元Sランク冒険者クリュー、突然可愛い娘が出来ました。
それはまさに、青天の霹靂だった。
『この子は貴方の子です。しばらく預かって下さい。ミリーナ』
元Sランクの冒険者クリューが宿に帰宅すると、そんな手紙を持った幼い女の子がいた。
年齢は4、5歳くらいか。
手紙の最後にある名【ミリーナ】とは、冒険者だった頃パーティを組んでいた仲間。
名はミリーナ=ライド。
見た目だけなら美しい金髪の二十代の女性だった。
そして彼女の耳は、ここに居る子供と同じく尖っていた。いわゆる、彼女はエルフと云われる種族だった。なので正確な歳は知らない。
まぁ、訊いた処で殴られる事間違いないが。
しかし幼き子とはいえ、雰囲気がミリーナに良く似ている。だから、ミリーナの子で間違いないだろう。
さて、ここで1つ大きな問題がある。
この子の父親は本当に"私" なのかという点である。
私は40そこそこ、見た目も悪くなくSランクの冒険者をやっていた事もあり、女性に困った事はない。
だが、パーティ内の女性には、絶対に手を出さないと決めていた。だから、全く身に覚えがないのだ。
なのだが、コレには"貴方の子" と書いてある。
酒に酔って? と普通チラッと考えるかもしれない。だが、自慢ではないがいくら飲んでも酔わない体質だ。なのでありえない。
「キミ。名前は?」
考えても仕方ないので、クリューは膝を床に付け目線を合わせると、とりあえず名前を訊いてみた。
名前からヒントを得る事が出来るかもしれない。
「ミクリ」
「…………」
「パパとママのなまえから、とってつけたんだって!」
「ソウデスカ」
無邪気な笑顔でそう言われて、クリューは肩をガックリと落とした。
ヒントどころか、聞かなければ良かった。
ミリーナと私のクリューを足せばミクリだ。
「ママは何処に行ったのか、知ってる?」
「なんかころしてくるっていってたよ?」
「ソウデスカ」
ミリーナは娘に何て事を言って去ったんだよ。
物騒過ぎて泣けてくる。
とにかく、何を殺すか知らないけど、ソレが終わったら帰って来ると言う事なのだろうか。
「パパ、ミクリおなかがすいた」
そう言ってミクリはクリューの袖をツンツンと引っ張った。
「パパじゃないんだけど、ご飯にしようか。何食べたい?」
「ファイアードラゴンのステーキ」
「うん。おじさん現役じゃないから、死んじゃう案件だね。とりあえず食堂に行こうか」
クリューは自分の部屋から踵を返し、ミクリの小さな手を握った。
ミリーナ。小さな子に何を食わせているんだよ。
ファイアードラゴンなんて、一般の店になんかないから。冒険者だった頃にだって、狩り獲らない限り中々手に入らない肉だ。
◇ ◇ ◇
クリューは幼いミクリの手を引きながら、今後の事を考える。
さて、本当にどうしたものかと。
ミリーナが何を殺すつもりかは、とりあえず置いといて……どうしてこの子を自分に預けたかと言う事だ。
【貴方の子】と言うけれど、身に覚えはない。
それとも、この世界では既成事実がなくとも、女性は子を成せるのだろうか?
クリューは首を傾げていた。
クリュー=ブライト。42歳。
前世は日本人で元会社部長。
幼い頃記憶を戻し、前世の記憶を保持して生きているのだった。
日本では、ピー(自主規制)をしないと子供は出来ない摂理である。しかし、この世界は違うのかもしれない。
しかも彼女はエルフであった。
人族の自分には知らない事もあるのかもしれない。
「パパどこいくの?」
考えながら歩いていたら道を外れて歩いていたらしい。ミクリがツンツンと袖を引いた。
「ゴメンゴメン。道を外れてたね。ちなみに私はパパじゃないんだけど」
「え? じゃあママ?」
「性別の垣根」
クリューは天を仰いだのだった。
宿から歩いて、5分程の大通りにクリューのいう食堂がある。
冒険者のギルドが併設されていて、ここは一般人より冒険者が多い食堂であった。
カランコロンと心地良いドアベルの音を鳴らしながら、クリューはミクリを連れてカウンター近くのテーブル席に座った。
「よう。クリュー」
「なんだその子。アンタの子供かよ?」
「子供なんかいたっけか?」
クリューが食堂に足を踏み入れた途端に、冒険者仲間や顔見知りから、やんややんやと声が上がった。
クリューが引退してしばらく経つが、子供が出来たなんて話は聞いた事はない。しかし、モテるのも確かな処、誰か一人に落ち着いたのかと想像する。
「マリアちゃん。とりあえずオレンジジュースとコーヒー」
噂をされる事は慣れているから、クリューは周りの声を無視し店員に注文する。
この店員はミクリと同じエルフの子だ。
ミクリも親近感が湧いて良いかなと、この店に連れて来たのだった。
「コーヒーはいつものブラックですか?」
「濃いめで頼む」
「分かりました〜」
半ば混乱中のクリューは、苦いコーヒーで頭をスッキリさせたいと思ったのだ。
「メニューは読める?」
「すこしならよめる」
「じゃあ、分からなかったらおじさんに訊いて、食べたい物を探してみて」
「うん」
ミクリには少し大きいメニューを手渡せば、大きく頷いて一生懸命に選んでいた。
「クリューさん。お待たせ。濃いめのコーヒーとえっと?」
「あぁ」
マリアはそう言ってミクリを見たので、クリューはミクリに視線を促した。
自分で答えられるかな? と。
「ミクリです!」
元気に挨拶をすれば、店にいた人達はミクリの笑顔に蕩けていた。
「ふふっ。ミクリちゃんと言うのね。何歳ですか?」
「ひゃくではありません」
だろうね?
店員を含め全員が笑いを堪えていた。
「ちなみにマリアちゃんはいくつ?」
揶揄う様に誰かが言えば、もの凄い形相でマリアが睨んでいた。
「あっ、そうだ。マリアちゃん」
コーヒーを一口飲んだクリューは、ふとある事を思い付いた。
ミクリのためにと、エルフのいるここを選んだのだが、ちょうどいいから聞いてみようと思ったのだ。
「なんですか?」
睨みを笑顔に変えて振り返るマリア。
だが、クリューが爽やかな笑顔で訊けば、次の瞬間顔が笑顔のまま固まった。
「子供の作り方、教えてもらえる?」
ブブーーッ!!
その瞬間、お客が全員飲み物を吹き出した。
「え? え?」
おかわりを貰えるかな? と訊く様に、サラッと爽やかにとんでもない事を訊かれたマリアは、頭が真っ白になっていた。
「子供の作り方を教えて?」
聞こえてなかったのかな? とクリューは改めてニコリと爽やかに訊いた。
「て、店長ーーっ!! クリューさんが壊れた!!」
マリアは顔を真っ赤にさせるとトレーで顔を隠し、叫びながらカウンターにいる店長の元に走り出した。
普段のクリューから、こんなセクハラの様な言葉が発せられるなんて、考えられなかったのだ。
「おま、お前っ!」
「なんつー事を訊くんだよ!?」
「どうしたクリュー。頭がイカれたのか?」
馴染みの客からは、瞠目されどうかしたのかと心配までされてしまった。
「いや。素直に子作りと言うモノに疑問を感じてだな」
クリューは基本、根が真面目で素直だった。
ミリーナと子作りをした覚えもないのに、ミクリがいる。
この世界では、あるいはエルフでは子作りの概念が全く違うのかと真剣に考えていたのだ。
「どんな疑問なんだよ!?」
「そこにお前の子がいるだろうよ!」
客の冒険者仲間からは、驚愕した様な目で見られていた。
「お前、童○じゃねぇだろう!?」
「それなりに経験はある」
「じゃあ、なんで今さらそんな事を訊くんだよ? あれか? マリアちゃんに惚れちまったのか?」
冒険者仲間は、マリアに惚れたクリューの口説き文句の1つだと勘違いしたらしい。
「違うが。エルフの子作りに興味がある」
「「「…………」」」
皆、絶句である。
「クリュー、少しコッチに来てくれるか?」
これだけのセクハラ発言をすれば、当然店長である元冒険者に呼ばれるのは仕方ない話である。
事情を話したクリューは、日頃の行いが良かったおかげもあり、お咎めなしとされた。
とりあえず、冒険者仲間にも事情を知らされ、冒険のついでにミクリの母、ミリーナを捜してくれるとの事になった。
ミクリはクリューに懐いているので、無理に離すのは可哀想だと、結局クリューが面倒を見る事になったのであった。