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02.(長期休暇と、)送迎依頼-4

「ストップ」


知らぬ男の声が、夜の街の静寂に静かに響く。

急に立ち止まるマスダの肩からずり落ちそうになるのを耐えながら、カディアは様子を窺うべきかを探る。

あの屋敷の男達の手からは守られたが、そもそもマスダ自身が誘拐や人身売買に手を染めた紛れもない悪人であることは事実である。とはいえ、この依頼を受けたのがマスダではなかったとしたら今頃身体的により酷い目にあっていた可能性があったかもしれない、と考えてしまうのだ。立ち塞がっているであろう男が警備隊などであれば、言いくるめるべきなのだろうか、と考えていると、


「こんな夜中にどうしたの、シクスト」


返事をするマスダの声色は、知人に対するそれであった。


「今夜は付き合ってくれないんじゃなかった?」

「これだけ血の匂いさせてればね。獲物抱えてどこ行くの?」

「獲物が変わったんだよ。この子は家に帰すところ」

「口止めもしないで? ……何をそんなに急いでるの」


二人の会話に口を挟む余裕などないが、血の匂い、という単語に反応してカディアは周囲の匂いを探る。深夜の冷えた空気の中で、確かに強く鉄を感じさせた。カディア自身はどこからも出血などしておらず、先の戦闘における返り血、というにはどこか違和感を覚える。もしかして、と確かめるべく身体を捩り、


「わ、」

「いたっ」


見事に肩から滑り落ちた。強かに打ち付けた尻の痛みに顔を歪めつつ、久方ぶりに外の景色を見る。


「急に暴れんでよ」

「ひっ……! ま、マスダさん、その怪我、」

「名前まで教えてるの」

「名前くらいいいでしょ」

「あ、あの、うでが、」


平然と会話をしていることが信じられなかった。カディアを担いでいたのと逆の腕は、二の腕から大量の血を滴らせている。切り裂かれた衣服の下からは皮膚と肉を通り越して白いものさえ見えていた。


「シクスト、この子送ってくれない? お察しの通り急いでてさ」

「やだよ、僕の依頼じゃないし。どこ行くの」

「どこ、……あー、どこだっけ、あいつらが行ったの。シクスト知らない?」

「知ってるわけないでしょ。……知ってたとして、こんな真夜中にどうやって向かうつもり?」

「脅せば馬車の一台や二台借りれるだろ」

「今夜だけでどれだけ汚名アピールするの」

「あ、あの! 腕、治療しないと……! それに、人に見られてしまうのでは、」


構わず言い争うように会話を続ける二人に、カディアは思わず割って入った。


「人払いはしてるよ」

「へ、」

「治療はまあ、君の言う通りだね。早くしないと腕使えなくなるよ」

「悠長にしてる暇ないんだよ、さっさと追いつかないと……」

「そんな、腕を犠牲にするほどなのですか……?」

「仲間が遺跡調査に行ってる。最近遺跡で人死にが多いのは、あんたが話してた通りだよ。その原因の罠やら何やらを仕掛けてるのは一枚岩でも数グループでもない、まあ掃いて捨てるくらいにいるんだろうけど、さっき殺した奴らもその内の一グループってわけ。あいつらが向かった遺跡にはゲイザーもいる。殺意高いトラップと挟まれたら全滅する可能性は低くないだろ」


並べ立てられたマスダの言葉を理解するのは、そう難しいことではなかった。遺跡調査における犠牲者が増えていることも、それにローザイド家が手放したアイテムが利用されているかもしれない、ということも知っていた。であれば、今日カディアを誘拐しようとした男達の目的がカディアでもローザイド家でも金銭でもなく、より危険なアイテムである、というのも納得のできる話だ。


「だから、早く向かわないと」

「その腕で行っても足引っ張るだけじゃない?」

「腕一本でもオレの方が強いし、助けに行かない理由にはなんないでしょ」

「悪人のくせに超傲慢な正義の味方みたいなこと言うね」

「あ、あの!!」


再び言い争う二人の間に割って入る。冷たさすら覚える四つの目がカディアに注目するのを感じた。


「わたしが口添えすれば、馬車はご用意できるかと思います」

「……は?」

「お仲間が向かわれた遺跡の場所も、もう少し特徴などあれば特定できます。だから、あの……ハルラックの西門まで、迎えますか」


つっかえそうになりながら何とか言い切ったカディアに、マスダとシクストはそれぞれ異なる心境で思わず目を瞠った。

シクストは、自分を誘拐しかけた男の手助けなんてどういう精神構造してんの? と訝しみ。

マスダは、思いもよらぬ助力と情報に驚いて。


「乗った。料金は?」

「へ?」

「金。いくら払えば良い?」

「へ、あ、えっと……あ、4500R、」

「分かった」

「え、わっ!」


ふと思い出した、カディアからマスダに払う予定の依頼料を口にすれば、それが今回の代金かとマスダはあっさり納得した。その巨額をあっさり受け入れるマスダに驚いて、そして手の上に振ってきた皮袋の重みに更に驚く。


「それ、4500R入ってるから。じゃあ早速、」

「ま、待ってください!」

「なに? 急ぎたいんだけど」

「あ、あの……!」


さっさとカディアを担ごうとするマスダを制し、背後に向き直る。シクストの赤い瞳と目が合って、小さく息を呑んだのちに勢いに任せて告げる。


「シクスト、さん。わたしからの依頼です」

「?」

「ついてきてくださりませんか。マスダさんの、治療をしていただきたいです」

「依頼料は」

「こちらに4500Rあります」

「……成る程。勢い任せの行き当たりばったりにしては、機転をきかすね」


先の皮袋をシクストに差し出す。しかしすらりと立った青年はそれには伸ばさなかった手を自身の細い顎に添えて首を傾げた。


「治療するにしても、何の用意もなく移動しながらじゃ完全には治せないよ」

「え、マジで?」

「くっついてるだけまだマシ、みたいな状態の怪我なんだから当然でしょ。傷は塞げるけど、軽い麻痺くらいは残るだろうね」

「えー……ほっといたら?」

「そのプラプラしてるところとはお別れだよ。最悪出血多量で死ぬんじゃない、止血もしてないし」

「そ、それは……」


治療をしなくては最悪死に至り、治療をしても後遺症は残る、というシクストの言葉にカディアが狼狽える。


「死ぬよりは全然マシだし。オレとしてはシクスト付けてくれるとありがたいね」

「! で、ではシクストさん、」

「……ま、これで4500Rなら受けない手はないかな。良いよ、面倒見てあげる」


受諾したシクストに、カディアは深々と頭を下げた。



三人の居た区画からハルラック西門までは、そこそこの距離があった。金額分の仕事はする、とマスダを背負ったシクストは、急かされるがままに夜の道を駆けながら、片手間で治癒魔法を展開している。カディアは遅れぬようにもつれそうになる足を懸命に動かしながら、その様子を時折窺う。


「シクスト、スピード上げらんないの」

「この子置いていって良いなら」

「本末転倒〜」

「ご、……ごめん、なさいっ」

「君が謝ることじゃなくない? ていうかうるさいから寝ててよ」

「は? ……」


ついでに睡眠状態は落とす魔法もかけたらしい。詠唱の一つもないままに繰り広げられる魔法に驚きながら、ひたすらに西を目指した。

西門に辿り着くと、カディアは守衛の一人に声をかけた。落ちぶれたとはいえ名門は名門。その顔とローザイド家の名を出せば、金は後で払うと馬車を借りることは容易かった。


「今日、噴水の街ルイドに5人組が向かいませんでしたか? 黒のショートカットの女性が代表の」

「ん? ああ、昼頃だったか。まだ陽が高いうちに向かったのがいたみたいですよ。冒険者だったかな」

「やっぱり! あの、ルイドまでお願いします」

「ええ、承知しました」


眠りに落ちる前にマスダから拾っていた特徴から推察した街の名を出せば、御者はすぐに思い当たったらしい。間違いないと確信したカディアは行き先を告げ、先に乗り込んだシクストの元へ向かった。間も無く、ガタガタと音を立てて馬車が進み出す。


「ルイドで間違いなさそうです。到着は、途中の休憩含めて明け方になりそうですが」

「そう。君、逃げないんだね」

「……へ?」

「西門向かってる時も、今も、僕たちから逃げる隙はいくらでもあったじゃない?」


突然の言葉に首を傾げるも、シクストの言葉は確かにと言わざるを得ないものではあった。

シクストの右手は、依然として深く眠っている様子のマスダの腕に添えられている。破れた衣服の下、肌はすっかり再生して怪我の跡すら残っていない。


「……あの、やっぱりまだ、治ってはいないのですか」

「そうだね。表面は綺麗にできたけど、まだ動かすことも難しいくらいかな」

「そう、ですか」

「……分からないな。結果としては守られることになったとはいえ、そもそもこいつのせいで危険に晒されたんでしょ、君。この怪我だって自業自得じゃない」

「……それは、その。わたしもまだ気持ちの整理ができていないので、後から変わるかもしれないのですが、」

「うん」

「今は、マスダさんに守っていただけたから無事に立てていると、思っているのです。他の方が誘拐の依頼を受けていたなら、心変わりすることなくどこかへ売られていたかもしれません。それに、ローザイド家が手放してしまったアイテムが、今まで以上に悪用されることも防ぐことができました」

「そう」


カディアの言葉に納得したのかしていないのか、シクストの声色からは読み取れなかった。


「……寝たら? 休憩地着いたら起こしてあげるよ」

「シクストさんは、お休みにならないのですか。魔法も使い倒しですし、お疲れなのでは」

「夜型なんだ」

「そうなのですね。では、お言葉に甘えて……」


父の後をついて様々な街を巡るべく、馬車に揺られた経験は多い。しかしそのどれもが至って快適な旅であり、急遽用意されたこの馬車のような、窮屈で硬い床に座り込むようなものではなかった。

しかしそれでも、今夜の疲れは甚大であった。寝心地の悪い壁にもたれて、よく伝わる振動に揺られる中、カディアは間も無く眠りに落ちていた。





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