第5鯱 鯱形つかい〜The orcamaster〜
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SIDE:鯱崎鯱一郎
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スネークビートルを倒したことにより、どうせ豚ヘビには追いつけないと割り切って今いる部屋を探索することにしたシャチ。
「マコト、そこの机を調べてみてくれないかシャチ? 結局豚ヘビに逃げられた以上は根本的な解決手段を別に調べておくべきシャチ」
「わ、分かりました」
ただ、調べるのは1つの机のみ。
こういう面倒な場面は彼に任せてしまおう。
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「これは……何でしょうか?」
マコトが調べた上で目星をつけたものは、紫色の液体が1㍑は入った透明な貯水タンクだった。
わざわざご丁寧に『ヘビ吐き病』とメモ書きまでされてある。
その貯水タンクの配置部から下には何が地下へと繋がるパイプ穴があり、ここを経由して村の感染者を増やしていたと見るのが良さそうシャチ!
すると、マコトはその貯水タンクを指してこう告げた。
「なるほど、この液体が〈ヘビ吐き病〉の正体でしたか。御二方、私はこれを持ち帰って特効薬を作ります。これでも毒専門の化学者を兼任していまして、その技術を応用できる気がするんです。一応、腕だけならシャチなんですよ、私」
そう言われてしまうと、実は特効薬を作るぐらいなら可能だと前に出るのは野暮シャチ!
清々しい気持ちで、マコトに全てを任せる事にした。
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それからしばらく経ち、俺達は洞窟から出てまたホワイト・シャチオットへ変身、そのまま村へ直進して帰還した。
「みんな、いい物を持ち帰ってきましたよ、大勝利です」
「シャチ」
「オルカ」
帰ってきた途端村人達に野次馬の如く囲まれたが、無事生還したことを素直に歓喜してくれている様子だ。
「おかえりなさい!」
「生きててよかった!」
「待っておったぞ!」
思えばこれまでの10年は魔獣に手を出しているのもあって人との関わりを避けた行動が多かった。
こうやって己の行動を素直に喜んで貰えるのはなにかこそばゆい。
だが、その空気も持ち帰った品の正体を語ると変わってしまう。
「おっと、皆さんあまり私達に近づかないでくださいね。このタンクに入っているのは正真正銘〈ヘビ吐き病〉の病原菌ですよ」
どよめく村人達。
もちろん、それを元に特効薬を作るのだと想像がつくのか非難轟々ということにはならなかったが、集まる村人達の塊がモーセの海の如く開いていき、診療所への道が作られていくのは少々シュールだ。
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診療所へたどり着くと、マコトは試験管などが並んだ理科室のような机の上に立ち、〈ヘビ吐き病〉の特効薬を作り始めた。
「俺達も手伝おうかシャチ?」
「いえ、御二方は休んでいてください。本職がちゃんと医者なのは私なんです、私が作らなければ村の人達に示しがつきませんから」
しっかりとマスクを付けて完全防備にしたマコトは、タンクからスポイトした〈ヘビ吐き病〉の性質を調べ、手持ちの様々な薬品で実験を始める。
もはやこちらが邪魔しては行けない雰囲気になったので、診療所からは一旦離れる事にした。
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そして、作業を進めること4時間と20分、間で仮眠を取ったりもしたが、それでもいち早く作業は終わったようで、診療所に戻った。
「完成しました」
汗を拭きながらも、最後の確認も終わったのか彼の安心した表情が視界に映る。
続けて、彼はこう言った。
「この薬は"メアリー"と名付けましょう」
わざわざ自作品に凝った名前を付けるとは、こちら側の思想も少なからずあるようだ。なら、少し揺さぶってやるのが礼儀だろう。
「お疲れ様シャチ。その名にはどういう意味があるんだシャチ?」
「ああ、そうですね。これは、昔居た恋人の名前です。昔の私は毒を作る方は慣れていても血清だったり解毒剤は苦手で、その分野に専攻していた彼女に色々教えてもらっていたんですよ」
思ったより未練おこがましいシャチ!?
だが、それについては弟がフォローしてくれた。
「それだけ拘って作ったということオルカね、いいセンスオルカ」
流石は我が弟、こういう場での立ち回りは俺より優れている。
そうして薬は完成し、村人一人一人が所持している状態を完成させることが出来た。
小さな液体瓶に入った少量の薬といった見た目で、予防の効果こそないが感染を確認次第すぐに飲めば体内のヘビの核は消え、加えて〈毒型〉の毒も体から抜けるという効果なようだ。
元々これ以上感染者が増えないように持ってきた毒を改良してこれに変換した為、実質的に〈ヘビ吐き病〉の病原菌は全て死滅したも同然。
つまり、ラブコ村に平和が訪れた!
「「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
マコトが村人に薬を配り終えると、歓声が湧き上がった。
ついに村から恐怖は完全に消え去ったのだ。
そんな状況を前に、マコトは村人達にこう告げた。
「ここまでやりきれたのは鯱崎兄弟の御二方のおかげです。そこで、今夜の宴の主役は私でなく彼らにして頂けないでしょうか」
なんと、思いっきり俺達を持ち上げだした。
確かに言っていることは事実ではある。
ここは素直に受け止めておこう。
弟も考えは同じなようだ。顔を見るだけでわかる。
「俺達がこの村を救ったんだシャチ!」
「豪勢な食事を期待してるオルカー!」
「凄ェ!」
「流石ァ!」
「でかした!」
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それから時間も経ち夜になり、村での宴が始まった。
酒池肉林とも言える豪勢な食事――実際のところ、味付けが日本人向けではなく、あまり舌に合うモノでもなかったが気持ちはありがたいのだ――に、村の伝統らしき不思議な踊り、灯される火で明るい村では皆が酒を飲み盛り上がっている。
「これも全てシャチの力シャチ!」
「英語ではオルカだオルカ!」
そこで俺達は、盛大にシャチの凄さについて語っていた。いや、語らない理由がない。
『俺達は異世界人である』という点は事前にマコトとも話を合わせて話題にするのを控えて『自分が住んでいた地方の伝説の海洋哺乳類』としたが、何よりもその強さ、圧倒的生態系の王者としての誇り、大きさとスピードを併せ持った凶暴性を語り尽くしてやった。
あと、サメという生物を誇張してとにかく弱い弱小小魚として語った。
「シャチとは、神様なのですか?」
その話に対して、シルーべの奴がそんな疑問を持ち始めた。
そう思っていないのもあるが、流石に神であると語れば本当に信仰されて制御がつかなくなる恐れがある。なので、こう返そう。
「神は賽を振るだけの存在。であれば、シャチはその目を歪ませる力を持つんだシャチ」
鮫沢ならこういう場面を前にして、このような賢い選択肢は取れなかっただろう。
それに、弟もこう言っている。
「神などという安易な権力より、己の実力を示し続けるシャチの方がよっぽど強いシャチよ」
そう、これは真実だ。
そもそも女神とやらの仕事は雑だっと鮫沢からも聞いている。
ならば、その女神などよりシャチの方が偉い。そこに"シャチ真理"があるんだシャチ。
「御二方が宴を楽しんでくれているようで何よりです」
そんな中、マコトが俺達の前に現れて話しかけてきた。
どういう要件だろう?
「ひとつだけ気になることがあるんですが……皆さんに黒幕のことを黙っていて良かったんですか?」
なるほど、そういうことか。
実は、村人達には豚ヘビの存在についてあえて語らないで、〈ヘビ吐き病〉も自然の感染症であると定めていたんだシャチ。
不確定な要素が多い以上、村人の安心を優先させてやりたいというのがマコトの考えであり、それには同意したが確かに無計画過ぎた。
次は本当に村を滅ぼすつもりとの発言を踏まえれば、あまりゆっくりもしていられない。
であれば、考えは纏まった。こう返そう。
「明日の朝からこの街を出て、あいつを探すシャチ。探し方の目星もついているから安心するシャチよ」
その言葉を前にしたマコトは、少しズレたメガネの位置を戻してこう答えた。
「それなら、私もまた一緒について行っても構わないですか?」
そう言われても、正直あの3人での冒険は楽しく、そして効率的に動くことが出来た。
だから、俺達からの答えはひとつだ。
「大歓迎シャチよ」
「お前も右腕はシャチオルカらね」