第83鮫 SAMEDAM0034
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SIDE:鮫沢博士
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目を覚ますと……何故か視界の先にはサメットを外したトカゲ王女がおった。
最後に残っておる記憶は、ハンチャンに破れシャークマンサーが爆散した所で終わっておる。
つまりわしは、サメは、カニに負けたのじゃ。
彩華がおらんこと事も含めた平等なハンデの中で負けた以上、どうしよもなく悔しいぞい。
確かに、何となく理解はしていた、同条件では向こうが一枚上手じゃと。
数百年とサラムトロスで戦ってきたベテランと御歳75歳程度の素人では経験の差も激しい。
次のチャンスがあるかもわからん、嫌に決定打を受けた感覚じゃわい。
じゃが、じゃが、このままカニラルキー>サメラレルキーな状態で冒険したくないんじゃ!
「あら、起きましたのね、脈は動いていましたがほぼ死人のように失神していたので心配しておりました」
「……なんじゃここは」
それはそれとして辺りの環境が非常に気になる。
外の音を聞く限りは船の中のベッドの上、しかもわしがエビマンと共に乗った大型漁船ではなく明らかに彼女の王女専用船じゃ。
映画のラストシーンのようなこの状況、全くもって辻褄が合わんわい。
トカゲ王女の目覚めの挨拶まで何かそれっぽいぞい。
じゃが、この手の状況において、今何が起きているのかわかる人間に直接確認することより大事なことは無い。
ひとまずは彼女に気になる事を聞いておこう。
「おい、なぜお前さんの船にわしがおるのじゃ?」
そもそも試合後ともなると、あのハンチャンなら必ず嫌がらせ半分で彼女にわしが裏切り者としてチームにおったことを伝えておるはずじゃ。
そう考えると、愚者を嫌いそうな性格の彼女がわしを自分の船のベッドで寝かせるはずがないぞい!
「そうですわね、話しておきますわ。わたくし、おじいさまが裏切り者として暗躍していた件については非常に腹が立ちましたわ」
「そりゃそうじゃろうな、わしはそもそもスーパーが付くほどのエゴイストじゃ」
「自覚はありましたのね……。つまりですが、最後は信念を持って真剣勝負で試合に望んだ事からあなたもただのクソジジイでは無いと分かり、少し恥ずかしくなってしまいましたの。故に、謝罪をしたくこの場をお借りしました」
クソシジイ呼ばわりは聞こえとるぞい、前科が34万個はあるからそこまで気にしてはおらんが。
しかし、王女ともあって育ちがいいのか自分の発言に責任は持っておったのじゃな。
「改めて、この度はおじいさまを侮って接していたことをルーイダ・アミキナーという一人の武人として詫びさせていただきます。お詫びとして、後日、宮廷でのディナーにご招待しましょう」
――なんじゃと!?
そんな不条理な幸運があっていいというのか!?
だがしかし、これで試合に参加した真の目的であった、"コネクションを入手することでチョウザメに出会うための環境確保"は達成したことになる!
わしってば、ラッキーシャークじゃのう!
「もちろんクソシジイという認識も撤回しませんが、こちらにもプライドというものがありますの」
「無問題じゃ。むしろそれより、そちらの国が保有しているらしいバタフライ・スケール・フィッシュなる生き物を拝見したいのじゃが、可能じゃろうか?」
こうなれば攻めに攻めてハッキリ確認を取っていくぞい。
「何故それを知って……!? わかりました、お母様と相談してみましょう。存在を認識しているかどうかに意味があるペットですし」
正しく言った者勝ち。後から地道に進める予定だったゴールまで約束され、大勝利じゃ。
これはカニに負けた分の取り返しとして三十四分じゃわい。
結果、近いうちに招待状を貰うことになり、わしは得るものを得たままゼンチーエへと帰ったのじゃった。
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あれから3日後、王位奪還スリーマンセルバトルの件が綺麗に解決していたことが判明した。
話をまとめてると、エビマンは本来クーデターを目論んでいた悪人であり、暗殺計画未遂の前科もハッキリ証明された立場なのじゃが、鮭王の武人的思考により、
「さりとてショウコーォ、実は我輩と直接闘っていないことを気にしているのではないかァ? であれば、王位とは関係の無い我輩との勝負を経てから裁判をしても悪くないだろォ」
などと言い放ち、彼もそれには素直にYESと答えたそうじゃ。
曰く、完全なフェア勝負は趣味ではないそうじゃが、そう誘われてしまうと武人の血が騒いでやる気が出てしまったとの事。
このやり取りの結果、全てが歪んだのじゃ。
「甘いィ甘いィ、武器頼りの戦い方が透けて見えるわァ!」
「俺の拳が届かない……だと……」
激戦を繰り広げると思われたが、エビマンは予備のシャコパンチを用いた上でわずか1分しか持たずにノックアウトと完敗。
考えてみれば1対1ならわしも鮭王に勝つことはできず、サメゴリラを倒された時点でお手上げだったじゃろう。サラムトロスの王は本当に強い者の地位なのじゃな。
そして、エビマンもまた自分が見えた玉座が紛い物だったと打ちのめされ……なんと、先祖の残したシャコ兵器を全て廃棄処分した。
そして、ハンチャンに頼み込み〈螃蟹勇者団〉の組織員になりたいと申し出よった。
漁師協会の元締めなどしておるうちには国の王になることなど不可能、それぐらいならこれから荒れゆく世界の影で暗躍する組織に所属して戦いつつ腕を磨きたいとのこと。
それにはハンチャンも、
「クソエビが、フ〇ック! ……と言いたいところデスガー、メンタルの強さや証拠隠滅術などの裏社会スキルを踏まえるとありえないほどに即戦力、歓迎しマース。 (小声)マインドコントロールが足りてないのだけは気がかりデスネー……」
と返したことで、世界を守る立場になるならもう罪を問う必要も無いだろうと、裁判関係まで有耶無耶になったという。
鮭王の政治運用の雑さについては、魔王も不機嫌に事の顛末を聞いておったぐらいにじゃからな。
とはいえ、時代劇の様式美風にまとめればこうなるじゃろう。
「あ、これにて一件落シャークじゃ!」
そう、彩華に語っておった。
「じゃかしいわ! 用途は間違ってないようで語尾がいらん語尾が!」
「何か落ち着かないと思えばツッコミ役がおらんかったからなんじゃな、妙な安心感が出てきたぞい」
「あーもういいから、夕飯を食ってくれ」
現在、シャークルーザーの内部キッチン兼食卓におる。
彩華はキッチンから2人分の夕食をお盆で運んでテーブルに料理を並べていったぞい。
「ほう、今回はカルパッチョサラダに|バゲット《焼いたフランスパンの断片》、タラのムニエルにオニオンスープと来たか」
「ラッターバの食文化は言わば和食オンリーの日本って感じで魚料理は本当に充実してるんだが、やっぱり洋食も食いたくなってな」
カルパッチョサラダはサーモンの刺身が沢山乗っており、魚の脂とドレッシング、それに大葉やレタスに春菊と緑の野菜の食感が重なっていいものじゃ。付け合せのバゲットの上に乗せるのも悪くない。
「うーむ、そこそこじゃ」
……じゃが所詮は彩華の料理、結局他も含めわしの肥えた舌としてはそんなもんじゃった。
〈鮫の騎乗者〉の能力が発動せんように設計図だけを書きつつ他を全て外注制作にした現代的《No Shark》キッチンじゃと、料理の味が3.4倍に跳ね上がるなども当然起きん。
「正直な感想はありがとう、実際問題お偉いさんと会食していた階級の人間向けの料理を毎日台所に立ってる程度の庶民高校生が作るなんて土台無理な話だからいいんだよ別に」
「じゃが、今日も残さず食べるぞい、不味いわけじゃないからな。生物学者としては頂く命を粗末にするのは愚かな人間の枠組みに入ってしまう恐怖心が出てしまう」
「そういう変なところの感性がまともなの、逆に怖いんだよな……」
そして話は切り替わり、王位奪還スリーマンセルバトルの件に移ったのじゃ。
「俺のいない所で相当に暴れていたみたいだな、楽しかったか?」
「何となくやり残していた事は全て済んだ、そういう意味なら満足はしておる。いや、負けたから嘘じゃ」
「天邪鬼のガキかよ」
今日の彩華は機嫌が良い。
既にセレデリナや魔王には報告しておるし、これでこの一件は全て片付いたじゃろう。
そう、安心し始めていたのじゃが……。
「緊急の要件なのだ、何がなんでも最優先で聞くのだ!」
突如として周囲に次元の穴が広がり、そこから魔王が現れテーブルをドンッと両手で叩いて夕食を摂るわしらに顔を近づけてきおった。
「当船では台パンを禁止しております」
「そうじゃぞ、魔王ともあろうお方が何たるマナー違反を」
「ふざけている場合ではない!」
今わしと彩華は心をひとつにして『絶対に厄介事が発生した報告なので聞きたくない』と考えておるじゃろうが、現実はそう上手くいかず、その厄介事が耳元に響くのであった。
「鯱崎鯱一郎並びに鯱崎鯱二郎が1ヶ月前には脱獄。そして、既にサラムトロスのどこかで行動していることがわかったのだ!」
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第三章一節 シャークマンサーVS螃蟹勇者団
完
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三章二節 シャチ・ファンタジー は5月〜6月頃の投稿を予定しております。