第7鮫 シャチの人生の原罪
多分本作で1番シリアスな回になりますが、次回以降は別にそんなことありません。安心してください。
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SIDE:マコト・シン
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ここから徒歩で半日の距離にある廃町……。
そこには、どうしても思い出したくない真実が待っている。
本当に行かねばならないのか?
正直に言えば行きたくはない。あんな場所に行って、余計なことを記憶に呼び起こしたくは、ない。
「すいません、私はそこへは行けません」
だから、こうシンプルに一言で気持ちを表した。
「ん? 何か問題があるシャチか?」
「俺達がついているし、そもそもお前だってシャチオルカ。心配することは無いもないと思うオルカ?」
やめてくれ、優しい態度で接してこないでくれ。
私は罪人なんだ、こんな場所にいては行けないんだ。
だが、この状況も全て、己の罪と向き合えという神からの試練なのだろう。
「すいません、さっきのは軽いジョークです。忘れてください」
こう返せばいいんだろう! 神様!
もう退路は断った。鯱一郎もホワイト・シャチオットへの変身が完了している状態だ。
「さあ、出発するシャチ」
そして、馬車は出発した。
私という罪人を乗せて。
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たどり着いた先は、建物こそ残っているが、人っ子一人いない殺風景な街だった。
手入れされていないためか建築物を植物のツタが侵食しているなどはザラで、舗装されていた道路もどこからか飛んできた砂に埋もれつつある。
そして、何よりも気になるのが、少し立っているだけでも感じる何が腐った妙な臭いだ。
おそらくどこかにある死体の残り香だろう。
「正しくゴーストタウンオルカ」
「寂れているにしても、世紀末な雰囲気で少し嫌シャチ」
鯱崎兄弟は呑気に感想を述べているが……私はそういう訳には行かない。
何故なら、私はこの街がこうなってしまった理由を知っているからだ。
そのせいで、自分の口がどうにも開かない。
しばらく黙っておきたい気分になっている。
「マコト、どうしたシャチ?」
「具合でも悪いオルカ?」
しかも、鯱崎兄弟は2人揃って私を心配し始めた。
こんな私など放っておいた方がいいのに。
「御二方、どうしても今、告白しなければならないことがあります」
「?」
「どういうことシャチ?」
だが、もうこの際――告げてやろう、私という人間の罪を。
「この街を滅ぼしたのは私なんです」
――語ろう、己の悪業を。
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私はとあるアミキナ王国領土にある種族が混合した平和な村の生まれで、それはもう元気に育ってきた。
生まれつき目が悪く、メガネ無しでは生きられない体質だったものの、村が文明的に発展しておりその辺は問題なかった。
また、元々植物採取や動物研究が好きで、そこで毒を持つ植物や生き物達に惹かれていき、自然と毒そのものが好きになっていた。
親や周りにやめろと言われても、それでも続けた。
何せ楽しかった。ただの植物や生き物を食すだけで人の体に悪影響を及ぼすというのが不思議で仕方なかったんだ。
考えてみれば、逆に解毒が趣味のメアリーがいなければ私は村から追い出されていたかもしれない。
その自覚は当時からあった。
もちろん、人を殺してはいませんよ? 趣味の行き過ぎで殺人を犯すのは快楽殺人鬼のやることだ。
……当時はまだそう思っていた。
時が経ち、15歳の頃(半獣人種はヒト種と同寿命同成長)、医者になりたいと考え始めた。
理由はシンプルで、趣味で迷惑をかけてきたみんなに恩返しをしたかったから。
当然、それは受け入れられ、当時はもう恋人関係だったメアリーとも離れ離れになることまで飲み込んで王都へ医者の資格を得るための移住を行った。
ただ、そこでの生活は地獄そのもの。
不慣れな医療魔法や回復魔法の習得に手間取り何度泣いたことか!
医者なら護身術が必要だと適性のある雷魔法を無理矢理覚えさせられ理不尽を感じ続けたか!
「医者になりたいなんて思うんじゃ無かった」
こう独り言を呟いたことは1度や2度ではなかった。
だが、それでも、自分を受け入れてくれている村への恩返しをしたい。
病や怪我に苦しむ村人を1人でも多く減らしたい。
その一心で、努力を続けた。
正直、裏で趣味の毒研究を続けていなければ心が折れていたのは間違いないだろう。
それから、5年の月日が経ち、私は20歳になった。
いつの間にか敬語で喋るのも板についてしまい、元々自分がどんな口調だったのか忘れてしまっていた位には過酷な日々を過した。
ただ、その分医療学校では優秀な成績を修めて卒業。
その後は、研修として2年勤めていた王都の大病院でもオールマイティに活躍したと評価された。
即ち、その時点でのアミキナ王国基準で立派な医者に成長しており、村に帰ってそこで町医者をしても問題ないだけの力をつけることが出来たのだ。
「ついに帰れる、みんなどんな顔しているのか楽しみだ。メアリーも元気だといいな」
私は、意気揚々元気いっぱいな気分で村へと帰る道を歩いた。
この時間は本当に楽しかった。
歩いているだけで楽しいなんで子供の頃じゃあるまいし……と思ってしまう程。
だが、それこそがピークだった。
私が楽しく生きていられる、人生のピークだった。
「みんな、帰ってきましたよ!」
私は、精一杯大きな声を上げなら村へと帰ってきた。
皆が迎えてくれると期待して土を踏んで歩き続けた。
だが、そこで私を待っていたのは……燃え盛る村という、まるで地獄のような景色だった。
何が起きたんだ?
そんな困惑がずっと止まらない。
だっておかしいじゃないか。
皆が私を待っている。だから私は皆の期待に応えるため、この5年間努力してきたんじゃないか。
なのに、なのに、なのに!
どうして村が燃えているんだ!
何かの事故で家々へと延熱したのか?
そうだと言ってくれ、せめていつかは起きることだった、そんな偶然だと言ってくれ。
私はそう思いながら、必死に燃え盛る村を走り回った。
もはや救いようのない燃える死体の数々を前に私は発狂寸前だった。
しまいには、家族の元へ向かった先に……何故か見知った形の手足だけが家の周辺に落ちていた。
これは、両親の手足だ。
愉快犯による快楽殺人なのか……。
嫌だ、こんなの夢に決まっている!
この時は必死にそうであって欲しいと願い続けた。
そんな私の前に現れたのは、メアリーだった。
私の家族を守ろうと戦い、下半身を何かに噛みちぎられ、今にも死に絶えそうなメアリーだった。
私は何とか彼女を救おうと、精一杯の回復魔法を使ったが、10分程の延命処置が限界。
あくまで5年の勉学と実習や実践だけしか経験のない私はまだまだ未熟な医者でしかないと証明しているようなものだ。
そんな中でもメアリーは、私にせめてその10分だけでも話そうと声をかけてきた。
「マコト、5年振りね」
「……そうだねメアリー」
私は、恋人であるメアリーと語り合った。
この5年間にあったいいことも悪いことも、燃え盛る村のことを忘れて、ギリギリまで語り合った。
だが、あと1分という時、メアリーは私にこう言い残した。
「ごめんね、これだけは伝えたいの」
「なんだい」
「この村を爬虫類に似た顔がついた大きいミミズみたいな怪物が火を噴きながら暴れ回った。だからこうなったの」
それは、"敵"の話だった。
「その怪物の上に、豚人種の男が乗っていたわ。そいつがこの事件の黒幕よ」
「何だって!?」
明かされる"敵"の正体。
更に、最後に残された10秒、メアリーはこう言い残した。
「マコト、お願い。みんなの仇をとって」
それは、僕にとって呪いの言葉になった。
復讐をしなければいけないという呪いに。
それから、僕は必死に犯人を探した。
自らを新種の魔獣を作り出す力を持つ豚人種となれば特定も難しくはない。
目的はただひとつ、自分の村を焼いた"敵"を殺すこと。
この思いを胸に、毎日、眠りすら疎かにするほど必死に彼を探し続けた。
結果、ナコンアダという街にその者がいると特定することに成功した。
その瞬間、私の脳裏に『彼を同じ目に遭わせたい』、そんなドス黒い感情が渦巻いた。
結果、行ったことはシンプルだ。
村のあらゆる水路に毒を撒き、街の人間を"敵"諸共殺した。
同じように家族を、友人を、恋人を失いながら死ぬ。
それこそが私の復讐だった。
ああ、気付いていたさ、己の行いが、正しく毒で人を殺す快楽殺人鬼そのものになっていたと。
気分が晴れたどころか後悔しかない。
たったひとつの判断で、無辜の民を虐殺したのだから。
「復讐なんて、するんじゃなかった」
そんな後悔の言葉からか、贖罪にもならない旅医者としての活動を始めた。
何の因果か、上手く行きすぎて証拠を残っておらず、自分が犯人であると自首することすら許されない地獄が生まれており、少しでも罪を忘れたかった。
この行動は偽善ですらないが、何故か様々な人々と触れ合う中で己の罪を記憶から封印するようになっていき、ついさっきまでこの記憶も都合のいい部分だけが残っていた状態という始末。
半獣人種であることを表に出さずヒト種であろうとするのもまた、己に対する防衛本能に過ぎない。
何を思ったのかアミキナ王国に活動拠点を戻した事が、結局は偶然の重なりで呼び覚まされることになったのは因果応報ということなのだろう。
その罪を、私は鯱崎兄弟に語り尽くした。