第71鮫 サメドランク
翌日、わしは熊王の経営するBAR『サモサモ』の地下室にて夜の一件を話した。
まだ体の修復が間に合っていないハンチャンは、その名の通りな外見のカニ、スベスベマンジュウガニの姿じゃ。
これは猛毒のカニで、フクロウやハトのような感覚でわしの肩の上に乗るのは流石に殺意を感じてしまうのう。
また、今日は鮭王もおるのじゃが、敗戦報告をする雰囲気は非常に悲しいものじゃぞい。
「そこまでの手練だったのかい……」
「だから暗殺はやめておけと言ったのであるうゥ!」
二人にとってはあくまで無関係という立場ではあるが、事情を知ってしまっているためシラを切る訳にもいかない。
とはいえせっかく来店したのじゃ、ひとまずわしはビールを注文したぞい。
地下室と言ってもカウンター兼キッチンと直通じゃから酒は容易に出せるのじゃ。
「やはり酒はいつ飲んでも美味い、熊王の店は尚更じゃぁ!」
「流石に今回はお代をいただくよ」
「……あァ、なんというかァ」
「どうでもよくなって来ましたデース」
何故か空気が和らいで来た、不思議じゃのう。
このままおつまみでも頂いてしまいうか悩みどころじゃ。
「よう、楽しくやってるかい?」
――そんな中、貸切状態のはずの店に一人の男が地下室に入ってきた。
その人物は、ショウコー・エビデンスキー……いや、わかりやすくまとめてエビマンのようじゃ。
この部屋を知る者はそれこそ各国の王族や鮭王とわしらぐらいの中、何故分かったんじゃか。
「お生憎様今日はこの老人とペットが貸切にしてるんだ、看板やドアにもそう書いておいたはずなのに、可哀想なお客様だねぇ」
「どうしてこの部屋を知っているゥ!?」
「裏ルートって奴だ。まあ、この国のことが嫌いな王族も少なからずいると認識しておくことだな」
映画に出てくる裏社会に精通したマフィアのボスのような動き……既に昨日負けたことで戦闘能力だけを評価してしまっていたが情報戦でも厄介な奴じゃわい。
「で、要件はなんだい?」
「今日はあんたら夫婦にパーティーのお誘いをしようと思っていてな」
「パーティーィ?」
「わざわざダークリッチマンの代表から直接お誘いとはなァ」
恐らく例のスリーマンシャークが何とかの話じゃろう。
2人も夜の話は聞いおる以上、わかった上でからかっておる様子。
「まあ、話の前にビールを一杯くれ。喉が渇いてしまってな」
「はあ、しょうがないねぇ」
ビールの入ったジョッキを手にするエビマン、こんな場でも楽しそうにやっているとは非常に肝が座っておるわい。
「それならわしと乾杯せんか?」
ならば、不敬罪に恐れを持たない者同士で飲み明かしてしまえばよいじゃろう。
こんなやつ、そうおらん。
「あんた、面白いじいさんだ。俺の息子はえらく損をしちまっているようで困った困った」
二つのジョッキが重なり合い、キンッ と音が鳴り響く。
「なんで敵と一緒に酒を飲んじゃってるんデスカ!?」
「正直あたしとしても判断しかねる」
「我輩は遠慮しておくゥ!」
そしてお互いに、ゴクッゴクッ と泡立つ麦の酒を喉に流し込んでいった。
「カァー! こりゃ美味い、あても出してくれ」
「熊王の料理は絶品じゃ、せっかくじゃし何か作ってきてくれんか?」
「……いや待て、あんたらいくらなんでも馴染みすぎだ! 極端すぎるよ!」
「まあなんだァ、調理の方は手伝おうゥ」
結局、10分ほどカウンターのキッチンに立った熊王は半場嫌がらせかクルマエビのオイスター焼きを持ってきた。
「やはりこれを出すのはどうかと思うぞォ」
「言っとくけどレディの部屋に無断で入り込んでる奴にする礼儀なんてないんだよ」
そうそう、言っておらんかったかもしれんがサラムトロスでは人間の種族に似た生物が当然生きている反面、それを同族が食べるのは魚も動物も全てタブーとされている。倫理としてのカニバリズムの是非に近い思想じゃな。
しかし、エビマンは何一つ嫌な顔をしないでクルマエビのオイスター焼きを頬張りビールで流し込み美味そうな声を上げた。
「美味い! ここは本当にいい店だ、満足だよ」
「もう茶番はいい、そろそろ要件を話な」
「おお、せっかちなクマさんだ。なら言わせてもらう。俺がやりたいのは王位奪還スリーマンセルバトルだ。とは言っても、話は既に通ってるんじゃないか?」
エビマンは話を本題へと進める。
確かにその話も既にしてあるのじゃな。
王位奪還スリーマンセルバトル――それは、ラッターバに存在する伝統。
この国では、世襲性だけでなく、外部の者が王になるチャンスが存在するのじゃ。
ラッターバに限らずサラムトロスでは、力なきものが国を治める資格はないという狂った常識がある。
故に、どの国でも力によって王位奪還をすることが可能な法律が存在するのじゃが、ラッターバの場合は代表者に加えて三人でチームを組み、3対3の殴り合いを経てどちらかのチームを全滅させれば終わり、勝ったチームの代表者が王になることができる……という仕組みなのじゃ。
つまり、エビマンはこの制度で国王になりたいみたいじゃな。
「で、あたしらはそれらしい大義名分がない以上それを断ることが出来るわけだけど?」
「ムーンに同意であるゥ!」
だが、もちろんこの手の法には常に拒否権が存在する。
だからどの国でも滅多に起きることではないのじゃが……。
「あんたらはじいさんとその右肩のカニとやらが俺に負けたことを知っているだろう? しかも俺は先祖が残したあれやこれやで魔法が効かない、やろうと思えば大規模なクーデターも起こせるわけだ。それこそ、今からでもな。それぐらいならわかりやすく武闘家なら拳と拳で代理戦争と行こうや」
おおこわい、こやつは本気じゃわい。正しくマフィアじゃな。
まあわしは汚い金欲しさに若い頃よくつるんでおったから恐れることなく三杯目(エビマンは二杯目)を共に乾杯したぞい。
「ハー……これはチェスで言うチェックメイトゥを掛けられた状態デース、諦めてやるべきでショー」
「このルールだと見事にあのボウズが足でまといになるわけかい? 思った以上に有利だよ、あいつは」
「だがしかしィ、その上でやってやるのが我輩達だ!」
おおいつの間にか話がまとまりよったぞい。
話を聞いている限りわしは三人チームという訳にはならなそうじゃし、エビマンと楽しく呑んでいようかのう。
「要するにだ、俺は権力に目がなくてね、玉座って奴に座りたい訳だ」
「わしは権力には興味なんぞないが、その考えはいいと思うぞい。何より権力があればやりたい事を通しやすくなるからのう」
「よく分かってるじゃないか、それならお前には俺の夢を語ってやろう」
ほっほ、身の上話まで始まったのう。
サメに繋がらなくとも、何かチョウザメ入手に関わりそうな情報が手に入るかもしれんし、せっかく共に酒を飲んどるんじゃから聞いておこうかのう。
***
とはいっても要約していくぞい。
まずエビマンは、ダークリッチマン協会の代表である両親の元で生まれ、一時期は家から離れて国の兵として活動しておったそうじゃ。
海の上で暴れ回り、〈ビーストマーダー〉に登り詰めた程には強かった。
それこそ、家からの仕送りもなく、妻子も出来て充実していた日々を過ごしていたそうな。
……こういう自慢を聞くのが一番酒の席で嫌いなんじゃが。
それはそうとして、4年と5ヶ月前、わしらでいうお盆シーズンにゼンチーエの実家へと帰省した所、偶然にも家の地下に厳重に隔離されておった倉庫を発見。
そこには先祖の残した凄まじいシャコ兵器が山のように詰まっていたそうな。
しかも、シャコの〈百年の担い手〉だったようで使ってみれば残された使用マニュアルの1.45倍もの性能を引き出せるとまで来ると心は有頂天。
以来、玉座が見えたようで、〈ビーストマーダー〉を辞めてまでダークリッチマン協会に入り、あっという間に会長の座にまで上り詰めたみたいじゃな。
見事な成り上がり人生じゃわい。
あとは、わしらがヒョウモン島への移動であった鮭王暗殺部隊騒動に至った訳なんじゃが、やはり海守達にシャコ武器を持たせれば勝てると踏んだ結果証拠まで残して失敗、ならもう正々堂々殴り合うしかないと考えたわけじゃ。
***
「もう卑怯な手は使いたくなくてねぇ、引き受けてくれて嬉しいってもんだ」
エビマンは丁度5杯目のジョッキを流し込みながら語り終えた。ちなみにワシは7杯目じゃ。
そろそろ吐き気がしてきたぞい。
「くっ、物の見事に暗殺に失敗した私たちの耳まで痛い話デース」
「その話ィ、我輩がどうしようもなく理不尽ではないかァ!?」
「今回は命を懸ける勝負じゃない、一旦は落ち着きな」
「ムーンにそう言われれば仕方ないィ!」
そして、全てを話し終えたからかエビマンは席から立ち上がったぞい。
「さて、楽しい話もさせて貰えたし今日はここでお開きかねぇ。そっちのチームは昨日の暗殺者に二人の王、楽しみになってきた。お代は俺が王になったら返すぜ」
「負ける気はないって事かい、楽しみじゃないか、ツケにしておいてやるよ」
「三日後の昼、今度こそ勝ってやりマース」
「王位など渡さんからなァ、ハァッハァッハァ!」
ところで、わしはもう色々と限界が来たので便所で吐いてくるかのう。
「あんたはちゃんとお代を出すんだよ」
「今は下手に声を出すだけで吐きそうなんじゃ、あとしてくれんか」