第74鮫 愛しシャークと刹那シャークと心強シャークと
竜巻の如く回転しながら弧を描くように飛ぶ薄黄色い刃はまるで満月だ。
相手はこの攻撃にどう応えるのだろうか、あっさりリタイアされるのはつまらないから御遠慮頂きたいところ。
「オーホッホッホ、単調な攻撃ですこと」
だが、マスクド・アミキナーは右手でガッシリと刃を直接触れて静止させた。
「ですが、この武器は中々の名工か作ったものなのは分かりますわ、少なくとも私の筋力で砕ける物では無いですもの。弱い持ち主に扱われて可哀想なブーメラン」
「面白い、こういう歯応えの相手じゃなきゃ楽しくないんだよ」
ただこれは想定の範囲内。
何せ月盧把を投擲すること自体がブラフで、あたしはそれに合わせて四足歩行でマスクド・アミキナーに駆け、そして飛びかかるのが目的だから。
「甘い。セカンド・ウォータープッシュ、ですわ」
だが、それも彼女の左手から蛇口の如く湧き出た太い水の柱に押し出される。
とはいえ、喰らってすぐに分かったがこの魔法攻撃は水圧によるただの牽制。
次にくる一撃が本命か!?
「アミキナ流古武術"キューバの竜巻"ですわ」
こちらが水圧で動きが乱れた隙に、彼女は飛び上がりながら両足でドロップキックを放った。
しかも、こちらに触れる直前に股を大きく開いてからふくらはぎの位置で両足の間へと挟み込み、その場でぐるぐると回転しながらあたしを地面へと叩きつけた。
その衝撃による身体への負荷もさることながら、両足に挟まれた状態だと身動きを取りにくくスタミナまで削られる。多少の柔軟さを効かせた程度じゃ抜け出せないぐらいにはガッチリと拘束されていて、相当な筋肉量だ。
「やってくれるじゃないか」
「安心しましたわ、これで石が光るのは面白くありませんの」
ただ、今のでマスクド・アミキナーの正体は理解した。
アミキナ王国王家のみに伝わる古武術を使う蜴人と言えばロウコ・アミキナー女王かその娘であるルーイダ・アミキナー王女と考えるのが筋。言動の若さから考えれば後者なのは間違いない……とんだお転婆姫もいたもんだよ。
しかも、詠唱無しで魔法を使える以上、武術だけでなく魔法の腕も相当に見える。
生活に便利な程度にしか魔法の適正がないあたしとは大違いだ。
もちろん、その程度の差を理解した程度で負ける気は無い。
「それじゃ、あたしの月盧把を見せてやるさね」
「!?」
あたしの手には月盧把が戻っていた。
これは、持ち主に対して引力を持つブーメランであり、投げた後は軌道に関係なく必ず手元に戻るようになっている。
しかも、等身大に近い刃の塊はそのまま近接武器として使うのも有用なわけさ。
「あんた、ルーイダ・アミキナーだろ? 中々の実力だねぇ」
流石に挟まれたままじゃ嫌だから、足を狙って刃を下ろしたものの彼女は当然バク宙をしながらあたしから少し距離を取る。
「正体はバレていましたか、まあどうでもいい事ですの。それに、あなたの実力も期待通りで嬉しいですわ、ムーン・ルーン」
こういう対等なぶつかり合いはバーシャーケー相手じゃないとできなかったからか、楽しみになってきた。
***
一方バーシャーケーは言うと、シャーク・インパクト・フォレストを球技の如く蹴り上げてとどめを刺ささんとしていた。
『弱かったなァ、鮫沢ァ!』
だが、その蹴りが直撃することは無く、大地に倒れたシャーク・インパクト・フォレストは消えていた。
いや、正確には目の前に2本の足で立っている何かがいた。
よく見渡してみると……。
まるで猿のごとき二足歩行で四肢を持つ風貌! 木々で形成された筋肉を葉が毛皮のように覆い尽くしている! しかして頭部はサメで背中も尾ビレが生えシルバーバックならぬシルバーシャーク! 胸は露出しているが、そこには三本の傷が大きく開いている! そして、両手をパーにして胸を叩いてこだます雄叫びは、破壊の巨鮫とでも言うのだろうか!
「残念ながらわしはしぶとさに関して他人に引きを取らないのじゃよ、これはシャーク・インパクト・フォレストの第二の姿……"サメゴリラ"じゃ」
『まだ生きていたかァ! しかしィ、ゴリラとは見たことも聞いたことないなあァ、そちらの世界の生物かァ?』
「もちろんそうじゃ、よくよく考えれば、〈指示者〉が全滅しておる以上他人の生物をサメにしても問題はないのじゃと気がついてな」
そして始まる魚人と鮫獣による取っ組み合い。
まずは全速力でバーシャーケーが胸元に飛び込みボディーブローを放つ。
「雄叫びをあげるのじゃサメゴリラ!」
『サッメ! サメサメサメ! サメーッ!』
それに対して両手で胸を叩き続けるサメゴリラ。
島全体に音が木霊する。
震える大地、揺れて飛び散る草木達、強風にしたって強すぎるぐらいの音の圧が周囲一帯を覆い始めたのだ。
「なんですの、これ!?」
「獣の咆哮、そんなところだろうよ」
あたしもルーイダも、その音が身体中に響いて自然と動けなくなっていた。
結果、バーシャーケーの拳も、体全体を通して震えて同様の状態。
立てないのでは無い、体が動いてくれないのだ。
『なんだこれはァ! サメの力はこれ程までなのかァ!?』
このままでは、叩くのを止めてすぐの追撃でやられてしまう。
だからあたしは、バーシャーケーに向けてこう叫んだ。
「そんな奴に躊躇してるんじゃないよ。やっちまいな、バーシャーケー!」
すると、彼は瞳を閉じてこう答えた。
『言われなくともォ、こんなものは心頭を滅却すればよいだけのことであるゥ!』
そうして彼は再び胸元にまで近づきしゃがんだ。
「なんでじゃ、なぜ動けるのじゃ」
『サメッ! サメッ! サメッ!』
放たれるは、全神経を研ぎ澄まし、飛び上がりながら放たれる右の拳のアッパーカット!
獣を恐れぬシャケが、鮫獣相手に臆するはずがない。
それもそのはず、バーシャーケーは心を支配されながらも抗い自分の意思で拳を振るえる誰よりも強い心の持ち主なのだ。
『サメーッ!』
「このままでは終わらんぞい!」
大きな木々でできたサメは、己が揺らした草木を下敷きにしながら倒れていく。
正しくノックアウト状態だ。
これでバーシャーケーがあとやるべき事はじいさんにトドメを刺すだけ。
なら、あたしはルーイダとのマッチを終わらせてやるだけさ!
「それじゃ、第2ラウンド開始と行くよ!」
「……流石に1対1でやり合う状態じゃ不利ですわね、しょうがないですわ」
だが、彼女はあたしに飛び込むことなくこの場から離れようとする。
それも、倒れた鮫獣の元へと全力疾走だ。
何かを企んでいるのか?
「この距離なら間に合いますわ! 『我が魔の力よ、大いなる海を生み出し大地を浸せ!』 サード・ウォーターフィールド、ですわ」
すると、彼女は足元から魔法陣を展開し、大きな魔法を唱え出す。
バーシャーケーの勝負を見ていてこれがチーム戦だったのを忘れてしまっていた!
目的は間違いなく、サメに水を与えること!
「ほっほ、本当にサメのことをよく理解しておるわい」
「残念ながらわたくしはビジネスライクにサメと向き合わせていただいております、クソジジイ」
「ビジネスシャークじゃと!?」
「次調子に乗ったらあの世に送って差し上げますわ、お楽しみくださいな」
水を得た魚という言葉があるように、サメだって異世界の魚である以上は水辺にいるのが一番有利。
彼女の足元にある魔法陣を中心に大きな円が広がり、倒れた鮫獣を覆い尽くす半径100m、深さも同様に100mの海が発生した。
少なくとも、おびき出そうとするあたし達のさらに裏をかいて、集落があった湖に誘い出すよりも確実に水中戦へ持ち込むためにこの2人で来たのは間違いないんだ。
「セカンド・スイミィー。これで水中戦も完璧ですわ、せいぜい必死に足掻きなさって」
「そういう事じゃ、新たなサメを用意して待っておるぞい」
完全にしれやられた。作戦が上手くいっていると思わせる所まで完璧だ。
だけど、あたしもバーシャーケーもこんなことでは負けていられない。
『忘れるな鮫沢ァ、シャケも……魚人であろうと魚だァ!』