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02.(長期休暇と、)送迎依頼-5

「うおっ」

「おはよう」

「はよー。……あ、休憩中?」

「そう」


額に落とされた手刀の衝撃で覚醒したマスダが起き上がる。馬車の外は、もう間もなく白ばみ始める気配をうかがわせていた。

硬い木材の上で楽な姿勢を探ろうとして、マスダは違和感に首を傾げた。


「もしかして左手、まだ治ってない?」

「骨まで見えてたからね、肉が再生しきれてない。あんまり動かさない方が良いよ」

「うえ、早く言ってくんね」

「自覚してるかと思って」


左腕をそろそろと動かしつつ、足元に目を向ける。硬い座席の上で身を小さく縮めながら、カディアが目を閉じていた。その顔色からは疲労が読み取れる。


「その子はさっき起こしたよ。水飲んで寝直してる」

「へえ」

「巻き込んでおいて興味ゼロかよ」

「人聞き悪いな。お陰であいつら助けられそうだし、感謝はしてるよ」

「その左腕の恩は」

「シクストなら依頼なくても治してくれたよね」

「んなわけないでしょ」

「冷たい……」


夜中の空気に消え入りそうな雑談をしながら、マスダの視線は馬車の外に注がれたまま、他に興味を向けることはなかった。



日が昇り始め白んだ空の下、一行は噴水の街ルイドに到着した。馬車が完全に停止する前に転がるように飛び出したマスダとその様子に呆気に取られる少女と御者を見つつ、シクストはため息をついて自身も降車する。


「ごめんね、落ち着きなくて」

「いえ、そんな……余程、心配されているのですね」

「そーね」


夜明けにも近い早朝では、開いている店など酒場くらいのものだ。それもゆっくりできるような時間帯でもないので、御者への支払いを終えた二人はマスダを追って遺跡へと向かった。

わざわざ待たなくても、先帰らない? と問いかけるシクストに、カディアはゆるりと首を振る。大怪我の直後であるから、無事に遺跡から出られるか……と心配しているらしい。


「中までは入らない方がいいよ」

「それはええと、護衛の依頼が追加となるということでしょうか……?」

「違う違う。遺跡って入り組んでて狭い道多いでしょ。巻き込まれるの、嫌じゃない?」

「巻き込まれる……」


結論から言うと、マスダは土埃や煤で汚れてはいたものの、擦り傷すら作らずに遺跡から戻ってきた。肩には背の高い長髪の男を抱え、反対側では脇に小柄な女性を抱えている。その2人と後から追ってきた3人は全身に傷を負っており、見るからに重傷であった。

カディアも手を貸しながら、一行が泊まっているという宿屋へと向かう。隣に立っていたはずのシクストは、気がつけば姿を消していた。



「ただいまー」

「おや、随分遅いお帰りだね」

「まあね。……あれ、怒ってないの亭主殿」


マスダがハルラックに戻ったのは、遺跡から脱出したその翌日のことだった。受けていた依頼の完遂予定から、丸一日以上が経過している。それはもうチクチク言われるだろうと予想していたのに反し、グラスを磨く亭主の表情はご機嫌なようにも見えた。


「彼のご令嬢、シクストがご自宅までエスコートしたようだよ」

「そうなん? あいつ途中で消えたけど、そこはしっかりしてんだ。流石〜」

「でもお気に入りは君のようだ」

「へえ。あ、エールとフライドチキンください」

「畏まりました」


シクストの言っていた通りやはりあまり興味のなさそうな様子のマスダに、亭主は内心で苦笑する。

命が脅かされて、救われた。部外者から見ればどう考えてもマッチポンプです本当にありがとうございました、というようなものだが、当人にしか分からない心の動きもあるのだろう。所謂ストックホルム症候群と呼ばれるものであるかもしれないし。

しかし、宿を預かる亭主からすれば、没落したとはいえ未だマジックアイテムを多数所有する貴族の令嬢が、所属しているに等しい冒険者に好印象を抱いている、というのは美味しい状況でしかない。機嫌も良くなろうというものだ。

とはいえ。


「そういや損して終わったな今回」

「何をしに行ったんだい、君」

「えー……仲間を助けに?」

「また依頼内容とは随分と離れたものだね」

「ねー。気づいたらこうなってた」


若干動きの鈍い左手をひらりと振るのを見れば、呆れてため息を吐きたくなるのもまた、事実だった。


——差し引き、200Rを失った!

——称号『麻痺:左腕』を手に入れた!

——称号『ローザイド家との面識』を手に入れた!



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