第85鮫 DISHARK(ダイシャーク)
どうにもこのハンバーガー騒動は終わらんらしい。
ボブの一言に対して料理人狩りは、
「そんな言い訳をするコックは初めて見たっす! 面白そうだから引き受けるっすよ」
と返し、わしらは明日の晩もハンバーガーを食べることが確定してしまった。
その後、ゲタゲタ笑いながら料理人狩りは店から出ていった。
これで今日のハンバーガー案件も終わりに見えたのじゃが……。
それからすぐ、ボブは改めてわしら2人に頭を下げたぞい。
「面倒事に2度も巻き込んですまねぇ。だけど、あれじゃダメなんだ! あれは勝つことしか考えていないハンバーガーで……客のための味を感じねぇ! そんなハンバーガーに負けて、なんていうか腑に落ちてない所があるんだよ」
いかんな、本当にどうでもいい。
こんな負けしか見えん勝負に構っても鮫利益を得られる気がせんぞい。
じゃが、よりにもよって彩華が、そんなわしの心を読んだかのような行動に出たのじゃ。
「……鮫沢博士、あんたもボブと一緒にハンバーガーを作ってくれないか?」
「はぇ!?」
そう言いながら、彼は頭を下げ、頼み込む姿勢になった。
いかん、断りにくい。
というより、普段の彩華じゃと何かしら無言や暴力による圧をかけてくるのじゃが、今日に限ってダメで元々な雰囲気でこの行動に出ておるのがわかってしまう。
彩華は何よりも友人の肩を持ちたい、その気持ちが伝わってくるのじゃ。
そうなれば、返す言葉はこれしかないのう。
「サメが関わることになるが、それでいいかのう?」
「「ああ!」」
こうして、わしはハンバーガーを作ることになった。
***
翌朝、『ウミ☆キッチン』の厨房に来た。
当然ボブと、理不尽の中頭を抱えておる店主が待っており、晩に出すハンバーガーを試作していくことになったぞい。
なお、今回の勝負の条件は店に出すことを想定した料理であることなので、下手に〈鮫の騎乗者〉の力が発揮すると不平等になってしまうであろう彩華は当然この場にはおらず、街をぶらついておる。
店主は元々土俵には微妙に足を踏み入れることが出来ておらんため、完全に蚊帳の外であり、わしとボブは2人での作業となるぞい。
「まずなんじゃが、サメ型のパティというのはどうじゃ?」
「まず、の意味がわからねぇな」
「というのもな、どうせ魚をパティにするなら"魚を食べている感"を得られる形がいいと思うのじゃ」
今回の料理人狩りの料理は質を極めた上品なモノで、バカ正直にただ美味いハンバーガーを作っても負けるだけじゃろう。
なので、これはわしとしてはかなり真面目な案じゃぞい。
「……それはありかもな」
どうやらボブにはわしの考えが伝わったようじゃ。
そんなこんなでハンバーガーの方向性固まり、本格的な調理に取り掛かった。
***
それから数時間経ったものの、進捗は芳しくなかった。
まず、わしが持ち前の鋳造技術で、挟んで焼けば何でもサメの形の塊になる異世界サメ58号"サメ焼き型"を造ったはいいものの、それで造ったサメ型の合い挽きアジ肉パティはバンズからはみ出すぎて食べずらい料理になってしまったのじゃ。
合い挽きを型で焼いて固定する分骨などは気にならんのじゃが、頭から食べて得られる贅沢な"魚を食べている感"に対して、中央の腹部にしか存在しないバンズと野菜やソースというのはハンバーガーとして失敗とすら言える。
おっと、補足じゃが、『結局わしのサメが造るモノをサラムトロス人が食べたところで"自分はサメである"と認識しなければ特に問題は起きないのではないか』と結論が出たので、変身方法を伏せ続けることで料理にも普通に手をつけているんじゃぞい。
「俺は馬鹿だ、ハンバーガー職人失格にも程がある」
「こればかりはわしが悪い……じゃが、この失敗も次の成功の糧と割り切るべきではないかぞい?」
そう、彩華のあの頼みを断るほどわしは愚鮫ではないわい。
***
それからも試行錯誤を続け、とにかく料理人狩りの上品で質の高いハンバーガーに負けない1品になるように知恵を出し合った。
「これで、どうじゃ!」
「半分に切ったサメ型パティをバンズに無理やり収めるのか! だが食感が物足りねぇ!」
しかし、一向に進捗が見えず、2人揃って迷走し始めておった。
結果、頭を冷やすための休憩を取る事にしたぞい。
「じいさん、やっぱりハンバーガーって難しいな」
「お前さんがそう言ってしまうとどうしようも無いのう」
ボブは明らかに疲れておる。
そんな状況じゃからか、走馬灯でも見るように彼は落ち着いた声のトーンになり、自分の話を始めたのじゃ。
「俺はさ、客が料理を食べた時に笑顔で『美味しい』と言ってくれる姿が好きなんだ。ハンバーガー職人として、それを超える嬉しい光景はねぇ」
自分勝手なわしとは正反対の考えで、正直に言えば反応に困る。
「なるほどのう……」
――じゃが、それと同時にひとつシャークアイデアが生まれた。
そうなのじゃ、わしは基本的に自分と現状解決のためのサメを造るのであって、誰かのためにあえてサメを造るかというと、前後に邪で鮫た考えが混じってしまう。
1度それを取り払った、誰かのための創意工夫あるサメを造る。
それこそが今回の勝利の鍵になるやもしれん。
「ボブや、あと1つだけアイデアを思いついた。お前さんのハンバーガーテクニックとわしのシャークセンス、その2つを組みあわせた全く新しいハンバーガーじゃ」
「さっきからそんな感じのハンバーガーを作り続けてる気がするが……話は聞かせてもらうぜぇ」
ふっふっふ、彩華と料理人狩りはわしらのハンバーガー――いや、サメバーガーを堪能してどんな反応をするか楽しみじゃわい。
***
SIDE:鮫川彩華
***
鮫沢博士とボブがハンバーガー作りに勤しんでいる昼頃、俺はゼンチーエの町をぶらぶら歩いていた。
それで、本屋なり服屋を物色して楽しく買い物でもしよう等と考えていたわけなんだが……後ろから料理人狩りのヴァンに声をかけられた。
「おお、昨日の審査員じゃないっすか!」
「審査員じゃない、俺には彩華という名前があるんだ。ちゃんと呼んでくれ」
礼儀のない奴だな……。
「それは悪かったっす。ところで、まだ昼飯を食べてないなら謝罪代わりに俺っちの料理をご馳走してやるっすよ?」
だが、なにか話でもあるのかと思ったが、少し興味深いモノだった。
こいつの料理は正直に言って美味しい、無料で食えるなら正直幾らでも食べたい。
なので、こう返した。
「それならお願いしたいな」
***
そうして連れてこられたのが、ヴァンが今ホテル替わりに住み込みで働いている店の厨房だった。(もちろん看板は物理的に奪還済み)
高級店らしく設備が整っており、相当に美味い飯を食えるだろう。
正直俺にとってこいつは敵なのだが、料理に罪はない。この程度の欲望には負けてもいいだろう。
「これはただの独り言なんだけどよう」
そう思いながら料理を待っていると、ヴァンは俺に話したいことがあるようで何かベラベラと喋り始めた。
独り言を独り言だと宣言したから話す奴は産まれて始めて見るぞ……。
「俺っちは包丁職人の家で産まれたんすけど、肝心の包丁造りの仕事は何を手伝ってもからっきしダメで、両親共々怒られっ放しだったんっす」
「悲しい過去だな」
だが、俺は甘ちゃんだ、こういう話にはせめて相槌だけでも打とうとしてしまう。
それに、話はまだまだ続く。
「けど、料理の腕だけは誰にも負けなかった。何より、美味しい料理を作ればみんなが褒めてくれたんっすよ! それに気付いてからは色んな奴と料理対決をして腕を磨いてきたんだ、昨日も今日も、いつだってそうっす! だから、いつか最強の料理人になる為に、勝負の旅を続けてるっす!」
なるほど、こいつの勝負へのこだわりはそういうところから来てるんだな。
***
そして、話を聞いているうちに彼の料理が完成したようで、自慢の1品が振る舞われた。
俺の座るテーブルに置かれたその料理はただのミートパスタに見えるが、隣に置かれたサラダのドレッシングやオニオンスープの香りが際立ち、「俺は今から上品な料理を食えるんだ!」という気分にさせてくる。
見ているだけでヨダレが止まらない。興奮を隠せないまま、俺は料理を口につけた。
「美味い、本当に美味い! なんてすごい料理なんだ!」
本当に見た目だけなら喫茶店の800円ぐらいで食えるランチセットにしか見えないのに、それぞれに統一感のある味わいがあり、どれを食べてもとにかく上品さを感じる。
味付けの濃さも絶妙な塩梅で、昔家族で行った高級レストランよりもレベルが高い気がした。
実際、食べている間に意識が飛んでいて、戻った頃には皿の上に何も残っていなかった。
こんなに美味いモノを食えるなんて、今日は本当にラッキーな日だ。
「ご馳走様でした」
「満足してくれたならけっこうっす」
ただ、少しだけ違和感があった。
というのも、ヴァンの料理はなんというか、誰かのために作られた味というより勝負に勝つための味がした。
それは、昨日のハンバーガーも同じだ。
例えば、ボブや魔王様の料理は食べる相手のことを思いやった暖かい感じが味の中にどこかあるんだが、彼の料理にはそれがない。
この謎の空白によって、好きな味ではあるんだが……なんというか、そこだけが物足りない感じなんだ。
「じゃあ、帰るけどお代は本当にいいのか?」
「俺っちは元々店も持ってなくてね、気にしなくていいっすよ」
それはそうと不思議な体験だったが、ひとまず昼食はこれで終わりだ。
用事が済んだことで彼の元を離れると、何やかんやで夜のボブと鮫沢博士のハンバーガーが楽しみになってきた。