第2鯱 それはまぎれもなくシャチさ
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SIDE:マコト・シン
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「おお、起きたかシャチ」
「思ったよりギリギリだったオルカね」
死んだと思った矢先、何故か目を覚めた。
そして、私の目の前に白黒のパンダ模様な魚人種がいた。
「う、うわあぁぁぁぁぉ!」
流石の私も、訳の分からない状況が重なりガクッと尻もちをついた姿勢を維持しつつ、壁際までガタガタと歪な四足歩行でバックした。
そうする中で腕周りに妙な違和感があったが、気のせいだろう。
あの魚人種2人は、ギザギザの歯を見る限りら魚としても見たことがない種だ。
強いて言えば、イルカに近い哺乳類だろうか?
だが、今はそういう問題ではない。
もっと周囲の情報を落ち着いて整理するんだ。
……まず、ここは私の診療所(と言っても以前の医者からの引き継ぎだが)で、ヘビだったであろう体を真っ二つに引き裂かれた無残な死体がそこかしこに転がっていることが気になる。
「つかぬことをお聞きしますが……私、倒れながらヘビというヒモのような生き物を口から吐いていませんでしたか?」
毒が回ると意識が飛んだままヘビを吐き続けるのだが、この部屋の状態を見る限りそれを全て駆除したと考えるしかない。
私でも数が多ければ手を焼き、何人かの村人に手伝ってもらう必要がある中、彼らは本当に2人だけで倒したのだろうか。
「兄上にかかればチョロいもんオルカ」
「シャーチシャチシャチ! シャチに不可能は無いんだシャチよ!」
どうやら、その通りのようだ。
となると、次に確認すべきなのは、さっきから違和感のある……この右腕だろう。
少し動かすだけでも妙に鉄と鉄が軋むような感覚と、ギュイン ギュイン という駆動音のようなモノが聞こえてくる。
なので私は、自身の右腕に視界を移した。
「な、なんですかコレは……」
その腕は……鉄を加工した、限りなく人体と同等の可動部がある銀色の篭手になっていたのだ。
「唯一残っていたシャーチネーターの腕を無理矢理付けておいたシャチ」
「緊急治療オルカ」
所謂義肢という奴だろうか。
再生魔法では治らない人体の欠損を、魔力で駆動する特殊な素材の鉄で作ったモノで補う東の国の技術だったはず。
〈毒型〉に噛まれた腕がまさしくその状況で、彼らはその技術を有していた、と考えるのがベターか。
そもそも医者の魂とも言える腕を片方失っていた可能性も含め色々と飲み込めていないが、他の事も含めて素直にこの件について感謝の言葉を述べておこう。
「……この度はありがとうございます。返すお礼の品などはありませんが、この御恩は忘れません」
「当然のことをしたまでだシャチ」
「この村はいずれシャチのものになるから村民は大切……ゴホンゴホンオルカ」
一旦は彼らの返答について追求しないようにしておこう。
「せめて、なにかできることがあればいいのですが」
それから、会話を続けているうちに、彼らの腹が グゥ~ と鳴り出した。
「ちょっとお腹が空いたシャチね」
「俺が作るから台所を借りるオルカ」
そうだ、ここは私が作ってあげよう。
料理の腕には自信がある。
「それでしたら、私が作ります。居住スペースのキッチンに行ってきますね」
「おお、それは助かるシャチ!」
「オルカ!」
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それから20分ほどすると、料理は完成した。
この義肢は駆動音に目をつぶれば体を動かす感覚としても特別違和感があるわけでもなく、困ることは無かった。
なので、これといった問題も起きず私は料理を彼らの元へ配膳できた。
献立は山菜や養鶏で仕入れた肉を使ったスープと付け合せのパンだ。
「美味いシャチ!」
「野菜スープとして野菜の味を引き立てつつ、鶏の出汁もしっかり効いていて、歯ごたえも抜群といい腕オルカ」
味は彼らも御気に召してくれたようで何より。
「そういえばお互い自己紹介がまだでしたね。私はマコト・シン、旅の医者なのですが色々あって前任者の診療所を借りてこの村の医者をしています」
「俺は鯱崎鯱一郎、兄にして天才シャチ科学者シャチ!」
「俺は鯱崎鯱二郎、弟にして兄上の造るシャチを強化可能な異能者オルカ!」
「「我ら、シャチを愛する鯱崎兄弟!」」
自己紹介中、2人で謎のポーズを決める姿は異様でシュールだった。
そして、10分経つとその料理も完食。
これでこちらのするべきこともある程度は終わった。
「ところで、御二方は次に何を為さるおつもりなのですか?」
なので、これから先どうするつもりなのか尋ねてみた。
それに対し、鯱崎兄弟の返答はこうだった。
「ひとまずこの村に蔓延る〈ヘビ吐き病〉を消し去ってやるんだシャチ」
「!?」
何なんだこの2人は。
私の対処療法でやっとなこの病を消し去るだって!?
いや、確かに謎の多い人物だが、もしかすると今回の〈ヘビ吐き病〉問題を解決に導く……それこそ私のようなただの医者などでは到底適わない本物の救世主かもしれない。
「そういう訳だから、ここからは退散させてもらうオルカよ。スープ、美味しかったオルカ」
その言葉と共に、鯱崎兄弟は診療所から出ていく。
私は、彼らが今後何をしようとしているのか非常に気になる。
……いや、私は彼らに惹かれた! シャチという未知の生物を語り、その力であらゆる事を成すその姿は未知の世界を見ているようで好奇心が止まらない!
シャチとは何なのか、彼らがどういう存在なのか! 知りたくて仕方がない!
「待ってください、私もついて行きます」
そのためにも、私は彼らと共に行動してみることにした。
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「やるならダウジングがいいんじゃないかオルカ?」
「さすがは我が弟シャチ、早速やるシャチ!」
彼らは村全体から見て中心にあたる地面に経つと、兄を名乗る鯱一郎が首元に小型化したボウガンにも似た形状の機械で注射を行った。
すると……。
彼の全身が銀色のメタリックな粘液状の液体に包まれ、それ自体がフルプレートアーマーのような造形に象られていく!
時間が経つと、一見すると鎧を見に纏ったシャチ魚人(?)! しかして両手が刃のない鎌にも見えるL字に垂れた1本の棒になっている! 敵察知能力に優れた魔獣"ダウジングガーディアン"に似た外見をしているそのシャチの名は!?
「異世界シャチ2号"ダウジングガーディアン・オルカ"だシャチ」
魔獣に変身したとでも言うのだろうか?
いや、何にせよ理解し難いことが多い、今はそうだと暫定的に受け入れておこう。
そして、弟の鯱二郎はその場から飛び上がり、肩に対して両足で腰掛ける。
まるで、兄の肩の上で肩車をしているようだ。
「完成! "トーテム・ダウジングガーディアン・オルカ"だオルカ!」
「さあ、ダウジング開始シャチ!」
その姿を前に、村人達もこの場所に野次馬の如く集まって来ている。
皆、気になることは多いようで、村長は私に質問をしてきた。
「シルーべが言っているだけでは何も納得できん、彼らは何ものなんじゃ? というか何故お前さんはそうピンピンしておる、わしはもう死んどるんじゃ無いかと心配したんじゃぞ!?」
であれば、まずはこう返そう。
「シャチです」
その一言を前に、村長は困惑した表情で無言になる。
ただ、これで話は終わった訳では無い。私はそこに加えて、このように話を広げた。
「彼らはこの村を救ってくださる救世主様であり、その2つ名が"シャチ"なのです。なので、今らは見守ってあげてください。恐らく、〈ヘビ吐き病〉も彼らの手によって根絶されるでしょう」
「な、なんと!?」
一方、私達が会話している間に、トーテム・ダウジングガーディアン・オルカはグルグルと回転するような動作を始めていた。
ダウジングガーディアンは特別機敏な訳ではなく、その場に直立しながら確実に相手の位置を察知して攻撃を仕掛ける隠密殺しな鎧を着た巨人型の魔獣だったはずだが、シャチの前ではそんな常識など通用しないのだろう。
「ダウジングタイフーン!」
「め、目が回るオルカー!」
もはや竜巻の域に達しているその回転は、上手く回ったコマのように村の中心部から位置をずらすことなく回り続けている。
そして、じわじわと減速しながら回転が止まっていき、完全に制止した所で彼らはこう呟いた。
「ここからひたすら真っ直ぐ歩いた先に、病原菌があるシャチ」