同じくハルラックに数ある冒険者ギルドのひとつだ。マスダも籍を置いており、パーティーを組んでいる。
盗みや殺しのような後ろ暗い依頼は請け負わず、ドラゴンなどの脅威的な対象の討伐依頼は控えめ。冒険者の中では、比較的地に足を付けて分相応な依頼を着実にこなす堅実な者たちが集うギルドだ。
だから。目的地まで多少距離があるとは言え、護衛対象が街であらぬ噂を立てられているとは言え、ただの聖女護衛依頼であれば、仲間たちが受けてしまう可能性は、十分に考えられる。
「あーはいはい、俺がやる俺がやる」
「あら、乗り気ではなかったのに?」
「今も乗り気じゃないけど。それに、俺のが確実でしょ」
「それはそうですね」
ではよろしくお願いします、と微笑むトーリアに、マスダは隠すこともなく深くため息を吐く。
敬虔な修道女。彼女は噂に違うことなく、異端を許さぬ審問官でもある。
「星光のお導きに感謝を。ふふ、村に教えを広めたいだなんて、感心な村長だと思いませんか」
単なる護衛だけで済まないことは、約束されているようなものだった。