宝探し。
舗装されていない獣道を進めば、横にぴったりアレックスとカトリーヌが張り付いてきた。
歩きにくいことこの上ない…が、二人とも怖いのかもしれないと思い当たってそのままにする。
前世二十五年、今世十五年。トータル四十歳の私から見たら、二人はホント可愛く思えてしまう。
「ところで…宝ってなんでしょうねぇ」
辺りを見渡しても普通の森にしか見えない。
「俺にも分からないが、宝というからには宝石や珍しいものだろう」
「では繁みを探れば隠されているのかもしれませんね」
「木のうろも探ってみよう」
アレックスと話し合っている間、カトリーヌはひたすら無言だった。
どうも、私の一挙手一投足を気にしているようだ。そんなに見なくてもいじめないんだけどな。
そうだ、先にそう宣言しておこうっと。
「カトリーヌさま、私何かあなたの気に障ることをしましたか?」
「いえっ、まさかっ」
「ならどうぞ怖がらないでくださいね。私はあなたに何も含むところはありませんし、危害を加えるつもりもありませんから」
「は、はいっ」
「今はみんな同じ研修中の身ですし、普通に接してほしいと思っています」
「めがみぃ…!」
「え、どこに?」
もしかして私のことが気になって、泉の女神が見に来てくれたのだろうか。
きょろきょろするが光り輝く存在は見えない。
「あの、カトリーヌさまは神の存在が分かるのでしょうか?」
「降臨されて…会話まで……これは夢……」
「落ち着け、カトリーヌ」
アレックスが乙女の頭部に手刀を落とす。
「グレイス、気にするな。カトリーヌはたまに意味不明な独り言を呟くんだ」
「はぁ」
「ほら、しゃっきりしろ」
「はいぃ~」
アレックスに腕を掴まれ、カトリーヌは目を潤ませて歩き出す。
その様子は気安げで親しみがあった。
ストーリーでカトリーヌとアレックスは多くの魔物を倒し、人々を救う。
その間にひっそりと、互いに片思いだと思いつつ愛と信頼を育んでいく。
今から二年後、アレックスは婚約者だったグレイスに別れを告げ、カトリーヌに告白。
最初は戸惑うけれど、自分の気持ちに正直になったカトリーヌが婚約を了承。
ってことは、すでに二人の間に恋心が芽生えているころだろう。
「恋かぁ…」
どさりと真横から音が二つ。
「え?」
見ればアレックスとカトリーヌが腰を抜かしていた。
「どうかしました?」
「グレイス、今なんて…」
「は?」
「グレイスさま、恋って言いましたっ?」
アレックスは蒼白な顔で、カトリーヌは頬を染めて私を見上げている。
「えぇ、言ったわね。ちょっと気になってて」
「グレイスに気になる男がっ?」
「それは誰ですかっ?」
腰を抜かしながら食い付いてくる二人の迫力が怖い。
「いえ、最近ある人と会話をしていて、恋という議題になったのです。それで考察してました」
「議題?」
「考察?」
「恋という定義が私には難しく…理解が足りないようで、もっと勉強しなくてはいけないと言われました」
きっとこれは女神様の新たなミッションなのだろう。
前回嫌われて婚約話を無しにすればと教えてもらい、うまくいった。
あの時の女神様の助言は具体的だったけど、今回は自分で考えろという。
そこに私の成長ポイントがあるに違いない。
よく分からないからと言って逃げちゃだめだろう。
「そうだ! カトリーヌさま」
「はいぃ」
「カトリーヌさまは恋をしたことがございます?」
「い、いいえっ」
「そうなのね。では殿下は?」
「……今はちょっと言えない」
「まぁ…」
アレックスは苦しげに目を逸らす。
「そうおっしゃるということは現在恋をされてる、もしくはしたことがあるということですね」
「ぐ…っ」
「うらやましいです。恋っていったいなんなのかしら」
それが分かれば魂がスカスカしなくて済む。
なんとか恋をしたいものだ。
私はため息をついた。
その時、シュッと音がして上空から何かが降ってきた。
体が勝手に反応して飛び退れば、黒いものが私たちの間に立ちふさがる。
「魔物っ…!」
「グレイスさまっ」
カトリーヌがクリスタルの杖を振り、光を放つ。正確に魔物の心臓部分を撃ち抜く腕はさすがだ。
魔物は目の前ですぐにさらさらと消えていく。
「あれっ? 跡形もない?」
「カトリーヌさま、今のは幻影の魔物ですわ」
「幻影?」
「はい、どなたかの幻術による幻影です」
杖を構えたまま、カトリーヌが首を傾げる。
と、アレックスが身構えた。
「グレイスっ、後ろだ!」
「あら」
うさぎサイズの魔物が集団で襲いかかってきた。
私は自分の杖を取り出し、機関銃のように光の弾を撃ち、魔物を追い払う。
「幻術なら無視してもいいのでは?」
カトリーヌも杖を振って魔物を仕留めながらアレックスに問う。
「いや、優秀な幻術使いであれば、本物と変わりない攻撃力のある魔物を生み出せる。しかも幻術の傷でも痛むし出血するぞ」
「なるほど」
「それに幻術の魔物の中に本物が紛れ込んでる可能性を考えなくては」
「殿下の言う通りよ」
私がうなずくとカトリーヌはクリスタルの杖を力強く握る。
「了解です! 殲滅します!」
「え?」
そう叫ぶとカトリーヌは走り出した。
「カトリーヌっ?」
「闇雲に走らない方がいいわ。罠があるかもしれないから」
「あったら潰します!」
「そこから本物の魔物が飛び出す可能性もあるぞっ」
「速攻でふっとばすんで問題ないです!」
そこからはカトリーヌの独壇場だった。
ガンガン光を放ち、魔物を打ち、逃げるモノを追いつめて消す。
容赦ない、そして戦略とかない力任せの攻撃力に正直見惚れる。
仕留め損ねたものはアレックスと私で倒す。
「あら?」
ふと何かの気配を感じ見回せば、大木のくぼみに子猫がいた。三毛猫だ。
「みゅ~」
辺りに兄弟や親猫らしき存在はない。
「あなた、はぐれたの?」
そっと手を伸ばせば指先に鼻を寄せ、ふんふんと嗅ぐ。
そして手にすりすり頭を押し付けてきた。
「か…かわいい」
子猫は私のローブにしがみつき、よじ登ってくる。
落下しないよう手を添えてやると、にゃごにゃご鳴く。
「仲間はいないの?」
「にゃ」
「やだ、言葉分かるのね」
「にゃん」
「……あなた、うちにくる?」
「にゃう!」
賛同をもらったので、スカーフを外してそれでくるむ。
振り返ればアレックスが身もだえていた。
「殿下、具合でも?」
「いや、なんでもない」
アレックスは何度か深呼吸をして、落ち着きを取り戻した。その手には不思議なきらめきを放つ手のひらサイズのリングが握られている。
「殿下、それは?」
「魔物を斬ったら、落ちてきた。おそらくこれが宝だろう」
「魔石でしょうか。よかったですね」
「うん。カトリーヌはどうだった?」
「真珠に似た玉が落ちてきました」
「まぁ、きれい」
傷一つない真円の小粒。ネックレスにしたらさぞかし彼女の肌に映えるだろう。
「どうやら魔物を倒せば宝が落ちてくるようだ」
「すばらしいですわ」
「あとはグレイスの分も手に入れなくては」
アレックスがそう言って周囲を見回したが、魔物はすでにすべてカトリーヌが殲滅した後だった。
「あぁぁ…すみません」
「いいのよ」
「もっと奥まで行けばまた出てくるだろう」
アレックスの提案に乗り、しばらく歩くが森はしんとしたまま、魔物の気配はない。
「いなそうですね。戻りましょう」
「いや、もう少し奥に行けば…」
「でも時間切れです、殿下」
「しかし…」
「も…申し訳ありません、私が見境なく突っ走ったせいで」
カトリーヌは青い顔をして震えている。
やだな、これ。私がいじめてるみたいじゃない。
「カトリーヌさまのせいではございませんわ。それに…」
「それに?」
「教官はおっしゃってました。森の中にあり、一目で宝と分かるはずだと。それなら私はこの子が宝だと思うの」
大人しく私に抱かれていた子猫は「みゃう」と答える。
ホントかわいい。
「名前はどうしようかしら」
名前の候補を頭に浮かべていたら、胸がぽっと熱を持ったような気がした。