第78鮫 背鰭戦隊サメナンジャー
「だったら降参したらどうだ、痛い目に遭うよりはよっぽどマシと思うがねぇ」
「生憎俺は生活に困らない範囲以外痛みを感じない体質でさぁ。それは的外れなご意見なこってぇ。それに、別に諦めるとは言ってねぇわけよ」
幸い、痛みを感じぬカニだからこそ使える次の手が一つだけある。
逃げる事すら悪手なら負けない勝負をするまでだ。何よりそれは得意な戦術。
「縮蟹!」
地面へ潜れば地を揺らされペシャンコになってしまう一方、なので下半身を細長い長い脚で自立するタカアシガニへと変形させ、横走りで縮地の如きスピードとなりショウコーと距離を詰めた。
ほぼ彼の目の前で肉薄、それこそシャコパンチの射線に入った状態だ。
「まるで殴ってくれと言わんばかりの特攻じゃないか……体で示すそのお言葉に甘えさせてもらおう!」
疾風の如く真っ直ぐと伸びる捕脚。直撃すれば死あるのみ。
「ア、アイヤー!」
――しかし、無頼蟹の姿である上半身とタカアシガニな下半身が分離した。
捕脚の先はタカアシガニ。念の為雰囲気を出すよう似非外国人人格を移しておき感じるはずのない痛みをノリで叫びなら絶命する。
だが上半身は残っており、切断面から軽くジェット噴射で移動制御を行い、流れるように相手の左腕に向かって青蟹刀を振るった。
シャコパンチにある4.5秒の硬直時間、その間は左腕のエビハサミも使えない。狙うならその隙。
そう、これは体の半分を潰した上での緊急回避攻撃なのだ!
「何だと!?」
「念の為エビ腕を狙ってやった。シャコ腕が硬かったら嫌なんでな」
ショウコーの左腕は滝のように血を飛ばしながら、ぼとりと地面へ落ちる。
合わせて、こちらは体のサイズを一回り小さくしつつ人間の足を作って着地した。
ルール通りなら、これですぐ様に彼の首に掛けられたペンダント型生命連動石が光りこのまま手当して終わりのはずなのだが……。
「それだけで勝てると思ったか?」
全くもって光る様子を見せない。
そもそも、勝てる勝負だけをする主義のショウコーが何も仕組んでいないはずがないと言えばその通りだが、調子に乗って真剣勝負で答えてやった事が素直に恥ずかしい。
「……あんたの石は加工して光らないようになってるってところか?」
「ご名答。さっきも言ったが俺は勝てる勝負にしか興味が無いんだ、あの時の暗殺もそう考えて海守共を傭兵代わりに送り色々武器も持たせて王の首を確保しようと向かわせたんだが……他に〈百年の指示者〉がいるなんて予想出来なくてな。しかも、あのシャケな王様は魔法を通せる体質とまで判明してお手上げだったよ」
そして、少しを揺さぶりをかけただけで卑怯千万なインチキエビであることを堂々と語ってきた。
加えて、喋っているうちに〈指示者〉の遺産かなにかの力で血が止まり自動的に切り落とされた腕の根本がどこからか出現したシャコのデフォルメデザインロゴが入った包帯に巻かれ治療が施されていき、痛みも引いたかのような表情にまでなっている。
えらく器用な奴だ。
「そう言うお前も似たような者だろう? 負けるという発想がハナからないのが見て取れる」
しかも、痛い指摘を受けた。
実際装備しているピアス型の生命連動石が光っていないのは事実。
弁明をしておこう。
「こちらとしては何もしてやいない。強いていえば、体の構造が特殊すぎて致命傷ギリギリのダメージとなれば本体回路っつう己の全てにひとつ傷が入れば流石に石が光るんじゃないかねぇ」
「ほう、反則と言うには少し語弊があると」
とはいえ、お互い本質的に真剣勝負を望んでいるようで勝つつもりでしかなく卑怯な手は惜しんでいないのも分かった。
エビとカニ、同じ甲殻類として考えが少し一致しているようだ。
「じゃあ、第2ラウンドと行こうじゃないか」
「そう……デース! こちらも武侠なんてやめてライブの時間と行きマース!」
カニは指を弾き、エビは口笛をひとつ鳴らす。
すると、辺りの木陰からゾロゾロと紅白の目以外が隠れる作りな隠密装束を纏ったもの達が5人ほど現れ、同時に雲の上から地上へ45人もの魚人種がパラシュートで降下し始める。
そう、これから2匹の甲殻類は、スリーマンセルという戦う人数の決まったルールを破壊するのだ。
「ここからは〈螃蟹勇者団〉」
「そして、ダークリッチマン協会」
「「2つの組織による合戦だ!」」
なお、先程の攻撃で体の半分をやられたせいで戦闘能力は本来の52%しか発揮できない。
ならば、部下たちに上手く立ち回ってもらうのが最適。だからこの作戦に切り替えた。
元々は事後処理のために少数精鋭で配置していたメンバーだが、皆優秀で無問題。
それに、彼らにはそれぞれ専用のカスタマイズが成された青蟹刀を所持している。
厳密にはビーム発射機能をオミットした廉価版が元になっているが、過度に武器の機能に頼らずに立ち回れる者こそが強いのだ。
ダークリッチマン協会の45人の傭兵達――おそらく海守を傭兵代わりに雇ったのだろう――は皆一回りサイズが小さいシャコの捕脚を利き腕に装着している、皆1発でも喰らわないよう立ち回ってもらおう。
しかし、空に仲間を配置して完全にカニドローンや組織員の監視をくぐり抜けるとは達者なエビだ。おそらく輸送ヘリのようなものを先祖が残していたと考えるのが筋。
「歌いマース、『戦乱蟹嵐!』」
「主はエビ畜生を狙うとの事だ、他の組織員は雑魚共を抑えろ! 1人につき9人相手するだけでいい!」
「「「「応!」」」」
胴体に内蔵されたスピーカーからイントロが流れ始めた。
別のスピーカーをひとつ空けており、そこから歌とは別に発声も可能だ。
そして、1匹のカニが歌うと当時に彼らは動き出す。
なお、エビについてはカニにとって悪しき存在であると虚偽の悪行をこれでもかと伝えておいたので、ダークリッチマン協会に雇われた傭兵共はエビの配下として相当にヘイト感情を向けるよう洗脳済みだ。
「敵は5人程度か、小細工を効かされる前に力押しで殲滅するぞ」
一方傭兵たちは息を合わせ、先制をとって1秒刻みに1人1人地面へと向かってシャコパンチし始めた。
ドドドドドドド! ドコドコドコドコドコ! と地響きが鳴り止まないままにヒョウモン島全体が揺れ始め、皆が皆、地上にいる限りは身動きが取れない。
ショウコーだけは事前に作戦を組んでいたのか飛び上がり揺れに巻き込まれないままこちらへと向かっているのが腹立たしい。
しかし、どんな時だろうとカニは歌うのをやめてはいけないのだ。
それこそ今は組織員達という観客がいるのだから。
故に、対抗して右腕が大きく発達しており、胴体部と同等のサイズはあるノコギリガザミに変形しながら歌唱を続けた。
『舞えよカニ共! 今こそ戦の舞〜♪』
おかげで、地響きすらかき消したカニの歌声が組織員達に届た。
「主の歌が聞こえているか! 狼狽えるな!」
「そうだな、先生の足でまといになる訳にはいかねぇ! 魔法のひとつやふたつ唱えてやれる。『我が魔の力よ、大いなる砂塵を起こし給え!』セカンド・サンドストーム!」
魔法に長けた組織員のサンタナが地響きにさえ気を取られずに詠唱を始めると、周囲全体に大きな砂塵が巻き起こる。
それにより傭兵達は視界を奪われ組織員達を見失い、ほんの一瞬手が止まった。
「1人で9人ってよくよく考えたら無茶な気はするけど……ハンチャン様の為なら仕方ないわね!」
その渦中、2本の青蟹刀を握るクレハが敵陣に飛び込むとカツオ頭の傭兵の背中をバッサリと切り裂き、加えてもう1つの刃を振るい隣のサンマの首に峰打ちをして気絶させる。
「死人が出ると事後処理をみんなでやるんだから、出さないでよっと!」
更に、1人の傭兵の体にワイヤーのような何かで伸縮する鎌が刺さると、ワイヤーは一気に収縮し逆手持ちの青蟹刀で捌かれていった。
彼はスペイカー、隠密の達人だ。
「めんどくせぇなぁ、一網打尽にすればいいだけのことだろう?」
もちろん、それだけではない。
砂塵吹き荒れる戦場で、大きな威圧感を放つ大剣型青蟹刀使いが暴れ始める。
彼の名はタイラント、〈螃蟹勇者団〉きってのパワータイプだ。
峰打ちとして盛大になぎ払われる一撃は、一瞬にして傭兵達を気絶させていった。
「皆さんの協力、感謝します!」
そして、部隊長であるレールは青蟹刀ではなくタラバクローというグローブ型のカニ爪を装着し、四足歩行で駆け回りながら敵を引っ掻き! 引っ掻き! 引っ掻き続けてまた次の獲物を狙い引っ掻く! これぞ獣人種のお家芸!
「みんなセンキューデース!」
後は部隊指揮に長けたレールに任せておけばこちらもショウコーに集中できる。
カニは死ぬ寸前まで手強い事を教えてやろう。
今や彼は左腕を失いエビ要素の無くなったただのシャコだ。
組織員の皆もいれば、ペンサーモンやルーンとの合流だって期待できる。
時間さえ稼ぐことが出来れば、勝ち筋はいくらでも見いだせるはず。
「歌いながら戦うつもりか? 中々器用な奴だな」
『今こそ切り裂け〜♪』
熱くてロックなメロディに合わせ、ショウコーに向けて爪を振るう。
まずは牽制の一撃、避けられて上等だ。
「甘い甘い甘い! 食後のスイーツの如き甘さだ」
だが、ショウコーは避けるわけでもシャコパンチを狙う訳でもなく、右足で下から体を丸ごと蹴りあげてきたのだ。
お互い飛び上がっての空中戦、足技を過小評価してしまっていたのが運の尽きだろう。
加えて落下に合わせて足を振り落とすかかと落としまで入れてきた。
バスケットボールのように、1匹のノコギリガザミはダンクシュート状態だ。
「カニの出汁も甘いデース」
しかし、死ななければ全ては安いもの。
傭兵達との戦闘が終われば組織員の援護だって期待できる。
シャコパンチさえ当たらなければどうにかなるのだ!
『その魂が〜♪ へぶ! カニを〜♪ ぐはぁ!』
「痛覚がない癖に余計な演技をしやがるなぁ」
追撃するように両足で蹴り続ける連撃を受け続けている。
防御型のカニに変形しようにも間に合わず、脚や腕が1本1本ポキポキとへし折られて非常にグロテスクな状態だ。ただ、距離を取るように立ち回っているおかげでシャコパンチも喰らわないで済んでいる、時間稼ぎには十分だ。
「その状態でも後ろにジャンプしながらの移動とはしぶとさの化身だな」
「負けないのは得意なんデース!」
と言っても、次のローキックが胴体に炸裂するとその余裕も消えた。
演算システムは組織員が加勢出来るまであと52秒はかかると算出しており、打つ手無しだ。
「さあ、これでトドメだ」
踏みつける一撃が胴体に炸裂して足で体を拘束された。
諦めるつもりは無いが、このままではシャコパンチを放たれ全身へ衝撃が伝って本体回路まで破損……つまり、死が迫っている。