笑顔の秘密
私はシングルマザー。今年中学生になった息子が1番大事。その次に大事なのは、飼ってるウサギのチーちゃん。息子とチーちゃんがいるだけで幸せ。
仕事もバリバリこなすキャリアウーマン。最近の新人は忍耐力がないのよね、って愚痴りながらも、部下からの信頼も厚い。だって、いつも私の飲みの誘いは誰も断らない。
飲みの席で仕事の話はしない。プライベートな話として、息子の反抗期の話を少し盛ってする。それがウケるってわかってるから。今年の新人の吉田くんも目をキラキラさせて話しに入ってくる。部下に話をさせてなんぼ。上司はこうでなくっちゃ。
あまり飲まずに家へ帰る。チーちゃんのエサは息子があげてくれてるはず。息子の夜ご飯に唐揚げ弁当をテイクアウトする。なんせ食べ盛りだから、これぐらいペロリと食べてくれるだろう。
「ただいま。」
あれ?もう寝てるのかな?
息子の部屋を開けてみる。あ、チーちゃんと一緒に寝てる。しょうがない、そのまま寝かせておこう。
朝は息子より早く会社へ行く。今日は朝一会議だから、いつもより早い。息子の部屋のドアをノックして声をかける。
「あー、いってら。」息子の返事。よし、息子も起きてる。家を出たら仕事モードへ切り替えなきゃ。ヒールを履いて、颯爽と歩く。向かい風が気持ちいい。
昼休み、吉田くんが相談があると言ってきた。近くのイタリアンへ行く。「どうしたの?」って聞くと彼女と別れたって話。なんだ、仕事の話じゃないんだ。って落胆したけど、「僕のタイプは課長みたいな女性です。」と言われた。悪い気はしない。いや、ちょっと浮かれそうになる。けど、「そんなおべんちゃらいらないわよ!」って軽く流す。私は仕事が出来る女。吉田くんの笑顔に引っかかってはいけない。吉田くんがお手洗いに行ってる間に会計を済ます。上司としては当たり前。
今日も残業で遅くなった。いつもの事だから、息子へ連絡はしない。でも、夜ご飯は息子が好きなハンバーガーを買って帰る。
「ただいま。」
応答がない。息子の部屋をあけてみる。今日もチーちゃんと寝てる。まぁ、いいか。そのまま寝かせておこう。
翌朝、2日ぶりに息子に会う。朝ごはんにベーコンエッグを作ったけど食べてない。「どうしたの?」って化粧をしながら聞く。「僕、最近野菜が好きなんだ。」へぇーって思ったけど、時間がない。「ちゃんと食べなさいよ。」と言って家を出る。今日はプレゼンの日だから、パンツスーツだ。7センチのヒールで行く。
プレゼンは成功!私の案を聞く専務や常務のあの前のめりな姿勢を見ると決まったも同然。でも顔には出さず、部下への労いの言葉も忘れない。この案が決定したら、全員を飲みに誘おう。もちろん、私の奢りで。
今日は早く帰れる。大好きな息子とチーちゃんとゆっくり過ごそう。そうだ、息子の好きなチキンを買って帰ろう。
「ただいま。」
「え?お帰り。」と息子の返事
流石に今日は寝ていない。チキン買ってきたよ。と伝えても返事がない。「もう、部屋に入るよ。」ってドアを開けたら、部屋中柵がある。
「何?これ?」と聞いたら、「僕の檻だよ。」と息子が言う。
全く意味がわからない。
チーちゃんも一緒にいる。あれ?でもチーちゃん、ぬいぐるみみたい。全然動かない。
「あ、チーちゃん、死んだんだよ。知らなかった?」って息子が言う。
「あ、そっか。知らなくて当然だよね。仕事忙しいもんね。2日前に学校から帰ってきたら死んでたよ。寂しかったのかな?だから、僕、ずっと一緒に寝てあげてたんだ。で、お母さん、いつもお金がないって言ってるじゃん。だから、僕、チーちゃんになろうと思って、チーちゃんのエサしか食べてないんだよ。その方がお金かからないし、どうせ僕はお母さんのペットだからさ。あ、大丈夫だよ、お母さんはこのまま僕を可愛がってくれてたらいいからね。僕を育てるのは、お母さんがくれたスマホで十分だから。」
息子の話しを聞きながら、無性にプレゼンの結果が気になってきた。明日は早めに会社へ行こう。
満身の笑顔で息子は話している。私の表情も笑顔なのかな?