第一話 眠りの先に
一話目です。よろしくお願いします
「じゃあ、デザインはこれで全部なんで、完成品が出来上がったらよろしくお願いします」
電話を切った青年、黒崎悠はスマホを机の上に置いて椅子の背もたれに沈み込んだ。狭い部屋には本棚だけでなく様々な棚がところ狭しと並んでおり、そこに飾ってあるのはロボットのプラモデルだ。
本棚にもロボット関係の本が敷き詰められている。
そんな彼の机に広がっているのは、パソコンとペンタブで、描かれているのは人や動物ではなく、武骨で無機質な機械の数々。
メカニックデザイナー。
それが彼の職業だった。
「とりあえず、直近の仕事はこれで終わりか……やっと、一息つける……」
アニメーションからゲームまで、様々な作品に関わっている悠は、とある大人気シリーズのデザインをした頃から一気に仕事を任されるようになった。
それまで全くと言っていいほど仕事が無かった彼にとって嬉しい悲鳴であり、休みも取れず納期に負われながら丁寧にやり遂げていった。
そしていまこの瞬間、溜まりに溜まっていた仕事が全て完了したのだ。
睡眠時間を削り、眠くなるからと食事も最低限で済まし、外界との接触も断ち何百通りのデザインを仕上げていった。
最後に仕上げたのは、デビュー当時にお世話になった会社からの依頼だった。
「エロゲなのにどんだけロボット出すんだよ……抜きゲーなのかアクションゲーなのかハッキリさせてくれ……」
まだ苦手としているキャラクターデザインを頼まれなかっただけマシだったかもしれない。
東城キャラクターが多い作品で、ヒロインだけでも十数人。
それ以外にもボスキャラや悪役キャラまで含めれば三十人近くに及ぶ。それら一人ひとりに専用機を与え、主人公機に至ってはルートに合わせて機体を変更するため数パターン要求された。
「まあ……でも、楽しかったし、いっか……」
パソコンの画面に浮かび上がっているのは、主人公が乗るものでは無く、それを脅かす悪役が搭乗する機体だ。エロゲに出てくる、バッドエンドルートでヒロインを堕落させるキャラに合わせ、鋭角的な装甲や大剣が装備されている。
黒い兜や鋭く伸びた角、噛み合わさった顎などは竜を模しており、禍々しさを見たものに与える。
主人公機よりも力を入れてデザインしたこの機体は、事前に見せてもらったシナリオ通りならば僅かなシーンしか登場しない。活躍も真面にしないとなれば悲しくなるが、悠自身はこの機体を今回の仕事の中で一番気に入っている。
「とりあえず、今は、寝よう……」
スマホのタイマーを二時間後にセットし、ふら付きながら布団へと沈み込む。横たわってしまうと、何とかして保っていた気力は一瞬で消えてなくなり、意識は闇の中へと沈んでいく。目が覚めたら、先方から何かしらの返事が来ていることだろう。
そうしたら再び仕事へと埋没する毎日だ。
それが、この世界で最期の瞬間だということも知らず、深く深い眠りへと落ちていった。
**********
目を覚ます。息を吸う。ごくごく自然な行いなはずなのに、悠はどこかいつもとは違う感覚に陥っていた。
身体が軽いのだ。
今までの疲労が全て無くなり、体重や関節の重さも何もかもが無くなっている。
眠っている間に何が起きたのか。起き上がって確認しようとしたとき、ついに悠はその異変の正体に気が付いた。
「なんだってんだ、これ……」
高い声が自分の耳に入ってきた。酒焼けし、ガラガラになった今までの物とは似ても似つかない少年の声だ。しかしながら。それを発した自らの身体は声に似合い幼く、十代にも達していない子供の物へと変化していた。
ありえない。そんなことが起きるわけがない。
汗が頬を伝い、謎の寒気に支配されると、悠は身体を起こして周囲を見渡した。目に入ってくるのは見たこともない景色だった。
無機質な床に壁、硬いベッドは家賃を払っていた安部屋とはまるで違う。何か情報を得ようと、部屋の角にある机から本を取り出して中身を開く。それすらも、見たことが無い形をした文字で、書かれている。
だが、意味が理解できないわけではなかった。頭の中で勝手に変換され、読み解くことが出来た。
「これは、歴史書か。〝A.D1059年、アストレア帝国が魔獣戦線を撃退、これにより世界有数の魔獣核保有国となる″か……」
一般社会では聞いたことが無いような単語ばかりが並んでいるが、悠にはそれを聞いたことがあった。
眠る前に片付けた仕事のシナリオで、帝国と魔獣核の名前が重要と言われ、マーカーでしるしをつけられていた。
だがそれは、歴史書に描かれるようなポピュラーな話ではなく、発売もされていない十八禁ゲームの設定だ。
現状を理解するために、より深く読み進めようとページに手をかけたとき、ドアをノックする音がして思わず本を落としてしまった。
落下した本が足の指に直撃し、予想以上の痛みに耐えきれず蹲ってしまう。偽物とは思えない激痛が、現状は夢でないということを教えていた。
「若様、おはようございます。訓練の時間ですので、お迎えに上がりました」
武骨な扉の先から声が聞こえてきた。未だに成熟していないであろう少女の声だ。凛とした音に幼さと大人っぽさが同居したかのような綺麗な声に反応しようとしたが、痛みがそれを凌駕し返事をすることが出来ない。
「若様、失礼させていただきます」
「いや、あの、ちょまま」
声の主も返答が無かったことを不信に思ったのだろう。鍵のかかっていなかった部屋のドアを開けて悠の制止を無視して入ってくる。
「おはようございます。お体の調子はいかかでしょうか」
それは声の通り、いや、声から想像するよりも遥かに美しい少女だった。
水色の髪に赤い瞳。背丈や顔立ちの割に凹凸がハッキリとした体躯をタンクトップに作業ズボンで包んだ、人形のように完成された顔立ちをしている少女。頬や剥き出しになった腕は煤や土、汗で汚れているが、だとしてもそれを補って余りあるほどの美しさを有していた。
何より彼女の顔に、悠は見覚えがあったのだ。
「あ、えっと、若様って、俺のこと?」
なんとも間抜けな質問だったと悠自身も分かっていたが、自分が置かれている状況を確認するために重要な質問だった。
当然ながら、少女は何を言っているのだと如く顔を顰め、ついでに首を傾げた。
「あの、熱が下がっていないのでしょうか? 本日もまた訓練はお休みしますか?」
丁寧ながらもどこか棘が残っている物言いに精神的なダメージを受けるが、その返答で確認を取ることが出来た。
「いや、大丈夫、大丈夫、です」
足の痛みが引いてきたおかげで立ち上がることが出来た。すると横に丁度四角い鏡が目に入り、自分の顔を確認する。
「ッ……!」
その顔はつい最近見たことがあるものに酷似していた。
逆立った赤毛に、吊り上がった瞳。口元から見える八重歯は、二、三年ほど成長させれば、顔のいい悪役といったものになるだろう。
悠が力を入れてデザインした機体を手に入れる、そのキャラクターの物だった。
様々な情報を繋ぎ合わせていくと、現実的ではないがそれ以外にあり得ない答えが導き出されていく。
「あの、若様?」
膠着している悠を、流石に不安に思ったのだろうか、刺々しい声音は少しだけ柔らかくなっていた。
そんな彼女の姿は、やはり仕事を回された時点で出来上がっていたキャラクターデザインの一人によく似ている。
「君は、その、ステラ、か?」
「ええ。そうですが。本当に大丈夫ですか?」
この時点で悠の、いや、彼の推理は八割型は正解だと断言できてしまう。
そして、これが最後の質問だ。
「俺の名前を、言ってもらえるか?」
恐る恐る漏れ出た質問に、少女、ステラは心底疑問に思いながら溜息を吐いて返答した。
「アリス・ブラックボード。この民間軍事会社BBの若様じゃないですか。今更何を言ってるんですか?」
頭を抱えながら壁に寄り掛かった彼、アリスは大きなため息をつきながらズルズルとしゃがみこんでいく。
確定した。
確定してしまった。
ここは彼がいた世界ではない。
ここは、正しく、彼がメカニックデザインに関わったエロゲの世界だ。
「最悪だ……」
とりあえずテンプレ転生的なシーンですね。
ここから数話は説明回が続く予定ですので、よろしくお願いします。
欲を言えば、感想もお待ちしています。