第1鯱 青春シャチーゴ
書けました。
今回は鯱崎兄弟のスピンオフ中編です。
少なからずシリアス色が普段より強いですが、やっぱり"いつも通り"に帰結するバランスで書いたつもりなので、全11鯱、楽しんでいってください。
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SIDE:???
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私は罪人です。
だから今から死ぬのです。
ただただ必然だけがそこにあった。
辞世の句も読み終えた。
それなのに……。
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私は旅医者のマコト・シン。
様々な村に1年ほど滞在し、そこにいる医者の手伝いをしたり、医者がいないなら代理で村医者をやりつつ技術を後継させて村の地の力を強くするのが主な仕事だ。
元々は植物や生物の毒を研究するのが趣味で植物学者を目指していたのだが、訳あって医者としての勉強もした所適正があり、何を思ったのか二足草鞋で培った医療技術を活かすための旅をしているというのが正しい立ち位置となる。
それで、私が現在滞在しているのはアミキナ王国に存在するラブコ村という、小鬼種や鬼種等(※読者向けにわかりやすく例えるとゲームなどに登場するゴブリンやオーガ等)が中心の村で、私と入れ違いで医者が急死してしまったことから診療所を引き継ぎ村医者を任されている。
村の雰囲気はあまりよろしいモノではなく、流行病によっていつ死ぬか分からない恐怖により非常に鬱々な状態。
何とか医者らしく皆を励まそうと頑張ってはいるが、1人で何ができるのかという根本的な問題によってなんの解決にもならない。せめて、旅芸人としての技術を磨いて彼らに娯楽を与えられるようにしておけば良かったと無意味な後悔をしているぐらいだ。
そう、そもそも医者が急死したというのもこの流行病が原因で、どうにもこの村には〈ヘビ吐き病〉という独自の病が存在するのだ。
その症状はシンプル、『感染すればヘビを吐く』、ただそれだけ。
厳密には、"ヘビ"と呼ばれる、ミミズのように1本のヒモに顔があるような見た目の……爬虫類のような生物が、胃から突然寄生虫に卵が植え付けられていたかのように出現し、それを吐き出すというモノ。
しかも、吐き出す"ヘビ"は2種に別れ、1種は”核”を噛み付くことで体に植え付け、翌日に噛み付いた対象を同じ症状にさせる〈感染型〉。
そしてもう1種は、"顔が扇所に広がった杖のような個体"であること以外は似たような習性で人間に噛み付いてくるのだが、問題は……この"ヘビ"の牙には毒があり、1時間後には死亡してしまう〈毒型〉がいることだろう。
致死の病としての性質が存在する以上、私も含めて人々にとって恐怖の対象となる。
これが、〈ヘビ吐き病〉の概要だ。
感染症といえば感染症かもしれないが、特異性がありすぎてあまり断言はしたくない。
ただ、私は護身用ながら雷魔法を使うことが可能で、それが偶然にも人間の生体電流をコントロールすることにより寄生した核を破壊する形での治療が可能であることが判明した。
おかげで、〈毒型〉によって発生する死者こそ助けることが出来ないが、反面感染者を増やさず私の手でこの病を根絶できる……はずだった。
……ところが、何故か感染源不明の患者がどこからか増えていくのだ! どうやっても根絶は出来ない! 訳が分からない!
なので、現在こそこの村だけの流行病で済んでいるが、それも時間の問題かもしれない。
今はそういう状況だ。
「本当に、それだけなら良かったんですけどね」
……少し独り言を呟いてしまったが、今の現状を改めて解説しよう。
現在、私は感染型に噛まれた記憶が無いにも関わらず、ヘビ吐き病の症状が出て、ヘビを吐き出す体質になっていた。
しかも、私は私自身の生体電流までコントロールできる訳では無い。
故に、核を破壊した根本的な治療が不可能であり、〈毒型〉に噛まれれば一巻の終わりなのである。
ただ、魔法が通用するおかげで、吐き出した直後に持ち前の雷魔法でコロッと焼いて殺傷することが可能と判明し〈感染型〉による二次感染は防ぐことに成功しており、これだけは不幸中の幸いだ。
問題は……今、〈毒型〉のヘビに右腕を噛まれてしまった。
本当にどうしようもない状況だ。私は1時間後この世から消える。
東の国ではこういう時に辞世の句とやらを読むらしいが、今こそ綴るべきなのだろうか。
強いて言えば、旅医者をしているうちに現地で流行病が原因で死ぬというよくある死因で済むことは幸いと言えるだろう。
旅医者の生き様としては、魔女扱いされ村人に焼き殺されるよりよっぽどマシな死に方だ。
「ゴホッゴホッ、まずは咳、とくれば次は意識が飛ぶんだったか」
この毒は痛みを感じる前に失神させてくれる優しいモノだ。
そこからは意識を失ったまま死ぬまで無数にヘビを吐き続けるある種の巣になってしまうが、それももうどうでもいい。
もう、安楽死できる分にはある意味幸福だと割り切ろう。
さようなら、わた……。
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何故か目が覚めた。
毒が全身に回って死んだはずでは!?
落ち着いて辺りを見渡そう、もしかするとここはあの世なのかもしれない。
「おお、起きたかシャチ」
「まさかあんなので解決するとはオルカね」
だが、目の前にいたのは白黒のパンダ模様な魚人種だった。
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SIDE:鯱崎鯱二郎
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じゃあ、もう一度だけ、最初から説明するオルカ。
俺達鯱崎兄弟は、平成が始まると同時に生まれてきた双子だ。
兄上は〈百年の指示者〉として様々なシャチ発明を行い、俺は〈百年の担い手〉として兄上の造るシャチを強化出来ることから、2人でヤンキー相手に暴れ回っていた。少なくとも、地元じゃ負け知らずだ。
しかし、その特質性は高校を卒業するぐらいには政府にバレてしまい、気が付けば政府の監視下の元で動かねばならない窮屈な生活が始まってしまった。
しかも、日本には既に鮫沢悠一という指示者が活躍しており、よりにもよってサメが大好きなことから弱肉強食面でマウントを取りながら喧嘩を売られる毎日だ。(当然全部買った)
だが、そんな俺達は、ある朝起きると異世界〈サラムトロス〉に転移していた。
最初こそ異世界だけのシャチがいるに違いないとラッキーな気分でいたが、図書館で無数の図鑑を読んでみたところ、この世界には存在しない生物であることが判明。
その時の絶望は凄まじく、どうすれば元の世界に戻れるのかと何ヶ月も叫び続けていた。
だが、機転を利かせ、魔獣の製造技術と兄上の技術を掛け合わせればシャチを再現することが可能なのではないか? と疑問が出たことでそれを実現するための研究の日々が始まる。
あらゆる資料が廃棄されている不毛な現実を前に、平均寿命42分で有名な魔獣出現地帯の森や海で魔獣を狩り続け、その生態から解剖による構造分析などを何年も続ける日々。地獄のようで、地道な戦いだったオルカ。
結果、魔獣の再現に加えて魔法を無効化する〈サラムトロス・キャンセラー〉の発見にまで行き着き、努力は無駄でなかったと証明された。
それからは、この技術によってシャチのいない世界をシャチの力で滅ぼすべくフレヒカの教会地下を陣取りビーチ型の研究室も確保。
これによって、後はサラムトロスを破壊するだけ……となったのだが、このタイミングでよりにもよってあの鮫沢が現れたんだオルカ!
後は分かる通り、鮫沢に敗北。
結果、魔王城に存在する魔法式最終監獄"アルカトラズ"に幽閉された。
「許さないぞ鮫沢シャチサメ!」
「絶対脱獄してやるオルカシャーク!」
けど、兄上のスーパー技術を前にそのような手は通用しなかった!
丁度サメ自白剤の副作用が切れた頃、1ヶ月とかなりの長時間になったものの自己再生機能によって顔から下の胴体に手足と全身を再生することができた。
更に、このシャチな魔獣の肉体は自己進化を行うことが可能で、2人揃って粘液状のスライムめいたシャチになり排気口を経由しての脱獄に成功。
物理的な警備に加えて魔法結界により絶対に脱出できないとは聞いていたものの、〈サラムトロス・キャンセラー〉を持ってすれば楽勝オルカ。
もちろん、体が再生できたと同時に擬似的な肉体の複製を作り出し、1ヶ月はそこに俺たちが存在するのだと錯覚させる事で脱出後直ぐにオナワシャチなんて馬鹿げたことにもならない。
やっぱりシャチは無敵オルカ!
その後は、とにかく国を跨ぐことで罪から逃れることを目論みフレヒカ王国から国外へと逃亡。
そして、海を泳ぎアミキナ王国へと辿り着いた。
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結果、逃亡生活の中で、俺たち兄弟に1つの目標が出来た。
それは……『シャチがサラムトロス最強の生物であると証明すること』オルカ!
世界そのものを相手をするにはまだまだ力不足であることが判明したものの、そこはむしろより高みを目指すべきと決心がついたのでこの目標なのだ。
そもそも、シャチはクジラすら喰らう正真正銘の最強生物。サメや魔王を倒さないのは恥でしかない!
そして、鮫沢には人生レベルで恨みがあり、あの魔王も僅かな期間でありえないほどの屈辱を味あわせられた。
ならば、この2人への復讐を果たさなくて何になるオルカ!
それに、元々魔王はこのサラムトロス最強。であれはこの2人を倒すことで目的は達成されるということなのだ。
シャチの戦いはここから始まるんだオルカ!
***
話を戻すオルカ。
アミキナ王国到達後、一時的な拠点が欲しく山の中にある小さな村に潜り込んだ。
そこは、木造の小さな家がポツポツと並ぶ集落といった所で、所謂ゲームに出てくるゴブリンやオーガが中心になって住んでいるようで、ひとまずはと村のゲートをくぐり、早速歓迎の挨拶で出迎えられたのだが……。
「ようこそラブコ村へ……」
「い、今更こんな絶望の村になんの御用ですか?」
「この村、何か空気が悪くないかオルカ?」
「今にもみんな死にそうな絶望の表情をしているシャチ」
どうにも流行病のせいで活気がないと来た。
この村を暴力で制圧して、今後の拠点を確保できるかと思ったのだが……。
仕方ない、ここは異世界モノらしく村ごと救ってやろうじゃないかオルカ!
何せ、逃亡の旅の中で、ついに兄上の"新兵器"が完成したんだ、それを試す実験台には丁度いい!
「薬を買いに寄った訳なんだオルカが、医者はどこにいるオルカ?」
ここは、医者なら現状を理解している可能性が高く、手っ取り早く情報を集められることを考慮した詐称から話を広げよう。
「そ、それが……」
む、何故言いたくなさげな反応を示す?
ここは1つ言いくるめてやろう。
「安心するオルカ、兄上はこれでも医者の資格を持っているオルカよ」
「そ、そうシャチ!」
兄上も合わせて指パッチンすると、ここで新鯱機能がお披露目される。
そう、一瞬にして白衣を纏ったのだ!
首からぶら下げられる聴診器から分かる通り、誰がどう見てもドクター・シャーチそのもの!
これは、肉体を瞬時に変質させる機能であり、衣装を変えるぐらいなら本当にこの程度の時間で可能なのだ!
この姿を前に、村人共はあっさり騙されるオルカ!
「お、おお、こんなところにもお医者様が!」
結果、俺たちはこの村の医者のサポートを行うこととなり、案内役のゴブリン、シルーベが診療所へ導いてくれた。
***
その街の病院は小さな木製の小屋で、正しく田舎の診療所といった雰囲気。
ただ、入る前にシルーべが忠告をしてきた。
「現在マコト様は療養中につき、サポートする際は労わってあげて下さい」
マコト……というのがこの村の医者の名前のようだ。
療養中である以上、問題の流行病にかかってしまったとかそういうのだろう。
「お邪魔しますシャチ」
「オルカ」
そして、診療所の扉を開けた。
その先では……。
「ゴ、ゴホ! おえええええ!」
うじゃうじゃと多種多様なヘビが部屋の中を駆け回っていたのだ!
よく見ると、その奥にはメガネを掛け白衣を着た爽やか系イケメンな男性が目をつぶった状態で口から蛇のような物体を吐き出している姿があった! 全て彼の体から出てきたとでも言うのだろうか!?
そして、ヘビ達は俺たちを確認した途端、一斉に飛び上がり襲いかかってきた!
「ひ、ひぃ!」
「シルーべよ、恐れるな、ここにはシャチがいるシャチ!」
「オルカ!」
対し、兄上は、
「鯱人戦鬼形態!」
肉体を裏返るように変質させ、体のいたるところに機械的な装甲や射撃武装が装備! それぞれの腕部に何十と砲身が存在するレーザー砲が搭載! 更に、バックパックパーツから繋がる両肩からは同じのレーザー砲が合計8門装備! 戦鬼と言える姿になった!
「シャチレーザー全門斉射シャチ!」
そして、全てのレーザー砲が発射された。
そのレーザーの嵐を前に、襲いかかるあらゆるヘビを焼き尽くされる!
これぞ、シャチの一網打尽なやり方なのだ!
「あれだけのヘビを一瞬で……なんてお医者様だ」
15秒ほど斉射を続けると、物の見事にヘビは全滅。
改めて男の姿を確認した。
彼は見ている限りヒト種っぽいものの、床についさっきまで被っていた痕跡のある帽子が落ちており、それで隠していたのであろうオオカミのような耳が頭の上から生えている。
この獣人ともヒトとも言える外観から考えると、おそらく半獣人種という種族だろう。しっぽも隠しているだけに思える。
「マコト様、大丈夫ですか!」
後ろに付いていたシルーべがマコトに駆け寄るが、反応がない。
その癖、また1匹ヘビを吐き出そうとするのでまるでご飯をボトボト落とすあのおかわりマシーンのような印象すら受けてしまう。
もしかすると、意識を失ったままこの異常な行動をしているのだろうか。
……この状況を前に、ひとつここでやっておくべきことを思いついた。
「兄上、もしかするとこれが流行病の正体に思えるオルカ!」
「おお、鯱二郎も気づいたかシャチ」
「どう考えても不治の病の類オルカ。であれば、ここはあえてこいつを治してやり、村の住民達の好感度を一気に上げるチャンスオルカよ!」
「すごい、暴力に頼らずともこの村を支配できそな作戦シャチ! 早速やるシャチ!」
作戦は、すぐ様決行されることとなった。
***
まずはとシルーべにこの村で流行る〈蛇吐き病〉についての解説を受けた。
そこから考えると、このマコトという男は〈毒型〉のヘビに噛まれたままその毒で失神。生きている間は無意識にヘビを吐き続けている状態と考えるべきだろう。
であれば、やることはシンプルだ。
「治療してやろうシャチ」
「コントロールは任せろオルカ」
まず、〈毒型〉に噛まれた位置を特定する所から始まった。
と言っても、その程度は大した問題にはならず、元々この鯱人としての基礎機能、"シャーチ・アイ"によって視界の範囲の物体を組まなく分析できる。確認作業は一瞬で終わった。
「腕を噛まれたみたいオルカね」
「なら、やはりあの姿で治療するのが一番シャチ」
しかし、作戦を次の段階は進めようとした所で、シルーべから質問を受けた。
「お、お2人は一体何をするつもりなのですか?」
なら、答えは1つオルカ。
「「毒の治療」」
「シャチ」
「オルカ」
そう、ラブコ村に来るまでの間、兄上は自分の体を改造し続けていた。
ただ肉体を変質させるだけではサメには勝てない。武器をどれだけ積もうが押し負ける可能性だって高い。
そこで、より強く、より高性能なシャチへの変質を能率的に可能とするのがこの新シャチアイテムだ!
「ついにお披露目、魔獣遺伝子注入銃シャチ!」
「で、出たオルカー!」
これは、とある物質の入った液体瓶を装填し、首筋に打付ける拳銃型の特殊な注射器。
その物質とはズバリ魔獣の遺伝子! これを注射すると体に取り入れた対象の魔獣そのものへ早変わりできるスーパーアイテムなんだオルカ!
「う、うおおお、体がどんどん変形するシャチ〜!」
そして、その姿は……一見すると細長い1本の針金!? だが、ロープのように長くぐるぐる巻かれて分かりにくいだけで100mはある! それでいて前先端がシャチ頭! だが、後ろ端には人が手に握るための持ち手のようなものが大きく付いている! これはハリガネムシか!? いや違う……!
「魔獣シャチ1号"ハリガネシャチ"だシャチ!」
これは、寄生した対象の内臓を全て喰らい殺す魔獣"オオハリガネムシ"の遺伝子によって変化したシャチだ。
元の魔獣こそ危険生物ではあるが、シャチの力を持ってすれば解剖を必要とせず悪性腫瘍を直接喰らうことで切除してしまう超安全な医療器具となる! 当然毒だって同様に喰らうぞ!
「持ち手は持ったオルカ」
「よし、出発進行シャチ!」
俺は、兄上の後ろ端にある持ち手を両手で握りしめた。
こうすることで、シャチの力は1.42倍に引き上がり、2匹で1匹の最強の生物が完成する。
さあ、〈ヘビ吐き病〉とやらよ、覚悟するオルカ。