第86鮫 サメバーガー
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SIDE:鮫沢博士
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勝負の夜は来た。
わしは結局熱くなり、サメバーガープランBを考案した後も改善案をボブと共に出し合い、開始時間ギリギリのところで満足いく完成版に行き着くことが出来たという状況じゃ。
「おお、彩華も、料理人狩りもちゃんと来てくれたようじゃな」
「お前らを待っていたぜぇ」
「俺っちを高々1日の調整で倒せると思うなっす」
「まあなんだ、美味いハンバーガーを楽しみにしてるよ」
料理の仕込みは既にしてある。
わしらは店主のサポートも受け、颯爽と料理を完成させたぞい。
「これが、俺と」
「わし特製……」
彼らの座るカウンター席のテーブルに置かれたそれは!
カリッと焼きあがったバンズ? いや、これはサメだ! 茶色いパンの焦げ目でそのギザギザしたら二重の歯も! お馴染みの背ビレも! 腕のような胸ヒレも! 傷のようなエラ孔も付いてある!
だがこれは、そんなサメの体を横から真っ二つに引き裂いたような物体なのだ!
「何だこのバンズは!?」と思うなかれ! これはサメバンズ、サメパティを諦めた上で改善に改善を重ねたモノ!
そしてその間に細長い揚げ衣の塊や野菜にソースが挟れている! そう、これこそサメ料理の決定版!
「「異世界サメバーガー!」」
その料理を前に、2人は目玉が飛出たようなドン引きの表情をしておる。
無理もない、見た目は明らかに前衛的すぎるからのう。
じゃが、その上で味は本物のはずじゃ。早く口に付けるんじゃ。
「そ、それじゃあいただきます」
「俺っち、いろんな料理を食ってきたつもりだけど、こんなゲテモノ初めて見たっす」
2人は困惑のまま唾を飲み込むと、それを頭から頬張った。
その反応は……。
「!?」
「なんすかこれ!?」
予想通りの反応じゃな。
あとは、完食後の感想を待つだけじゃろう。
「ご、ごちそうさま」
「ごちそうさまっす」
2人は無言でモソモソと、それでいて上品にそれを平らげた。
何も喋らないまま無言で食べていたものの、その表情は笑顔に満ちておったぞい。
そして、その後一瞬店内が完全に静寂に陥ると、直様に パァン! という大きく手を叩く音が鳴り響く。
その音の主は彩華じゃった。
「なんてものを食わせてくれたんだ……」
続けて、また手を叩くとそれは拍手に変わり、釣られるように料理人狩りも拍手をした。
「そうっすよ……俺っち、泣きそうっす」
どうやら、お気に召してくれたようじゃな。
ただ、この料理を実際に作ったのはボブであり、わしはレシピを考案したに過ぎないんじゃぞい。
「どうだ彩華、昨日のヴァンのハンバーガーと今日の俺のハンバーガー、どっちが美味かった?」
「……ボブと鮫沢博士のハンバーガーだ。ただ質がいいんじゃない、俺という人間への、いや、客への思いやりまで感じられる味だった。なんだろう、見た目に反して具がこぼれる事もなく、一直線に平らげられて、最後まで味も変わらない安心感もあって……とにかく良かったんだよ!」
よし、勝ったぞい!
どう得するのかよくわからん勝負ではあるが、サメで勝つことより嬉しいことなんぞこの世には何じゃわい。
一方、料理人狩りも何か言いたいことがあるようじゃな。
「ま、負けた……一体どうしたらこんなハンバーガーを作れるんすか! 魚を踊り食いするような気分を味わえる上にバランスもしっかり整っていて全然ゲテモノ感がない、それでいて付け合せのイカリングも海鮮な合い挽きアジフライやソースと合って美味しかったんすよ!」
中々に理解をしているのう。
じゃが、その質問にはわしは答えられん。その分、実際に作ったボブが回答をしてくれるじゃろう。
「そうだな……。ちょっとややこしい話になるんだが、お前が前に出したハンバーガーに価格を付けるとしたらいくらになる?」
うん? よく分からん形で質問に質問で返しておるが、それに対して料理人狩りは素直に受け答えしていたぞい。
「……2万ウオっす」
2万ウオは日本円にして1万円。
決して庶民には安くない価格じゃな。
もちろん、それだけの価値はあったと言えるがのう。
「やっぱりな。それで、さっきのハンバーガーは付け合せやドリンクとのセットでも、なんと2000ウオなんだよ。正式オープン時にはもう少し調整して店のメニューにもするつもりだ」
なんと、作っておきながらよくわかっておらんかったが、アレでせいぜいな贅沢価格の1000円相当じゃと!?
あのクオリティでその価格は普通に安いぞい……。
「俺はせめて料理に多少の金を出すやつが思い切って出せるぐらいの値段に抑えてハンバーガーを作っている。それは別に成金主義だからだとかそういうのじゃない、お客様が『美味しい』と言ってくれる笑顔を見たいから。ただそれだけなんだ」
「お客様の笑顔……っすか」
「ああそうだ。もちろんこれにはカラクリがあって、店主が元々魚メインの小料理屋をやっていた中、旅行先で俺の師匠のハンバーガーを食って以来ラッターバでバーガー屋をやろうと決心したのが開店のきっかけなんだが、おかげで朝から市場で安くて美味しい魚を仕入れるのに慣れていたり、元々野菜の選別が得意だったりと色々な経験が重なっている所もある。だが、その上で卑怯なことはせずにこの値段にするのは、店主だって同じくお客様が『美味しい』と言ってくれる笑顔を見たいからなんだぜぇ」
そういえば、他のメニューも最安値のバーガーセットで1400ウオ(700円)、最高でも少し下の2800ウオ(1400円)程に抑えられておったが、そういう理由だったのじゃな。
言っていることは精神論のようじゃが、そこには合理性のある努力を感じられる。
店主も含め、中々馬鹿にできないコック達じゃのう。
「な、なるほど! 俺っちの料理は美味しさそのものだけを求めていて、客への目線が足りてなかったってことっすか!?」
「そういうことさ。ただ、それが悪い考えかっていうと、審査員が評論家タイプならこの2戦目もあんたの勝ちだったかもしれねぇ。だから、俺は考えそのものまでは否定するような態度もとれないんだ。ようは、お前の立場をお前自身がもっと理解して欲しかったから再戦をお願いしたワケだな」
いかんな、あまりにも綺麗な話過ぎて汚い大人でしかないわしはなにも言えん。
それで、大体話はまとまった様子なものの、彩華も一言あるようじゃ。
「まあなんだ、俺もお前の料理は結構好きだぜ。だから、今回の負けを認めた上で、自分なりの料理の道を極めればいいんじゃないか?」
いやぁ、彩華はこういう時、本当に良いことを言うもんじゃのう。
「そうするっす! もっと自分だけの料理のあり方を見つけてみるっす!」
結果、皆ほんわかとした雰囲気となり、最後は全員が全員好きに料理を注文して晩餐となったのじゃ。
当然、わしもつまみになるポテトなどを頼みつつ、美味しくビールを頂いたぞい。
うむ、今回はいろんな意味で美味しい体験を出来たのう。
こういう人情あふれる事に関わるのも、たまには良い気がしてくるわい。
……これがどうサメ投資として役立つのか全然見えず、本当に有益な時間になったのか見えてこないんじゃがな!
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SIDE:鮫川彩華
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嘘だろ! 嘘だろ!
あのハンバーガー、レシピは鮫沢博士が考案したんだよな!?
落ち着け……いや、落ち着けないわこれ。
だって考えても見ろ、これはイコールで毎日厨房に立っている俺よりも、ずっと食べてばかりでまともに美味しいと言ってくれない鮫沢博士の方が料理上手ってことになるじゃないか!
認めたくない、本気で認めたくない。
本当に、今日はなんて日だ……。
あれだけヒエラルキーを意識する鮫沢博士を見ていて引いていた俺が、実は同列だったなんて。
……料理はどれも美味しかったから良しとするけどな!