第82鮫 シャークマンサーVS螃蟹勇者団
サンタナは魔法を唱えるのに触媒となる杖を持たないスタイルだが、今回はあえて特別な触媒に変形する。
それは、魔力を込めることで先端がビーム状のカニ爪に変形する不思議な杖、キャンサーセイバーだ。
『これぞ! 奥の手! キャンサーセイバー〜♪』
「ついに俺の番、やってやる!」
サンタナは鬼種という、ファンタジー作品などでオーガだのゴブリンとして括られる種族の男性なのだが、魔法使いに憧れて幼い頃から修行するもあまり成長が見込めない落ちこぼれで、魔法学校ではいつも他者と比較され自分を見失っていた。
確かあの頃は教師として学校に潜入していた頃で、伸びしろが無かろうと諦める事だけは考えない彼を見ていると何か将来性を感じ、個人授業として魔法を教えることにしたのだ。
……もちろん、そもそもサラムトロス人ではない以上魔法を使えないので魔法に強い組織員からカンペをもらい、手っ取り早く魔法が上達する術を伝えただけだが。
結果、単にその学校の教師の教え方が悪かった上に、あまり育ちがいい家庭ではない彼を学校ぐるみで差別していたことが判明。
気晴らしに内部改革を行い環境は改善したのだが、彼はカニ教育の方を気に入ってしまっており、真実を告げたら告げたらで「先生の元で戦いたい!」と言われて気がつけばサンタナという1人の優秀な魔法使いが元〈女神教〉の組織員となっていた。
「レール、囮役を頼めるか」
「今主を担っているのは俺、不安はあるがやってやろうじゃないか」
なお、彼には問題点がある。
魔法に関してはサポートに寄っており個人での攻撃などは避ける集団戦特化。
更に、近接戦も非常に不器用なのだ。
他の組織員と比べて優秀かと言われれば首を傾げるが、戦果をデータにまとめた所仲間が強ければ強い程総合的な戦果が上がる傾向にあり、あえて今の重要な役職につけてるのもまた事実だ。
しかし、この状況でレールのアタッチメントになり彼を囮役にすると大した時間を持たせられない。
であれば、確実に勝つにはキャンサー・セイバーになる他ない。
「じゃがわしの鎧も物干し鮫も残っておる、この状況で勝てるとでも言うのかのう」
「うるさいな、主にはちゃんと考えがあるんですよ」
四足歩行で鮫沢の元へ駆け、両手のカニ爪を振り下ろすレール。
だが、物干し鮫を扱いこなしたのかすぐさまに切り払い、電撃が飛び散り足を雷電サメに食われて焼かれてしまう。
「ぐあああああああ!!!!」
「囮なんてやめて降参すればこの程度で済むのじゃぞ」
「悪役のセリフ回しですよそれ!? けど、クレハが既に限界まで同じ手でやられている上に主は身体中が極限まで破壊された状態、この程度の痛みはどうということはない!」
「ハンチャンは痛覚がないからそう言う話ではないと思うんじゃが……」
おかげで鮫沢の集中がレールに向いている。
これは紛れもないチャンスだ。
「先生、1つ提案があるんだが」
そんな中、サンタナはすぐに動く訳でない様子で、ひとつ訪ねてきた。
「なんですカー?」
「まずは確認、今でも人格を分散させて同時行動は可能か?」
なんとも突拍子も無い話だ。
これは素直に受け答えしておこう。
「YES」
「良かった、元より俺はサポート特化で無理に攻撃に向かう必要は無い。ならやっぱり先生がサメを直接叩くべきだと思う、このまま魔力をエネルギーに変換してカニ爪にするんじゃなくて、小粒のエネルギー弾に変えてその一つ一つに人格を宿した個別追跡の射撃技にするって作戦だ」
その話を聞いた時、心が全力で「やりたい!」と叫び出した。
実は、以前の戦いで同じ人格分散作戦を時間稼ぎにしか使えなかった事を根に持っていたからだ。
ここでカニとして、螃蟹飯炒として、鮫沢をぶっ倒してやろうじゃないか。
「トドメじゃ、鮫秘剣"鯱返し"」
「主、もう限界です……」
作戦を立て、詠唱をしている間にレールが押し負けてしまった。
残るはサンタナのみ、確実に決める!
「『我が魔の力よ、拡散せし光で敵を消しさり給え!』セカンド・ショットフォトン! 重ねて唱える、カニ魔法"フォトン・クラブ・リベンジャーズ"!」
放たれし光は5cm程の赤い光の粒子であるが、一粒一粒がタラバガニ、越前ガニ、モズクガニ、アシダカガニ、ノコギリガザミ、毛ガニ、ヤドカリ……etcと全てが別種のカニの姿となっている!
その数にして52匹52種! これこそが光のカニ! サメを倒す最後の希望の光蟹!
『心がカニなら甲羅のごとく固く諦めぬ心で打ち勝つ〜♪』
カニたちは一斉に合唱する。
全てサメを倒すための魂の歌唱だ。
「小賢しい真似を、鮫秘剣"鯱返し"!」
鮫沢は、剣技でなぎ払い全てを殲滅せんとするが、
「僕が抑えるよ」
「カーニッニッニッ、私も同伴しましょうカニ!」
「俺様に任せな!」
「あたしゃまだまだやれるんじゃよ」
その全てを抑えることはできない。
何故なら、あえて一部の集団を一振一振に対応させた囮として立ち回らせているのだから、彼の今のリソースと技量で倒しきるのは不可能なのだ。
そして、その中で残った光蟹達が後ろを回って鎧に突進する。
『つんざけ! キャンサー・ボンバー!』
数が減った分歌声は小さくなるが、それでも歌うのをやめない。
何故なら勝利のビジョンがもう見えているから。
「なんじゃなんじゃなんじゃなんじゃなんじゃなんじゃ! ここに来てそんな小手先ありきな攻撃をしよって!」
もう一振、更に一振と物干し鮫を振るうが全てを雷撃で焼くことなど不可能。
最後の最後、2人はデュエットを歌いながら背後に回りその両手のハサミで鎧を切り裂く。
「残ったのは俺と」
「私デース!」
『決まるは爆散 ボンバー・キャンサー!』
最後のボーカルと共に、クレハが入れたヒビを伝って鎧全体が割れるようにボロボロと崩壊した。
「日本のサメ、弱すぎデース!」
「ぬわああああああああああああ!!!!」
シャークマンサーは爆発四散!
巻き上がる煙の中から衣服が黒焦げになった鮫沢が地面へとまろび出たが、どうにも精神的に降参みたくブレスレット型の生命連動石も光だしていた。
つまり、サメとカニのチョキでは当然カニの方が強い事が確定したのだ!
***
「俺が生き残っていて良かった、ショウコー含めた治療が終わったぜ。では、組織員達はここから退散と行こうか」
「ワイヤー、整理しないとなぁ」
「ボス、お達者で!」
「ハンチャン様、次のライブもたのしみに待ってるわね」
「主、その体で大丈夫ですか?」
王位奪還スリーマンセルバトルが終わりを迎えると、ショウコーも含めて皆傷については魔法で治療されて復活した。
残った体は10cmとほぼ本体回路とそれを覆うフレームギリギリまでしか残っておらず、心配されるのは無理もないが死ななければどれもかすり傷のようなものだ。痛覚はほぼない訳で。
「殺し合いをした相手をここまで癒すとは、あんたも中々に甘い」
「何を言ってるんデスカー? ルールはルールデース」
また、魔法で治療されたショウコーの両肩から生えたのはエビ腕だった。
つまり、右腕を斬ってあえて治療せずに義手を付けていたことになる。
そんな奴はサラムトロスでも見た事がない、とんでもない精神力だ。
いや、『お前が言うな』という話か。
一方、鮫沢は治療が終わっても気絶したままで、技術者《インドア派》と武人《アウトドア派》の間にある差を思い知らされる。
「おおォ、終わったようだなァ」
そして、組織員が戦場から距離を取って離れていくと、次は木陰からバーシャーケーにムーン、更にはマスクド・アミキナーがぞろぞろと出てきた。
島の深部で構えていた医療班の魔法によってか体のどこにも傷がなく、体力そのものは摩耗していて息遣いは荒いが身体はピンピンしている。
「なるほど、王位は維持される訳ですのね。お母様は残念がるでしょうがわたくしとしましてはどちらでも構いませんの」
「良かったよ、マフィアもどきにこの国が渡るなんて考えたくもない話だからねぇ」
「何がともあれ私達の勝ちデース!」
そして、選手達が一箇所に揃った事でバーシャーケーが閉会式を始める。
「コホンゥ。王位奪還スリーマンセルバトルの勝者はペンサーモン&ムーン家チームゥ! つまりィ、王位奪還は防止されたァ!」
「はは、完全に負けた上に俺の戦いを全て前座にされて2人が殴りあっていたとは、生き恥でしかないねェ」
「しかしまあ、クソジ……おじいさまにそんな戦士としてのプライドがあったとは驚きましたわ」
「あたしの見込み通りだったってことだよ、BARの乱闘を見た時から一筋縄では行かない野郎と思えたのさね」
この場で景品として掲げられていた王位に興味を持っていたのはショウコーのみで、そんな彼も戦意を失ったからか、皆ただの友人同士で会話している雰囲気だ。
こうして、王位奪還スリーマンセルバトルは幕を下ろした。
***
この戦いを通して、自分自身についてわかった。
勝負事にこだわるのも、世界のために戦うことを好むのも全てカニがこの世で最も素晴らしい甲殻類なのだと全ての知的生命体に認めてもらいたいからなのだと。
勝負に勝てば実力を証明でき、善き行いをすれば綺麗な話として人々は気持ちよくカニの素晴らしさを受け止めてくれる。
アイドルとしてカニカツを始めたのだってそれが理由なんだと心から理解できた。
女神、鮫川彩華、サンタ・クロース、ショウコー・エビデンスキー、鮫沢悠一、組織員のみんな。
彼らとの出会いが、自分という存在を改めて理解させてくれた。
有限の汎用性なんて関係ない、そんなものに囚われるな。
だから、これからはなんとなくの無意識で行動するんじゃない、この意思をもって戦おう。
『カニの素晴らしさを伝えるために、サラムトロスの地で戦う』と。