十五歳になりまして。
アルドリッジ魔法学園に入学した私は学業に邁進した。
アレックス王子は私に負けて以来、こっちに一切関わってこない。
女神様のアドバイス、めっちゃ効果あった! 前世の虫除けよりすごい!
私は大感謝して三日に一度、泉へお供えを持っていってる。
そしてあっという間に私は十五歳になった。
ここで小説のおさらいをしておくと、この世界では魔物が闇の力を使い人に危害を加え勢力を伸ばそうとしている。
地の果てには魔王がいて魔物を統率してるらしいけど、まだ誰もその姿を見たことがない。
魔物を倒すのは太陽の光エネルギーと月の光エネルギー。
私たちは天から降り注ぐ光から力をもらい、魔物と戦う。
陽光エネルギーは攻撃力が高く、魔を打ち祓える。
ただ太陽が沈んでる間は使えなくなるので、陽のあるうちに各自が持つアイテムに力をチャージしておく。
基本的に人間は太陽の属性。私もそう。
月光エネルギーは主に浄化パワー。
陽光に比べると攻撃力は落ちるけど、魔を浄化できる。
こっちは満ち欠けで月光の強さも変わり、チャージするのも一苦労。
新月の日はチャージ済みアイテムさえ使えなくなるので、必ず太陽属性の人間と行動しなくてはならない。
月の属性を持つ人は珍しく、千人に一人くらいの割合。
そしてこの国は完璧な実力主義だった。
なのでヒロイン、カトリーヌのように平民出身でも莫大な力を持っているなら、王族とも婚姻可能。
ちなみに私の力もなかなかよ?
剣技を習い始めてから、体力がついたようで扱えるエネルギーも格段に増えたし。
そのおかげで実技は校内トップだったんだけど……この前、中途入学してきたカトリーヌにあっさりその座を奪われた。
まぁ、ヒロインだもん。そうなるよね。
私の感想はそれ位なんだけど、周囲はざわめいた。
「なんてこと…! ろくに教育もされていない田舎娘がグレイスさまの上に立つなんて!」
そんなことを言ってるけど、実力主義の国なんだから、しょうがないじゃない。
「あの方、マナーもルールも分かってないのよ。この間は不敬にもアレックス殿下と腕を組んでました」
「エイベルさまとも図々しく手を繋いで歩いてたのも見ました」
「まぁ、やはりお育ちが……」
「食事の仕方なんて、手掴かみで野蛮人そのものでしたのよ」
今日も雀たちが姦しい。
ちなみにエイベルとはキャナダイン侯爵家の長男。小説に出てくる人物の一人だ。
「早速ストーリーが始まってるのねぇ」
私は青く広がる空を見ながらのんびり紅茶を飲む。
私がいるのは二階の応接室。貸し切ってランチを楽しんでたら、その窓の下で令嬢たちが騒ぎ始めたのだ。
「今回の成績結果を受けて、カトリーヌは王宮からクリスタルの杖を授与されるそうよ」
「クリスタルの杖を? ……まさか、殿下の婚約者候補に連なるとでも?」
「殿下にはグレイスさまがいらっしゃるでしょう」
「魔力量ではお二人とも同じくらいだと聞くわ。王家に月光の使い手はいないから、取り込んでおくつもりでは……」
「そんなのイヤよ!」
「当然! やっぱりグレイスさまじゃなくては誰も納得しませんわ」
「そういう意見をふまえて、殿下が二人を娶る可能性も…」
「おいたわしい、グレイスさまっ。いくら実力があるとはいえ、あんな者と同格と思われてしまうなんて」
静かにお茶を飲みたいなぁ。
しょうがない。
「あなたたち」
「ひっ、グレイスさまっ」
私は窓から顔をのぞかせて、しかめっ面を作る。
「何を下らないことを言ってますの? この国は実力主義。強いものが正義よ」
「そ、うですが、あのカトリーヌは……」
「まだ学園に慣れていないのだから、大目にみなさいな。あと、殿下の婚約者なんて誰がなってもいいじゃない」
「えっ?」
投げやりに言えば、令嬢たちがぽかんとした。
「誰がなっても…?」
「そうよ、あなたたちだって充分な実力があるわ。立候補してみたらいかが? あとは殿下のお好み次第でしょう?」
「そう、なんでしょうか?」
「そうよ」
「でも、私たちはグレイスさまを応援して……」
私はこぶしを握り、声を強めた。
「私は殿下と結婚なんてお断りよ」
「グレイスさまは王家に嫁ぐのでは…」
「ありえないわ」
「えぇぇぇ!」
姦しさを止めようと思ったのにもっと甲高い悲鳴になっちゃった。
ほんと、今日はにぎやかだなぁ。
「では、グレイスさまはどなたと婚姻を?」
「決まってないわよ、してもしなくてもどっちでもいいってお父さまはおっしゃってくれてる」
「そんな、グレイスさまほどの美貌と能力を一代限りで終わらせるなんて、国の損失です」
「そう言っていただくのはうれしいけれど、私は私の好きなように生きるつもりよ。ちなみに私は剣の道を極めて最前線で戦いたいと思ってるの」
「えぇぇっ!」
婚約回避できたんだから、あとは好きにしていいよね。
自分が楽しいと思えることをして魂のスカスカを直して神様女神様に見てもらいたい。
「あの、ではグレイスさまにお好きな方はいらっしゃらないの?」
「いないわ」
「えぇぇ~っ!」
「おかしい?」
「おかしい、というか、その……求愛のアプローチをたくさん受けていますよね」
「え? そんなのされたこと無いわよ」
私の答えに令嬢たちはシンと静まる。
ややあって、互いに視線を交わし合う。
「……もしかして、グレイスさまはまったく気付いていらっしゃらないという噂が真実なの?」
「え、あれだけ恋の熱視線、集中砲火を浴びといて?」
「まさかのスルー? 素で?」
「男子たち、気の毒!」
何を言ってるんだろう。
そう言えば前世の女子たちもおしゃべりに夢中で、こうやって盛り上がってたなぁ。
面白みのない私はそこに混じるなんてできなかったから、今みたいに遠目で見てたけど、本当にキラキラして可愛い。
「あなたたち、楽しそうねぇ」
「はい! グレイスさまもぜひご一緒に!」
「恋バナしましょう!」
「恋バナ?」
「男子の残念アプローチ、いや不発アプローチの話がしたいです!」
「残念? 不発?」
私が首を傾げたら背後から低い声が聞こえた。
「お前たちは大声で何を…」
ドアを勝手に開けて、アレックスが顔をのぞかせている。
そう言えばこの隣は王家専用控え室があったなぁ。
「あら、殿下ごきげんよう」
「くだらない会話が隣の部屋まで聞こえてるぞ」
「それは失礼しました」
私は窓の下を振り返る。
「殿下がお見えよ」
「え!」
「殿下は皆さまとお話したそうなので上がってきたら?」
「えぇっ?」
「グレイスさま、それは違うと思いますっ」
「殿下は私たちじゃなくてグレイスさまとっ」
令嬢たちが叫ぶと、アレックスは窓から顔を出し、下へ怒鳴りつけた。
「お前たち! 勝手なことを言うな!」
「きゃぁ!」
「失礼しました!」
令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「まぁ、かわいそうに。何も怒鳴らなくてもよろしいのに」
「ふん、お前もああいう低俗な話が好きなのか?」
「私は好きでも嫌いでもありませんが、殿下は昼休みに高尚な話をする女性がお好みですか? さすが王族ですねぇ」
「……」
「感心いたしました。以前より見識を深めていらっしゃるようで、臣下としてご尊敬申し上げます」
ちょっとは悪ガキから成長してるらしい。
ってか、久しぶりに会話したわ、この人と。
昔と違い、背も高くなって見上げてしまう。
今は苦々しい表情してるけど、基本的に顔はいいし、態度や仕草に大人っぽさが増して、女子からの人気は盤石になってる。
「それにしても…まだ私との婚約なんてデマが残っていますのね」
「デマ…」
「殿下が早く婚約者を見繕わないからですよ。しっかりしてくださいな」
「グレイス嬢! そのくらいで勘弁してやってくれ」
「エイベルさま?」
アレックスに付き従ってた侯爵令息エイベルが青い顔をして私を遮る。
「殿下、隣で少し休憩しましょう」
「…そうだな」
「殿下…」
「いいんだ、わかってる」
片手で顔を覆い、アレックスはしょんぼりと応接室を出て行った。